彼女は嘘をつく正直者
――火炎陣アスナは嘘つきである。
嘘つきというレベルを超えて、彼女の存在そのものがまるで嘘であるかのようなくらい、彼女は呼吸をするのと同じくらい平然と嘘をつく。笑顔で、真面目な顔で、冗談を入れて、冷静に、平然と、怒って、どの状態であったも、彼女は平然と、淡々と嘘をつくのだ。周りが求めている"火炎陣アスナ"という存在であるために、嘘で嘘を覆い隠して、本音すらどこかへ追いやって、彼女は今日も笑う。
「おはようございます、覚君」
ほら、とってもいい笑顔で、とってもいい嘘をつく。白鳥沢学園の校門前、たまたま朝練が無かった今日、ゆっくりと学校へ来てみれば、あーちゃんがとってもいい笑顔で、一発目の嘘――普段、俺の事なんて覚って呼び捨てだし、その上、敬語なんて使わないくせに。あーちゃんの近くを通り過ぎていく、生徒たちが良い笑顔で一礼しながら「ごきげんよう」と挨拶し、彼女も優雅に一礼してみながら「ごきげんよう」と笑い返した。
「おはよー、あーちゃん。今日もすがすがしいほど、良い笑顔だね」
「ええ、本日もとても良い天気ですから」
と笑っているあーちゃんの笑顔はきっと仮面なのだろう。校舎に向かって一緒に歩くが、その隣にはいつも一緒の若利君の姿がない。どうしたのだろう、と周囲を見回すとあーちゃんが若ちゃんなら、ロードワーク中、と答えた。
「え?この時間に?」
「今日は珍しく寝坊されていたので」
「えー……若利君でも寝坊するんだねー」
――彼だって、人間ですよ、と微笑んだあーちゃんは歩き始めていた。おはようございます、と声をかけられればにこりと微笑んで、おはようございます、と朝の挨拶を返す。別にあの姿が嫌いというわけではないけれど、俺からすると見てみて気分のいいものではない。っていうか、気持ち悪い。
「ねぇねぇ、あーちゃん」
「何ですか?」
「疲れない?」
率直に聞くと、あーちゃんは漸く足止めて、少しばかり素に近い表情を浮かべた。冷淡で、他人に興味のないあーちゃんの本性だ。あーちゃんは他人に期待なんてしない。――あ、若利君は除く、か。だから、誰にでも優しいし、誰にでも冷たいし、誰にも怒らない。期待してないから。
「ほら、あーちゃんの本性知ってる俺やバレー部からしたら不安なのー。あーちゃん疲れてストレスで、部活休んじゃわないかーってさ」
俺が少し茶化すように笑うと、あーちゃんは全て見透かしたような笑みで、また前を向いてしまった。
「覚はさ」
「ん?」
「上の立つ者の義務って知ってる?」
「いや、よくわかんない、けど」
「上に立つ者は常に下にいる者の幻想をかなえるものでなければならない」
そういうあーちゃんの顔はやっぱり、本当のあーちゃんの顔で。嘘偽りのない、本心なのかもしれない。嘘をつき続けることが"火炎陣アスナ"が存在している意味だとでもいいたそうな顔で、あーちゃんは笑って見せると、また校舎の方へ歩き出してしまっている。
「でもさ、あーちゃん」
俺が呼びかけると、あーちゃんは足を止めた。
「若利君は、そう思ってないみたいだよ」
彼女が一番敬愛して、影響を受けてる人の名前を出すと、あっという間に仮面ははがれてしまうのだからすごい。
若利君があーちゃんの全てなのは知ってる。
ああ、だったら、訂正しなければ。
彼女は嘘つきではあるが、一人にだけは嘘を突き通せない。――牛島若利だけには。