われなくていい


 俺にはずっとずっと昔から好きな人がいます。
 その人は、とても寡黙で、とても優秀で、恐らくバレーの世界では並び立てる選手はそう多くないはずの、そういう人です。
 彼の家は、俺が幼い頃に越していった所の隣にありました。年頃の近い子はこれまであまり近くにいなかったので、彼とはよく遊びました。色々な遊びをするわけではありませんでしたが、彼は聡明な子でもあったので、俺と遊んでいても違和感は感じなかったのです。(昔から、俺は自分と同じ年頃の子供と遊ぶとどうしても、自分とのギャップに長く遊べなくなってしまっていました。俺がいるとつまらなくなってしまうのだそうです)
 特にバレーボールでの彼の成長はとても目覚ましいものがありました。とても、かっこよかったのです。俺は、彼を追うようにバレーボールを始めましたが、俺はどんなに頑張っても女の子でした。彼と同じコートに立てたのは小学生の間……それも練習中だけの事でした。でも、俺は、女の子なのに、どんどんと背が大きくなっていきました。一時は彼よりも大きかったくらいです。中学生の時にすでに170pを超えていた俺の身長は、俺から女の子らしさを奪っていきました。(別段容姿を気にする方ではないですが)

 現在、高校3年生、彼とは幼馴染のまま、高校生活最後の春を迎えました。



「若ちゃーん!おはよう!」
 玄関から踊るように飛び出すと、その前には彼――牛島若利の姿があった。ああ、今日も相変わらずかっこいいなぁ、と恋心の混じった完全なひいき目で(いや、それがなくても彼の容姿はかっこいいといえるはず)微笑ましく見つめる。まだまだ寒い宮城の4月、マフラーは欠かせない。その上、俺は寒がりだから耳宛てに手袋は必須。そんないつも通りの俺の様子を一瞥くれただけだ「おはよう」といって歩き出してしまう若ちゃんは今日も相変わらずだった。
「今日も寒いねぇ。いつ頃から、暖かくなるかな」
「もう少しすれば、自然と暖かくなる」
 そうだね、と笑顔で返す。彼とこうして登下校できるのはあとどのくらいあるのだろうか、と少し感慨深げに考えてみる。うん、少し泣きたくなってきたからやめよう。俺は手袋の上から息を吹きかけるような、少し意味のない行為を繰り返しながら、若ちゃんの隣を歩く。少し、マフラーを引き上げて時折吹く、冷たい風から顔を守るように目を瞑った。

「今年も行こうね、IHに春高」

 風と、マフラーに遮られた言葉は届かなくても、一緒の想い。


 貴方が一番輝いているときはやはり、バレーをしている時だと思うのです。練習中にボール拾いや、データ集め、ドリンク作りをしながら、コートを眺めてみれば、圧倒的に君臨する王者がそこにいる。昔から、あのコートに一緒に立ちたいと思っていたが、それでも叶わなかった。――いっそ男だったら、苦しくなかったのかな、などとくだらないことを考えていると流れ弾が飛んでくる。手ではじいてコートに戻す。遠くから見る、若ちゃんの横顔はやっぱりかっこよくて、貴方が好きなんだって、思わされる。すると、後ろから腕が絡みついてくる。――すぐに誰かわかった。
「覚、練習は」
「休憩だってばー。あーちゃんってばきっびしぃ」
 天童覚は俺の視線を追いかけるようにして、若利ちゃんを見る。はー、やっぱりねぇ、などとわざとらしく口にして、ニヤニヤと俺を見る。
「好きなら告白すればいいのにぃ」
 などと、言ってくるあたり、この男はやはり苦手だ。(といっても、多分バレー部の中では最も親しい部員だと思う。これさえなければ、この男は非常に好ましいし、感性も一致する)俺は苦々しく若利ちゃんから視線をそらして、覚の頭を思いっきりつかんで、指に力を入れた。痛い痛い痛い!!!と叫び声が聞こえてくるがおかまないなど、ない。していてはこっちが負ける(バレー部の3年間で男たちに負けてはならないと悟った)
「しなくていいんだよ。若利ちゃんの最優先はバレーだろうが」
「いやいやいやいやごめんごめんって痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
「第一、俺がいつ、若利ちゃんと恋人になりたいって言ったよ。俺は幼馴染としてそばにいられればそれで満足なんだっての」
「うんわかったわかっただから、あーちゃんごめん、本当に離して、痛い。まじで痛い」
 ぱっ、と手を離すと、長い長い覚のため息が聞こえてきた。そんなに痛かった?ごめんね?と笑い飛ばして、再び視線を戻す。そろそろ休憩に入るだろうから、タオルとドリンクを用意して、と考えて動こうとしている俺に、覚の手が伸びる。
「――辛くないの」
 核心づいた一言に、一瞬ドキリとしたが、そんなことはおくびも出さないようにする。いつも通りの笑顔で笑って、別にという。

「若ちゃんの中で、1oでも俺に価値があれば俺は幸せなの」


「……さっき」
 ドリンクとタオルを手渡すと、珍しく若ちゃんから話しかけてきた。珍しいなと思って、何?と首を傾げた。
「天童と何を話していたんだ」
「全然大したことは話してないよ。ただ――」

「息を吸うような。若ちゃんがトスが上がったら打つような、そんな当たり前のお話」

 そう。
 俺が貴方の事が好きなのも、きっとそれくらい当たり前になりつつある、今日の話。
 明日も同じで。
 貴方の興味はいつだって俺ではなくてバレーなんだ、って知っているよ。

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