明日、世界がわるなら


「もしも、明日」
 アスナが本をぺらりとめくって静かに話しだした。
「明日、世界が終わるのなら若ちゃんはどうする?」


 牛島若利は授業を聞きながらそんなことを思い出した。そんなことを告げた幼馴染――兼婚約者はといえば、今は別のクラスで授業中。高校三年生最後の年になってクラスが別々になった。だからといって何か支障があるか、と言われれば、ないような、でも、たしかにそれまで隣りにいた突然いなくなったような気分にはさせられた。もう、半年近くこのクラスにいれば流石にアスナがいないことにはなれてきた。
『明日、世界が終わるなら』
 突拍子もない質問だった。
 アスナの話題が突拍子もないのはいつものことだ、といえば、いつものことだが。世界が終わる、なんて想像もつかない。いつもの話題とは少しニュアンスの違うそれに、幼馴染が何か悩んでいるのではないか、という思考に入りながらも話す表情や、仕草を見てもいつもと変わらなかった気がする。
 チームメイトからも、幼馴染からも他人の感情の変化に疎いと言われる分、いざ、幼馴染に何かあったか、と聞かれてその変化を見抜けている自信だけはなかった。アスナはやっぱり、いつでもニコニコとしているから。
『若ちゃんはどうする?』
 もしも――世界が終わるなら。


「俺はお前と一緒にいるのだと思う」
「え?」
 料理中だったアスナは突然後ろから抱きしめられて包丁を落とさないようにと身体をこわばらせた。くつくつと隣の鍋では手羽先と大根が煮詰められていて、醤油の良い香りがした。お腹が空いたな、とおもったのは部活終わりだから。
「あ、あのね、若ちゃん、もうちょっとでご飯だよ?」
 ――だから、離してね、とアスナの年離れた弟に話すような口調でアスナは牛島をたしなめようとする。が、牛島は何も言わずに少しだけ抱きしめる腕に力を入れた。
「若ちゃん?」
「お前が聞いたんだろう? 明日世界が終わるならどうする、と」
「ああ……覚えてたの?」
 どうやら、アスナは牛島が質問したことを覚えていたことに感心したようだった。バレー以外のことは結構抜けていくでしょ、若ちゃん、と言いながらアスナは包丁をシンクの中に置いて腕の中でもぞもぞと動くと牛島の背へ腕を回した。
「俺と一緒に居てくれるの?」
「きっと、お前のことだから不安がってるだろう」
「……うん、そうね」
「だから、終わるその瞬間まで、抱きしめている」
「ふふ、嬉しいなぁ」
 アスナは目を細めて笑った。
「満足か?」
「リップサービス?」
 アスナは満足そうに笑いながら、ゆっくりと牛島から離れていった。まさか、と首を横に振って、アスナの髪をなでた。真っ白なその髪は触るとサラサラとしていて、ひんやりとしているように感じた。
「もうちょっとご飯できるから、待っててね」
「ああ」
 アスナは牛島がキッチンから出ていくのを見送りながら、ぽつりと呟いた。
「でもね、若ちゃん」


「多分、明日世界が終わるとしても貴方は変わらないと思うの」


 きっと、俺も。
「それが一番幸せだから」
 アスナはそういって笑うとまた鍋の方へ向き直った。ああ、よかった、吹きこぼれなくて、とつぶやくアスナの声が聞こえてきて、牛島はその背中を見つめた。

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