昨夜は、よく眠れなかった。あの後謝ってきた臣を許すも何も、彼と共に過ごせる時間が有限だと知れば、いつものように怒って口を聞かない、なんて時間の無駄すぎる。眠ることさえ惜しくて、目を瞑る彼の顔をじっと見ていた。たぶん、臣も寝てはいない。そもそも幽霊は眠るのだろうか。
「ひっでぇ顔」
「……口より手を動かせ、子犬」
「その顔で言われると迫力あるわ」
「殴ろうか?」
ヘラヘラと悪怯れる様子もなく笑うのは、同期の岩田。最初は貼り付けたような笑顔を浮かべて、それはもうとてもとても優しかったというのに、時の流れとは恐ろしいもので、気付けば憎まれ口ばかりを叩くブラック岩田へと進化していた。というか、これが奴の本性だったのだろう。
「なんかあったわけ?」
「別に」
「今日飲みに行ってやってもいいけど」
「悪いけど岩田に使う時間ない」
言ってからしまった、と思ったけれど、時すでに遅し。さっきまでの無邪気な笑顔は一変、冷たい目をして睨まれた。
「……ごめん。夜はほんとに無理なんだけど、あとでちょっと話聞いてほしい」
「昼メシ奢れよ」
「社食なら喜んで」
ケチだなと呟いてパソコンに目を向けた岩田の口元は緩んでいる。どうやら彼の機嫌は直ったらしい。岩田が単純な男でよかった。
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「………お前、大丈夫?」
「いや、うん。そうなるよね。私も言ってて頭おかしいんじゃないかと思い出してきた。」
昼休憩の時間。約束通り岩田と社員食道へやって来た私は、彼の頼んだB定食、そして厚かましく追加した小鉢と私の分であるうどんのお会計を済ませて、奥の方のテーブルに向かい合わせで座った。そこで臣のことについて話せば、物凄い顔で心配されて。順を追って話している自分自身も、すごく馬鹿なことを言っているようで、私は何を言っているんだろうと不安になる。
「…2年、つけてるの」
「ん?」
「この指輪。ずっとつけてて、ここだけ日に焼けないから、色とか違ってて」
「うん」
「それが、なくなって、臣もまたいなくなっちゃえば、私、何にも残んないのにね」
酷い話だよ、ほんと。そう思えばジワリと涙が滲み、ヤバイと思って引っ込めようと試みる。だけど、溢れないようにするのが精一杯で、そしたら、岩田がスーツから丸まったハンカチを出すから有り難く受け取った。ほんと、こんな汚いハンカチ出すって社会人としてどうなの。
「なんも残んないことはねぇよ。」
「え?」
「そんなもんなくたって、お前の中にあるものは消えないし、俺だって近くにいる。そろそろ前に進む時が来たんじゃねーの」
こいつに、こんなことを言われるとは。不覚にもその言葉が胸に響いて、涙腺を刺激する。
持つべきものは、同期らしい。
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