拝啓 松野おそ松様
お久しぶりです。突然の手紙で驚かせてしまったかな?
まだ、私のことを覚えてくれているでしょうか。もう何年前の話になるのかな、最後にあなたに会ってから。随分長い月日が経ったようで、ついこの間のことだったような気がします。それでも今、よく思い出すことがあります。
あなたはよく、いーよ、お前は変わらなくて。って言ってくれたよね。なんであのときおそ松の言葉を信じられなかったんだろう。今でもあのときの自分の弱さを恨んでいるよ。
あのとき私は何を求めていたのかな。変わらない日常にいよいよ嫌気がさして、変わらないおそ松に苛立つ毎日だった。刺激が、変化が欲しかった私にあなたは何度もそう言ってくれたね。でも、あの頃の私はそれすらもう鬱陶しくて、次第にあなたの元へは帰らなくなった。
変化を求めた私は、変わろうと努力した。慣れないスカートやヒールの高い靴。思ってもいない口上に、男性に好かれるような化粧、表情筋だけの笑顔を顔に貼付けた。おかげで、いいなって思う人とうまくいったんだよ。お金持ちでね、背が高くてね、かっこ良くてね、記念日には必ず花束をくれるんだよ。おそ松がくれたプルタブの指輪なんかじゃなくてね、ちゃんと、サイズの合った、ダイヤモンドがキラキラした指輪もくれたんだよ。
でもね、今思えば、それって本当に私だったのかな。
ねぇ、おそ松、私は今、息をするのも苦しいよ。私の存在意義ってなんだろう。私は、変わってしまったかな。私はどこにいってしまったんだろう。体についた傷はすぐに消えるけど、心についた傷はまだ、残ってるみたい。細かい傷がたくさんついてしまったように感じます。でもね、一番の深い傷は、あなたと最後に会ったときの、おそ松の、悲しそうな顔なんだ。あのときおそ松は何も言わなかったけど、意地なんか捨てて、聞けば良かったよ。ねぇ、あなたは覚えているのかな。今まで何度も思い出すよ。その度にもう一度、あなたに連絡をとろうかと思った。でも、もう私に連絡を取る手段なんて残ってなかった。
これも最初で最後の手紙です。
もう私には古傷の治し方はわかりません。心とか体の小さな傷は、そのうち治ります。もし、まだ私のことを心配してくれているのなら、大丈夫。私は幸せです。ここは一等地にある高級マンションの最上階です。壁一面の窓からは夜景が本当にキレイに見えます。部屋には暖かい暖炉があって、暖炉に焼べる木炭もたくさんあります。玄関には鍵がかかっています。目を閉じると今でもおそ松とよく行った河川敷の草の匂いや、風が頬をなでる感触が思い出されます。もうどのくらい外の空気を吸ってないだろうか。そこでいつか2人でみた星空が、今はこんなにも近いです。あのとき手をのばしたけど届かなかった星に、いまにも手が届きそうです。
私は明日結婚します。
どうか、いつまでも、変わらないおそ松でいてね。
それでは、お元気で。
最後の文字は震えていて、所々滲んでいた。
「え?!ちょっと兄さん?!こんな時間にどこ行くの?!」
末の弟の声が聞こえた気がしたけど、もう俺の耳には入ってこなかった。
住所も消印もないかわり、乾いた血で縁取られた小さな指紋に腹の底から沸き上がる吐き気をおさえながら、どうにかそれを握り締め、俺は弾かれたように玄関を飛び出す。
どうか、神様
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