その痛みは何もない
在りえないほどの激痛にライガが黎明宮の自室で目を開けて飛び上がった。痛みは尋常ではない、と認識するよりも先に痛みのあるところが問題だったのだ。――左腕。そう、ライガの左腕はとうの昔に肩よりも先は存在しないはずなのだ。痛みなど本来あってはならないのに、ライガの左腕は確かに痛みを発している。――幻肢痛。なくなったはずの四肢が痛むという、切断後に起こる痛みの現象そのものだ。それは脳がまだ完全に四肢がなくなったことを認識していないからだ、などの様々な理由が考えられているが、解決方法は正直ないに等しい。
「……――っ、く、っそ……!!!!」
痛みでベッドをのたうち回りながらライガはその時間がすぎるのを待つ。薬など効かないのは当たり前だった、なにせそこに本来存在していないはずの場所が痛みを発しているのだから、痛み止めを飲んだところで何も効かない。困ったものだ。汗が、ぽたり、ぽたりと落ちる。奥歯を噛み締めて、痛みを堪え、うずくまりその時間がすぎるのを待っていた。
「ライガ……?」
聞こえてきた声にハッとした。
顔を上げてみれば、そこに立っていたのはインテグラだった。彼女は慌ててライガに駆け寄ってくると何があった、と彼に状況の説明を求めた。まずい、と思った。せめて、努めて笑って見せなければと思った。ライガはなんとか激痛に耐えながら体を持ち上げて笑ってみせた。
「だ、いじょうぶだ……っ、たいした、こと」
「あるだろう!! 今、誰か呼んで――」
ライガの右手がインテグラの腕を掴んだ。そして、ゆっくりと首を横に振る。
「……いてぇ、のは、左腕、なんだ」
「え……?」
「医者も、意味ねえんだ。……それよか、インテグラがそばに居てくれたほうがありがたい」
ライガはそう言って笑った。その笑顔はひどく疲れ切り、痛みに堪えているような表情だった。インテグラはライガが座り直したベッドに同じように座って、ライガを見た。
「……いわゆる幻肢痛と言うやつか」
「……そうだ、な。もう、この痛みとも十年以上一緒だっていうのにな」
ライガの右手が無い左手を探してさまよった。普通ならつかめるはずの左腕はどれだけ探しても無い。当然といえば当然だし、義手という手段を自ら捨てたのだからそれくらいは覚悟しているはずなのに、ない、とわかっているはずなのに、脳は、体はまだそこに左腕が存在していると言わんばかりに、あの日の――左腕の全てが凍結されたあの日を思い出しては痛みを放ち、ライガを苦しめていた。
「……私は、何が出来る」
インテグラがじっとライガを見つめながらそういった。
「そうだなー……何もしてくれなくていい」
そういうとインテグラは目を見開いて固まった。
「ちょっとでいいんだ、膝、借りていいか?」
にか、と笑ったライガの顔に、インテグラは小さく頷いた。ごろん、と横になって頭をインテグラの膝に乗せるとライガはゆっくりと目を閉じた。ライガのクセのある緑の髪をインテグラが撫でると、ライガが心地よさそうに笑った。
「……落ち着いたら、起きるから、少しだけ……このままで」
「……ああ」
すう、とすぐにライガは眠りについてしまった。それは大人の男という雰囲気は微塵もなくて、ただの少年が眠っているだけだった。インテグラはそんなライガに柔らかく微笑んた。