羽搏くを持って、飛び立つ人


「くーれーはーっ」

どんっ、とぶつかってきた大きな筋肉の塊に紅葉は体がよろめいて倒れそうになるが、大きな手に支えられて何とか持ちこたえた。昼休みの廊下、恒例となりつつあるそれにはぁ、と大きくため息をついた。
「……何、こうちゃん」
「一緒にお昼、食べようぜー!」
「友達いないの、こうちゃんは」
「いるけど、紅葉にはいないだろ?」
「……」
失礼な奴だな、と思いつつ紅葉はあながち外れてもいない木兎の言葉に返事を見いだせずにいた。高校に入ってすでに3年生にもなったが、食事を一緒にしようと思うほどの友達は紅葉にはいなかった。というよりも、他者に一線置きがちで、無表情な紅葉に近寄って来ようとする人も少ないのが現実だ。紅葉自身はそれでいいと思っているが。
「教室でいいか?」
「おう!」
友達がいない、云々の話はここできることにした。どうせ、話をつづけたところでむなしいだけだ。紅葉はそんなことを思いながら、さりげなく手をつないでくる木兎の手を拒むことなく歩く。どうして、この男が自分を選んだのか、未だによくわからない。第一、同じクラスなんだから、昼休み前に声を掛ければいいのにと思って、そういえば、すぐに図書室に向かったから待ってたのか、と思いいたった。
教室につくと、紅葉の机で、前の席の奴の椅子を引っ張ってきて木兎は座った。購買で買えるパンを広げる木兎と自作の弁当を広げる紅葉は、食事を始める。
「あー、からあげ美味そうっ」
「一個やるよ」
そういいながら、紅葉はそれを箸でつまむと、口を開けて待っている木兎へからあげを渡した。もぐ、と口に含んでうまい、と笑う木兎にちょっと表情が緩む。普段はこんなに可愛らしいもの、というか、うるさいものだが、と紅葉は白米を口に運んで、咀嚼する。それでなー、黒尾がなー、とけたたましい声で話を続ける木兎の声は、嫌いじゃない。この表情も嫌いじゃない。

でも、それ以上に。

応援席から見つめる、彼の顔が好きだ。
獲物を見つけて、高く、高く飛び立ち、鋭く、鋭利な爪で獲物を突き刺す、その表情。心臓が早く脈を刻み、熱くなる。獣の様なその表情が、一番好きかもしれない。その姿が一番かっこいいとすら思う。
姉に言わせれば、ドMな証拠でしょ、と言いきられた訳だが、決してそんな被虐趣味どない、はずだ、と考えて、紅葉は別の思考へ行きかけたが、戻してくることにした。考えれば途方もないし、めんどくさい。

「なぁなぁ、紅葉、聞いてるか?」
「……悪い、聞いてなかった」

正直に答えれば、ぶーと頬を膨らませる木兎。ごめんって、とミミズクのように逆立っている髪を撫でる。
「んで、なんだっけ?」
「だから、次の試合、ちゃんと応援してくれって話し!」
「応援してないことないだろ」
紅葉は少し驚いたように目を見開いて、そして呆れたように言った。いつもちゃんと応援しているつもりだったのだが、とはっきりと伝えれば、木兎はんー、と唸りながら、考え込んだ。
「そうなんだけどな、なんかな、紅葉は、あれだよ、応援つーか、見とれてる?って気がして!」
「……自意識過剰にもほどがあるだろ」
「ひどっ!!」
当たってる。と紅葉は視線を逸らしながら、少し甘い卵焼きを口に含んだ。
そうだ、きっと見とれてるんだ。獲物を狩るために羽搏くその人を。心から、好きになったその人の雄姿に。いつからだろう、こんなに、好きになってたの。紅葉は一つ、残っていた甘い卵焼きを箸でつまむと、木兎の口に押し当てた。くれんの!?と嬉しそうに笑って食べた木兎を見ながら、少し頬に熱を感じて、ため息をついた。

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