止まり出した
   その思考回路

2023/12/03
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2022/07/31
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私じゃないわたしと跪いて


優しい時間。愛されていた時間。
それは繰り返しを望んだ儚い時間。

綺麗な額縁に飾った向こう側。

深夜の中、ふわりと風が起こり、目を開いてきょとんとする。

はて、此処はどこだろう。

確かに居た気がする。

それは何処に?


ばさりと白いカーテンが羽ばたいたと同時に振り返る。

気配がしたから。存在が気になったから。

「こんな遅くに何をしているんです?お嬢さん。」

白い光に金色の衣服を着ていて仁王立ち。

不味いと思った脳が警告を鳴らしすぐに踵を返して走り出す。
パタパタと足を立てて逃げる私にため息の音が聞こえる。
そんなことをしても無駄だと言う音だ。

私は知っている。

こんなことは無意味であることを。

それでも私は足掻きたい。

此処が何処か分からない。

貴方はだぁれ?私はだぁれ?

分からなくて怖くて泣いて
縮こまってしまいそうな心を奮い立たせ
何とか身体を動かして走らせる。

前で声がして、目を向けた。

「駄目ですよ。そっちは部屋ではないでしょう?」

声を出してもきっとこの人は分かって言う。
きっと私の顔を見て言うだろうから。

赤い羽根が肌に触る。

ふわりとした感覚に拒絶が走る。

嫌だと声が出ないのは知っている。

周りの人が寝静まって迷惑かけたくない。
それもあるけど、本当は違うと知っている。

なのに見ない振り向かない。

それは愚かな罪を持った存在。

「ほらこっちです」

触れる手に、拒絶が走り発動してしまう。

午前二時

病棟で

貴方は居ない

この世界。

何処にも存在しない、

ならば私も

『“お願い!私を彼から見せないで!!非存在(エトルーラ)!!!”』
「っな、え!?」

消えて亡くなって欲しい。


貴方が居ない、この時間ならば。


その言葉を脳内で強く感じ取ったのか
ギンと音が背後で鳴って光が一瞬零れ落ちた。

身体が透けてなくなっていくのを感じる。

音も全て、私の存在ごと。



驚いた彼の手から羽根から逃れて走り出す。
此処から走っても100mは先にある。
体力が落ちた今、数メートルを走るのですらやっと。

息が零れる。身体が軋む。

ドキドキと心拍数が音を鳴らして狂わせていく。
逃げると言うのかと問いかけが聞こえる。
違うそうじゃないのに、そうであってほしいと思う。

逃げるだけならば罪に成れるから。

悪い子になれるから。

悪い子になれば、そうなれば。

「止まって下さい。そうすればまだ皆さんには告げませんよ。」

貴方が迎えに来ないことを理解出来るのだから。

そうは言っても彼の言う事も一理ある。
どうせ彼とは力の差は歴然であり、止まった方が無難である。
そんなことは知っていることで。
彼の情報はテレビで見ていて割と知っていることだった。

でもこれはきっと夢の中なんだ。
だから消して居なくなりたくて。

「はぁ…本当に言う事を聞かないんですね。」

昔は言うことが聞けて良い子だったと聞いているんですが。
その声と同時に首後ろの衝撃を感じ取った。
何故彼に力を使っても効果が発揮されないのかとか
何故この力を知っていて攻撃出来たのかとか。

