触れた手は温かい
「私がするわ」
一番最初に名乗りを上げたのがアスナだった。シルビアやイレブンが流石に女性がするのはいかがなものか、というがアスナは首を横に振った。
「私はどの道、私のかわいい子たちのこともあるから、平気よ」
アスナの可愛い子たち――アスナが手なづけている魔物だ。女神像が守る周囲から少し離れたところにいるらしい彼らのことを案じるアスナはやはり自分だけがキャンプで眠っているのに申し訳無さを感じていたらしい。みんなが休んでる間に周囲の警戒もできるからちょうどいいのよ、とアスナはイレブンたちを説得して火にかけていたポットをつかむためにミトンをつけた。
「ほら、みんなは早めに休みなさい。明日戦えなくなっても助けてあげられないわ」
早く眠りなさい、とまるで母親のように優しく諭すアスナは仲間たちをテントの中に追いやった。
* * *
焚き火にくべられた木が、爆ぜてぱちん、と音を立てた。一本だけ魔物が嫌う香木を混ぜてみたところ、ギリギリのところで様子をうかがっていた魔物たちの気配が消え、アスナの魔物たちの気配だけが残ったのをアスナは感じた。すぐの後ろのテントからはゆっくりと眠る仲間の気配を感じてアスナは目を細めた。ふるり、と体が震えたのは平原を吹き抜けた風が妙に冷たく感じたからか、アスナが自分の腕をなでたところで肩の上から毛布がかけられた。
「あら、眠れなかったの?」
――相変わらずね、グレイグ、と毛布をかけてくれた恋人を見上げた。彼は特段答えることもなく、アスナの隣へ腰掛けると少し弱くなっていた焚き火に割った木をくべた。
「そろそろ交代しよう」
「大丈夫だったのに。心配性ね、グレイグは」
アスナは肩にかけられていた毛布を少し引いて体を包み込む。グレイグは何も言わなかった。早く休め、とも何も。ここに居ても怒らないところを見ると本音は休んでほしいとかそういう気持ちがあるわけではないのだろう。
「ねぇ、グレイグ?」
だから、少しだけ甘えても文句は言われないはずだ。
「どうした」
ぱちん、とまた、焚き火の中の木がはぜた。
「寒いからもっと寄ってもいい?」
グレイグとばっちり目があった。動揺が確かに瞳には浮かんでいて、顔は紅い。愛されている、という自惚れよりも照れていて可愛いという感想が本音だ。グレイグはたっぷりと返答に時間を開けたが、ゆっくりと頷いた。アスナはありがとう、と笑うと自分から距離を詰めてグレイグにそっと寄り添うようにもたれかかった。アスナの頭がグレイグの腕に寄りかかった瞬間にその肩がびくりと震えたことは見て見ぬふりをする。こういう可愛らしいところがある人なのだ。照れているのか、動揺しているのか。
心地の良い沈黙だった。
アスナはうっとりと目を閉じる。隣に感じる大きな暖かさがこんなにも心地よいと知ったのはグレイグと気持ちが繋がったときだ。それまでアスナは人間のぬくもりをあまり理解してなかった。そばにあるのは魔物のぬくもりばかり。彼らが決して悪いわけではない、彼らのぬくもりも間違いなくアスナを癒やしていたが――アスナが欲したのは人のぬくもりだったのだ。
そっと、手を握れば、グレイグは何も言わずに握り返してくれた。大きくて温かい手だ。
「……グレイグ」
――泣きたくなるくらい、愛おしい。
「グレイグ、大好きよ」
許されるべきじゃないと知っているのに。許されてはならない、とアスナはきゅ、と唇を噛み締めた。ふるりと震えたのはきっと心が冷たく感じたからだ。残酷にも突きつけられた罪が、ひどくアスナの体を冷やしていく、そんな気分がして。
アスナの体に覆いかぶさるようにグレイグは抱きしめた。強く、強く力を入れてアスナを抱きしめる。
「苦しいわ、グレイグ」
温かい、やっぱり温かい。アスナは腕をそっとグレイグに回した。なんて温かい人なんだろう。腕の中で彼の顔を見上げてみれば、なんて泣きそうな顔をしているのだろう。もういなくなったりしないわ、と安心させるように彼の背中をなでた。
ゆっくりと重なった唇から伝わる熱が、たまらなく愛おしい。
-2-