top >



――あ、死ぬかも。

 ジーンはその日、はっきりと死を覚悟した。
 まもなく深夜になるという時間帯の、人通りの少ない交差点での出来事だった。
 いつもより閉店作業が長引いてしまって、帰宅時間が遅くなった日だった。時間帯が違う以外は、帰宅ルートも帰宅方法も変わらない。通い慣れた道を、愛車のハーレーに跨って帰った。
 信号はこちら側が赤。ジーンは、交通ルールは守る主義である。早く家に帰りたい気持ちを抑え、信号の通りに停止線手前でハーレーにブレーキをかける。
 異変は、その直後に起きた。
 まずは、鼓膜を破るような轟音があたりに響いた。
地震かと思うような振動と、建物を破壊する大きな爆発。ジーンのいる場所からたった数百メートル先で、なにかが爆発したのだ。
 周囲が一気に煙に包まれる。
 ほこりと煙で視界が塞がれ、煙を吸い込んだせいでむせ返る。いったいなにが起こったのか、正確なことは分からない。多分ガス爆発か、テロでも起きたのかとジーンは予想した。
 とにかく、いったんこの場を離れなくては危険だ。ハーレーの向きを変えて、来た道を引き返そうとした、そのときだった。
 ジーンを照らす、強い光に視野を奪われた。眩しさで目が眩む。腕で思わず光を遮って、見えたものは信じられない光景だ。
 爆発の煙に紛れて、ものすごい勢いでなにかが迫ってきていた。――巨大なタンクローリーだ。光の正体は、そのタンクローリーのカーライトだった。
タンクローリーは爆炎の中をノーブレーキで、凄まじいスピードでジーンがいる場所へと向かってくる。貨物部分は先ほどの爆発のせいか炎上している。中身はなにか知れないが、恐らくは石油かガスだろう。このままどこかにぶつかったりすれば、さらなる爆発が待っている。
 逃げなくては。
 しかし、タンクローリーだ、と視認できる頃には、もう車体がジーンの目の前にまで来ていた。ハーレーを思い切り飛ばしたとしても、衝突は免れないだろう。

 ――あ、死ぬかも。

 死を、覚悟した。
 このままタンクローリーに轢かれて、爆発に巻き込まれる未来からは、どう頑張っても逃げられそうにない。恐怖と焦燥が全身に駆け巡る。
迫りくる衝撃に、思わず目を固く閉じ、身を縮こませた。
 しかし、やってきたのは予想とは違った衝撃だった。
 体を、なにか大きなものに包まれる――いや、掴まれるような感覚がしてから、ハーレーからふわりと浮きあがった。それから、ぶんぶん振り回されるような感じ。胴体のあたりを押さえつけられているせいなのか、思わず「ぐっ」という鈍い声を上げてしまう。
 しかし、体の痛みや、タンクローリーがぶつかってきたような激しい衝撃は感じない。
 しばらくの間、振り回されるような衝撃を感じていたが、それもしばらくすると止んだ。
 おそるおそる目を開ける。
 なにかが体を掴んでいるような感じの正体は、なにやら、機械のようだった。胴のあたりを長く細いものが何本か巻き付いている。それはまるで、巨大な人の指のような形をしていた。
 ジーンは視線を、頭上へと向ける。
 そこには、人の頭を模した機械のようなもの――ロボット、だろうか。
 そう、SF映画やアニメなんかに出てきそうな巨大なロボット。そんなものが、ジーンを掴んでいるのだ。
 キュルル、とジーンの背後でシステムの稼働音がする。
全身は黄色い装甲で包まれており、暗闇の中でもよく目立つ。目に相当する箇所は、青というか、水色に光っている。腕や足のようなものがあり、腕の先には、カッターの刃を彷彿とさせる巨大な刃物が輝いていた。
 状況から察するにどうやら、このロボットがあの交差点から連れ出してくれたらしい。
周囲を見渡すとタンクローリーの姿はすでになく、どこかへ走り去ってしまったようだ。次いで、交差点へと視線をやる。先ほどまで乗っていたハーレーは、変わらずに交差点の停止線のあたりにあった。しかし、その車体はぺしゃんこに潰れ、もはや屑同然に成り果てている。
あのまま交差点にいたら、命はなかっただろう。そう考えると背筋が凍る。
 再びどこかで大きな爆発が起こった。響く轟音に、体がびくりと跳ねてしまう。先ほどのタンクローリーが、どこかに衝突でもしたのだろうか。
すると、爆発音に反応したようにロボットの顔が煙立つ方向へと向き直る。
 ロボットはジーンを静かに降ろす。
 解放されたジーンの体には、多少痛みがあるものの、目立った傷はない。血が出ている様子も、骨が折れた感覚もない。
 無事に、生きていた。
 ジーンはそばに立つロボットを見上げた。
 すると彼(と言っていいのかは定かではないが)は、ジーンのすぐそばに跪き、こう言った。

「《ここにいて》《危ないから》」

 人の声――正確には、誰かの音声のつぎはぎのような声だが――で、ジーンに語りかける。まるで、ジーンを心配するかのような台詞に、目を見開く。
 意思の疎通が可能だとは思わなかった。
 ジーンが言葉を失い、なんの返答もしないでいると、ロボットは「わかったか?」とでも言いたげに小首を傾げるではないか。その一連の動作は、ロボットというよりも、機械製の人間のような滑らかさがある。
 ジーンは激しく首を振り、了承したという意志を伝えた。
 ロボットは満足気に頷き、立ち上がる。
 先ほどからずっと言葉を発せないでいたジーンは、貼りつく舌の根を剥がしてなんとか声を発し、問いかける。

「ねえ、あなたいったい――――」

 何者なの?
 そう問うつもりだった言葉は、虚空に消えた。
 目の前にいた巨大なロボットが、たちまち機体を変形させ、一瞬で車の姿へと変わったからだ。
 ジーンの目の前には、すでにロボットなどいなくなり、黄色のシボレー・カマロが一台あるだけだ。
 目の前で起きたことが信じられず、ジーンは呆気にとられる。
 しかし、カマロはそのまま猛スピードで、さらなる爆発が起きた場所へと走り去っていってしまった。
 しばらくその場で放心していたジーンだったが、ほどなくして屈強な軍人たちが、この異様な事故現場に押し寄せる。皆武装しており、なにやら物々しい雰囲気だ。ジーンはそのうちのひとりに保護された。
 先ほどの爆発はなんだったのか。いったいなにが起きているのか、事故か事件か。それから、あのロボットのような存在はなんなのか。
 矢継ぎ早に付添の軍人に訊ねたが、答えはひとつも得られなかった。いくら問いかけても「機密事項だ」の一点張り。
 わかっていることは、ただひとつ。

 どうやらジーンは、得体の知れないなにかに命を助けられたらしい、ということだけだった。

- 1 -

*前次#


ページ: