「首領から以前から頼まれていてな……手前に銃の扱いを一通り教えておけと」
――――銃。
言葉そのものだ。銃とは、人や動物などに銃弾を当てるために使われる武器である。これまで、極々普通の家庭に育ってきた佐登にとっては小説や漫画の中に出てくるようなそんなおとぎ話に近いようなものだ。いずれはこんな話が来るとはわかっていたが、本当に目の前に突き付けられると自然と手に力が入る。中原は慣れた手付きで武器庫の解錠番号を打ち込んでいく。実はこの解錠番号については佐登も全て記憶している、というよりも記憶させられた。最重要の武器庫が四箇所、次に重要な武器庫が十数箇所とあり、それら全てが十桁の数字の羅列であり、覚えるのに一週間近くかかったが、何度も何度も反復して漸く指が自然と動くようになった。ちなみにこの手の解錠番号については既に何十通りと覚えさせられている。何も、武器庫に限った話ではない。――――覚えなくては、秘書としてやっていけないのだから仕方がない。武器庫が開くと、そこには無数に爆弾やら、銃やら……佐登にはあまり種類の分別はつかないが銃といってもあらゆる銃が揃えてある。
「手前には、片手自動小銃で十分だろ。扱いも手入れも一番楽だからな」
一つの箱を開けていた中原が何だ、あまりにも簡単に投げ出してきたのは自動小銃である。女性の片手にも収まるほどの小さな銃で、しかし、佐登には十分重たく感じられた。扱いが簡単だ、なんて言われても全く使ったことのないものをどうしろと言うんだ、という顔をして中原を見てみれば、中原は嗚呼、と納得がいったようにして佐登の手から取り上げると構えてみる。
「この手の銃ってのは、安全装置を外さなきゃ引き金を引いても弾は出ねぇ、覚えておけ」
「……はい」
「安全装置を外したら、確り銃口を相手に向けろ」――――相手と言われて、佐登は背筋が凍る思いがした。
当然と言えば当然のこと。この手の銃は動物を狙うことを目標などとはしていない。"人間"が"人間"を狙うための銃だ。弾丸は相手の命を奪う、又はその行動を無力化するために使われるものだ。
首領が自分にこれを渡すのは、決して相手を倒せとか殺せとかいうものではないのも理解できている。これはあくまでも自衛用だ。
佐登の異能力は(使いこなすことができれば)強力だ。未来を視る異能力というのは希少価値が高く、その手の異能力者は裏社会では稀に高値で取引されることもあるのだと、鴎外に教えられたときには今まで自分が無事であった奇跡に感謝した。そもそも、自分が異能力者だとは思っていなかったのだが。逆にそういった輩を利用して、自分に生きやすい環境を整えている奴らもいると教えられたが、佐登にはどうもそういう生き方はできそうにない。そして、誰にも自分が「未来予知」の出来る異能力者であることは明かしてはならないと言われている。――――眼の前にいる中原であっても、だ。
ポートマフィアにいて、自分の身の安全が保証されているわけではない。勿論、鴎外は非戦闘員として雇用している佐登を守ることを約束しているが必ずしもそれが守られるとは限らない。一人のときに狙われることだって、十分にあり得る。保身のためにも、銃が使えたほうがいいという鴎外の話もわからないわけではない。
「……おい」――――遠くから声が聞こえる。
「おい、佐登!」――――襟ぐりを捕まれ、大声を挙げられた瞬間に佐登は覚醒した。
