勇気のお守り


「ああ、私は、私は――ただ、あなひゃっ!!」

 デビューしたてのミュージカル女優――メイデンは新しい舞台で端役ではあるが、役をもらい舞台に立つことになった。そのために台本を何度も何度も読んで、見なくてもセリフを言えるようにしてきたというのに大事なところでかんでしまうなんて。しかも端役の分際で失敗するなんて何事か、とメイデンは肩をビクつかせた。幸いにして監督や同じ舞台に立つ先輩俳優たちからは何も言われなかったし、主役を務めるメインの女優は笑顔で、まだまだこういうこともあるわ、と言ってくれた。本当に劇座の全ての人達が優しくて、だからこそすごい泣きそうになった。

 稽古が終わるともうすでに夜も更けていて、メイデンははぁ、と大きくため息を付いた。子供の頃から一緒にいるパートナーのツタージャも同じように溜息をついて、それでも落ち込んで膝を抱えてしまったメイデンの隣にやってきてその小さな手でメイデンの頭をなでてくれる。
「うう……ごめんね」
 こんな情けないトレーナーで。メイデンが小さく呟くと、ぺしん、と尻尾で叩かれてしまった。うん、そうだね、自信なくしてちゃ駄目だね、とメイデンは立ち上がった。
「メイデン、お疲れ様」
 聞こえてきた声にメイデンは目を見開いた。
「リズベルさん!」
「今日も稽古大変だっただろう?」
「……あー、はい」
 リズベルは――メイデンにとっての想い人だ。とあることをきっかけにして出会い、恋に落ちて、彼の彫刻の仕事に差し支えないようにお付き合いが始まって、メイデンはこの春にミュージカルデビューのためにこのライモンシティに出てきたのだ。彼はヤグルマの森で今も彫刻の仕事をしていて、ここまで来るのは大変だっただろうにわざわざ迎えに来てくれたのだろうか。
「今日も失敗しちゃって……うう、もう本番は近いのに」
 がっくりと肩を落としたメイデンの肩にそっと手を当てて、にこりとリズベルは笑う。なんだか、その笑顔だけでメイデンは元気になれそうな気がする。リズベルは帰ろうか、と穏やかにいうとメイデンの手を引いて歩き出した。



* * *




 ヤグルマの森にある住居はお世辞にも豪華なものとはいえないが、メイデンはこの家がとても好きだった。リズベルが生活してきた場所であり、リズベルの彫刻家としての全てがここに詰まっていて、メイデンはここが好きだ。二人で食卓を囲んで、今日はこんなことがあった、とかこんな失敗をしてしまったけど、いいこともあった、だとかメイデンが一つ一つ笑顔で話していくのを、リズベルはとても穏やかな頷きと笑顔で聞いてくれた。食事を食べ終えると、二人で片付けを済ませてリズベルはもう少し仕事があるから、とアトリエの方へ向かってしまった。

 メイデンはまた台本を開いて練習しなくちゃ! と台本を片手に持ちながら何度も何度も練習する。時折座ってみては先輩たちの演技がどうだったか、と思い返して――と、いつの間にかうとうとしてしまったのだろう、リズベルが声が聞こえなくなったなぁ、と思ってリビングへ戻ってみると、机に腕をついて眠っているメイデンがいた。
「おや、メイデン、風邪をひくよ?」
 だが、返ってくるのはむにゃ、とか寝言ばかり。リズベルは仕方ないね、と言いながらメイデンを抱き上げると寝室へと向かった。
「おやすみ、俺のスーパースター」



* * *




「それでは行ってきます!」
「うん、気をつけて。――ああ、待って、メイデン」
「?」
 メイデンはリズベルに手を広げて? と言われて、手を広げた。ぽん、と乗せられたのはモンスターボールだったがただのモンスターボールではない。きれいな意匠が施されたとても素敵な、世界にたったひとつだけのモンスターボールだ。
「これって……!」
 メイデンは目を輝かせて色々な角度からそのモンスターボールを眺めては日差しにかざしてみる。キラキラと煌くそれを強く抱きしめた。
「俺からお守りに。頑張ってね、メイデン」
「はい!!」
 ああ、最高のお守りだ。
 メイデンはそれをぎゅうと抱きしめると、リズベルに大きく手を振りながらヤグルマの森をかけていく。

 ――大丈夫。
 あの人から貰ったお守りがあるんだから。
 ちゅ、とそのモンスターボールに唇で触れると、なんだかすごく勇気がもらえて、メイデンはステージへ向かって歩き出した。

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