Don't be afraid.

 マルフォイ家では大広間にある掛時計が音を鳴らした時、食事が始まる。ダイニングにある長テーブルには奥の正面にマルフォイ家の当主ルシウス、その左に妻ナルシッサ、そして右にドラコが席に着く。厳かな雰囲気に包まれた空間で、使用人三名が静かにグラスや銀の食器を並べていく。
 そんな中、ドラコは黒髪をシルバーのバレッタで束ねた小ぶりな頭を目で追っていた。無駄なく俊敏に動き回るその姿を追っている彼の視線があからさまなのは言うまでもない。
 配膳が整い食事が始まると使用人は端に並んだ。動くのはグラスが空になった時、または何かしらのアクシデントが起きた時だけだ。
 ドラコはグラスを口に運んだ際、正面ナルシッサの斜め背後に並ぶ使用人――その中の一人――ナマエに視線を向けた。彼女はじっと机上を眺めていた。その後食事の終わりまで何度か彼の瞳は彼女を追ったがその瞳が交わる事はなかった。




「ナマエ、なぜ君は僕と目を合わせようとしないんだ」
「化石にされてしまうからよ」

 ナマエは芯はドラゴンの心臓の琴線、木はサクラ、長さ22cmの小ぶりな杖を振りながら云った。彼女の緩やかな振りに合わせて大桶に溜まった水がもくもくと泡立っていく。
 冗談は止せ、と頭をかくドラコにナマエは、ふふふ、と鼻で笑いかけた。

「だって貴方。そのグレーの瞳の動きがあからさまだもの。旦那様や奥様にばれてしまうわ」
「僕は構わない」
「私にとっては大問題よ」

ぴたりと杖を振るのを止め、ナマエは背後にいるドラコを一瞥した。いつもは煌びやかな彼女の黒い瞳は輝きを失い冷めきっていた。そしてもう一度杖を振りはじめ、シーツやタオルを泡の中へと運んだ。

「貴方のお父様にお金を頂いて生活をしているの。もしもばれてしまったら…ここに居れなくなるの。」

辛辣な口調で淡々と口にする彼女の背にドラコは抱き着いた。ナマエは杖を振る手を止めた。

「僕は君を失いたくない。」

消えてしまいそうな程小さな弱々しい声で云うドラコ。ナマエはお腹に回る彼の手に触れた。

「ドラコ…」

ナマエはぎゅっと自分を抱きしめるドラコの手を緩め、向かい合った。ドラコは不安げに眉を寄せ、グレーの瞳は揺らいでいた。
 ヴォルデモートとの戦いを終え、二年が経つ。しかしこの表情を見る限り彼はヴォルデモートの呪縛に未だ憑りつかれている様だった。

「もうあなたを苦しめるものはないの。大丈夫よ」

頬を撫で、優しく囁くように口にすると、彼はナマエの手に自分の手を重ねた。

「ナマエ……」
「ドラコ……」

そっと彼女の手をとり、引き寄せる。ドラコはナマエのサクラ色の唇を撫で、自分の唇を重ねた。たった一度の触れるだけの口づけ。ドラコは彼女を離さないと云わんばかりに抱き締めた。ナマエも彼の背にぎゅっと腕を回した。

「明日は休みだろ?どこか出かけよう」

彼女の首元に顔を埋め、ドラコは云った。ナマエは少し間をおいて、そうね、と彼の肩越しに呟いた。

「誰も私たちを知らない……そんなところに行きたいわ」

囁くように小さな声でそう口にした。どうか、もう暫くこのままで――そう願いを込めてナマエは杖を軽く振った。この小さな洗濯室の扉が開かぬ様に。