色々聞きたい事は山ほどあったけど。
それでも貴方に一言聞きたかった言葉が漏れた。

『…んで、きてく、れた、の』

悪い私はこの大きな部屋から逃げ出すことすらできないのか。

意識が落ちて、そのままくらい意識の海に投げ落とされる。
底なんてない、足掻いても無益なこの大海原に。

++++++++++

「あ、目覚めました?」

その声ですぐに先程まで意識があった記憶が思い出される。
ゆっくりと瞬きをした後、ニコリとした笑顔を数十秒見た後
そっと右に足をずらして身体を動かそうとするが

『…っ』
「おっと、大丈夫ですか?」

予想以上に身体が疲れているのか、少しの動きで身体が倒れそうになる。
此処に何時から居続けているのかもう数えることは止めた。


そんなことよりも

今は何時だ。

『あの』
「はい?」
『今何時ですか』

これくらいは聞いても問題ないだろう。
別に罵倒されるのは慣れているし。

「…昼間の10時ですね。」
『ええ!?』
「おお、それがどうしました?」
『ああいえ、なんでも』

確か意識を持った時は深夜の二時だった筈。
アレから失敗したところからして、
綺麗に8時間ピッタリで
意識が飛んでいた試しなんて
かつてないくらいだ。

私の記憶が正しければの話だが。

「おお、ティラールさん起きてたんですね。
珍しいこともあるもんです。」
『…新貝先生ですか。』
「はい。正解です。此方はどなたかご存知で」
『ウィングヒーローホークス。
赤い翼を広げて数多の人間を救うプロヒーロー。』

後確か九州だった筈なんですが。

そう言った私はそっと新貝先生の方を向いて話をする。
勿論目は見ていない。
見る必要なんてないのだから。

『此処は何処ですか。』
「さあ、何処だと思いますか?」
『また飛ばされたんですか?』
「いいえ?そんなことは無いと思いますよ。」
『…はぁ、監視ですか。』
「随分と落ち着いてますね。」
『私の監視はこれで貴方で8人目ですからね。』

ちなみに他の方もまけじと来てくれる人だっていますが
全員プロヒーローなので中々予定合わなさそうでしてね。
そう言った私に、意思疎通ありと記載する彼にため息を吐いた。

『期間はいつですか?』
「え?」
『あれ?その為に三者面談しに来たのでは?』
「今回は此処で構いません。」
『(思考を読まれても構わないから、か。)』

本名新貝慎(あらがいまこと)
個性は「思考(トーチ)」

半径3m以内の人間で且つ半年以上
経った人間の思考を察知することが可能だぞ!

但し使用時間は10分と限られている上に、最大人数は3人まで。
加えて特定の時間でなければ効果は発動しない!!

余り多乱用して、いいメリットがない個性でもあるぞ!!
ちなみに使い過ぎるとブザーが鳴る仕組みだ!!

「ええ、そうですね。
説明は不要かと思いますが、
改めて自己紹介を。」
『よろしく』
「まだ説明してませんよ。」
『でもそういうことでしょ。』
「…人の話を聞かない、と。なるほどね。」

そう言ったホークスに、私はそっぽを向いた。
そのままで構いませんと言われたので
そのままで行かせてもらおう。

「俺の名前はホークスです。
個性は剛翼、翼の羽根を自在に操ることも可能です。」
『私を掴んでひっぱたいて意識飛ばした奴か。』
「あの〜〜悪い様に言わないで貰えます?」

今後のヒーロー活動に支障来たします。
そう言った彼に、困ったような声が聞こえて来たので
ため息を吐いて続きを促した。

「貴方の監視保護観察者として、最大一年間お世話を任されました。
と言っても俺は毎日日にち貴方を監視することは難しいです。」
『…じゃあどうするんですか?』

本当に疑問だったので、つい彼の方を向いて首を傾げた。
いやなんで指を立てて驚いた顔からニコリと笑って見ているんだ。
あっ私が見て来たからか?いやそれはないか。

「なので貴方に事前テストを受けて貰いましてね!」
『あ〜〜〜〜〜〜成る程大体分かった言いたい事が。』

頭を抱えてため息を吐いた。
このタイプか、割とニガテだ。

「嗚呼先に言っておきますが、昨日のような行動をとった場合
此方も然るべき処置を取りたいと思いますのでご了承を。」
『…処置だけなんですね。』
「え?」
『その羽根があれば身体の隙間に入って心臓を切り裂く事だって可能です。
新貝さんの個性も使ってしまえば私という存在を亡くすのだって容易い。』
「ティラールさん!!」
『良かったですね。病室が一つ空いて楽になりますよ?』