呼吸を荒らげ、銃を握る手が震えている。中原から見た顔は見るからに可愛そうなくらいな蒼白である。ポートマフィアに長く身を置いている中原からしてみればこんな拳銃なんだというのだ、というレベルのものだが(そもそも、彼は自身の異能力を使って、銃弾の重力を操作し、発射させたほうがよほど威力が出るので、銃など使用しない)佐登にとっては大問題だ。しかし、それを中原は想像することが出来なかった。彼は幼い頃からこの魔都横浜の裏社会で生きてきた。この裏社会で生きるに当たって、異能力もしくは銃火器・刃物の扱いは当たり前だ。自分を守れなければ、死ぬ、そんな世界で彼はずっと生きてきた。だから――――佐登が、銃一つで此れほど動揺し、錯乱する理由がわからない。銃を撃てば人が死ぬかもしれない、そんな恐怖はすでに彼にはない。
「取り敢えず、一通りの銃の扱い方は覚えておけ。首領が何処ぞの輩に遅れを取るとは思わねぇがな」
佐登は小さな銃を、強く握りしめた。
「手前の方が気付くのに早いことだってもしかしたらあるかもしれねぇだろう」――――中原の声は、少しだけ遠くに聞こえた。
「銃を扱えるようになるとは思えませんが」
中原は首領の執務室でそう、口にした。過小評価ではない、あの手の人間は何時まで経っても銃を扱えないままだ。引き金を引くことが出来るようになっても弾を相手に当てることなど、この先ずっと出来ないのではないかと中原に思わせた。撃たないのではない、撃てないのだ。まあ、なにか、彼女の中で意識の改革が起きて、銃を撃てるようになるかもしれないが――――そんな場合は余程でなければ有り得ない。忌憚なく、それを口にした中原はどこか、不服そうな顔をしていた。きっと、どうして佐登が秘書になったのか、わからないのだろう。それを聞いた鴎外はいつものように両手を組んだまま薄ら笑みを貼り付けたままだ。
「別に私も彼女に銃を使えるようになってほしいわけではないからね」
「はい……?」
鴎外の言葉の意図を中原は掴みかねていた。鴎外はにこにこと笑っているばかりだ。真意の読めない桑の実色の瞳がすと、細められた。
「彼女はきっと、よほど自分の命の危険でも感じない限り銃弾を相手に当てるなんて出来ないよ――――嗚呼、もしかしたら、その状況になっても本当に無理かもねぇ」
からから、と笑った。
鴎外の豪奢な執務机には古典様式の茶器一式が並べられており、赤茶色の美しい波を立てる紅茶が注がれていた。首領の元に出される紅茶は全て秘書である佐登が用意しており、現在彼女は中原の来訪に合わせて秘書室に入っている。鴎外は武器庫から戻ってきた佐登の表情を思い出して微笑んだ。
「取り敢えずは彼女には自分の身の危険についても理解して貰う必要があるからね」
「――――は、それは」
人が見たらゾッとするであろう笑みを浮かべたままの鴎外がぺらりと、一枚の書類をめくる。それを眺めやった後、笑みを深めた。そして、それらを全て仮面の奥に追いやるようにして消すと、いつもの様子で中也に微笑みかけた。
「今回は有難う。幹部である君に余計な時間を取らせたね」
「いえ、それが首領の命令とあらば……」中原は帽子を外して深々と、頭を下げた。
そのまま退出していった中原を眺めやった鴎外は紅茶を一口飲む。奥の扉が開いて、佐登が顔を出す。首領の部屋の入退出記録は秘書のもとにも届くので佐登はちゃんとパソコンの管理をしていたらしい。鴎外がにっこりと微笑んだのに比べ、佐登はわずかに表情を鈍らせた。
「……申し訳ありません」
「おや?」鴎外は意外そうに目を見開いた。「なにか、悪いことでもしたのかな?」
知っていてなお、鴎外は何も知らないふりをした。
「…………いえ、何でも御座いません」
佐登はそれ以上何も言わず、紅茶のおかわりをお持ちいたしますと笑いながら言うと、ポットを持って部屋から退出した。
「却説――どうなるかな」
その数日後。
ポートマフィア首領秘書である佐登暮が、敵対組織の手に寄って誘拐されたとの報が鴎外の元へ飛び込んでくることとなる。