「この任務から帰ったら伝えたいことがある」
「伝えたい、こと……?」
首を傾げる私にふと笑いかけ、彼は任務へと出向いていった。一体どんなお話だろう。煉獄さんのことだからきっと真面目なお話だろうとは思うけれど……。
「とうとうかい」
「いいね、なまえちゃん。幸せになりな!」
「えっ」
常連さんたちに揶揄われようやくひとつの答えにたどり着く。炎のようにぽっと頬が赤く染まり熱くなっていく。今回の任務から帰ってきたら……、好意を伝えられるのではない……なんて。恋にうつつを抜かすような方ではないと思うけれど、でも、もしそれが現実に起こったら……と都合のいい妄想ばかりが先走る。もしそうなら、私もこの想いをちゃんと彼に伝えよう。煉獄さんをお慕い申し上げております、と。
***
あれから幾ばくかの月日が流れた。
任務が難航しているのか、それとも、私の事なんて忘れてしまっているのか。私ばかりが彼の来訪を待ちわびる日々を続けていた。
「……って奴は、柱ですらも……だってな」
「炎柱様も……志半ばだったろうに……」
「惜しい人を……」
賑わう店内でしみじみと何かを語る青年たちの言葉に嫌な予感がした。炎柱。それが指すものを私は知っていたから……。彼に何かあったのだと、知ってしまったから……。
「あ、あの、ご歓談中すみません。煉獄さんは、今どうされているのですか……」
「え、あ、ああ……。炎柱様は……その……お亡くなりになりました……」
言葉を失った。あれだけ待ち続けていた想い人が帰らぬ人となるなんて。膝が笑って立っていることすらままならない。ふらふらと奥へと捌ければ母が心配そうに見つめてきた。「大丈夫」とだけ残し、近くにあった椅子へと腰掛ければ、急に視界が滲んで溶けた。
どれだけ嗚咽しようと彼はもう帰っては来ない。まだ私の想いを伝えてないのに。まだ彼の言葉を聞いていないのに。
「煉獄さん……」
彼の死すら伝えられない存在の自分は、ひどく彼から遠い存在だと感じた。所詮、私は食堂の娘でしかないのだ。
***
煉獄さんの死を知ってから、どれだけの日が過ぎただろう。生きた屍に成り下がった私は朝から晩まで自室にこもり、床に伏せっていた。このまま衰弱して死んでしまえればいいのに。そうしたら、煉獄さんのもとに行けるかもしれないのに。
「……なまえ、お客さんだよ」
襖の向こうで母の声が響く。少しして襖の開く音がして、ぴしゃりと閉まった。
「竈門炭治郎といいます。煉獄さんから言伝を預かってきました」
「煉獄さん……?」
慌てて飛び起きればくらりと視界が揺らぐ。前倒しに倒れかけた私を竈門炭治郎と名乗った少年が支えてくれた。
「……煉獄さん、何と仰っていましたか」
「すまない、約束は守れそうにない、と。それと、この歌を貴女へと」
そう言って彼が呟いたのは、藤原義孝の和歌だった。
『君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと思ひけるかな』
涙が止まらなかった。子供のように泣いて、泣いて、泣きじゃくって。どうにもできない感情を溢れさせ、彼の思い出ごと自分の体をかき抱いた。