悲しそうな顔をする新貝さんに、私は悪気を少し感じた。
確かに悪いことを言っているのは分かっている。
だが、これは事実極まりないことである。
今何時かも何時かも分からない現実、
コレを突き刺しているのは全て残酷だ。

「…そんなことを言わないで下さい。
私は貴方に救われて欲しいのです。」
『救われたいと願わない人に?』
「ティラールさん。そこまでにしてあげてください。」
『ヒーローはいつだって弱い者の味方ですものね。構いませんよ。』

これで彼も私を警戒するだろう。
何時もと同じセオリーだ。
何も考えずに話をして、警戒心を煽りただ集中を欠き続ける。
そうして油断した瞬間に、元の場所に私は戻る。

8人目で大体たかが知れているのは仕方がない。
割と強い個性の人間が居るのだ。

「ホークスさん、私は構いません。」
「ですが…」
「ティラールさん。今回で一度病院の整理をしましょう。」
『…?』
「診察は一日2回でしたが、
ホークスが来てくれるのを考慮して
3日に1回に減らします。」

その言葉にバッとシーツをどかして身体の向きを動かした。
それは数週間いや数か月振りの更新回になるからだ。

「加えて食事制限も緩和します。」
「食事制限?」
「ええ、彼女の場合食事を食べなれば
何が駄目だったのか調べつくしていたのですが、
その範囲も無しにします。」
『…代償は?』
「ホークスさんの言う事を聞いて下さい。
ホークスさんは彼女に指示する内容を
出来るだけ簡単に簡潔に伝えて下さい。」

これはヒーローとしての活動でも大事になると思いますよ。
そう言った新貝さんに、ホークスは納得できるところがあった。
確かに災害時や緊急時、大抵の人間は混乱状況に陥っている。
そんな時にどうしてこうなったのかと漠然とした回答や指示を出しても
時間が過ぎていくばかりで、話の辻褄合わせをしている暇なんてありゃしない。

不特定多数の人間で実践を含めて培うのはこれから先も出来ることだ。
だが、一定の人間をこうも長い期間、対処するというのはしたことがない。

「でも俺でいいんですか?もっと他に有効な個性持ちの人間とかいますよね?
ほら例えばイレイザーヘッドみたいな個性を消す個性とか。」
「それですと彼女の場合キャラを作って終わりますし、試しました。」
『うっ』
「あ〜〜〜……なるほど。」

どうやら思い当たる節があるようだ。
と言いたそうな目で此方を見て来たので
その瞬間だけはそっぽを向いた。

「今まで彼女に有効そうな個性持ちの方にお声がけもしましたが」
「全員駄目だったと」
「時間が合わない者もいましたしたが、
ホークスさんはヒーローの中でも鋭いと話を聞いております。」
「…鋭い?」
「ええ、ティラールさんが警戒をして
口が悪くなっているのが確実な証拠です。
彼女は本来とても大人しく人の言うことは絶対で、
優しい心の持ち主なのですから。」
『うっ』
「とてもそうは見えませんでしたが…」
「貴方を警戒してのことですよ。」
『こういうことって裏で話しません?』
「おや!貴方ともあろうお方が分かりませんか?
頑張らなくとも思考を読み取り察知すれば、
私が言わないとしていることも
理解してやれることもあるはずなのですが〜〜?」
『うっ』

さっきの追い打ちというか、なんというか返ってきた。
おかえり私の罪悪感。何か三倍返しを喰らった気分だ。

項垂れる私に、はっはっはと嬉しそうに笑う彼に、
私はそれでチャラにすることにした。

いつだって私は人が笑う姿を見ては安堵するのだから。

「鋭い貴方のことです。
どうせ良い人は本当に困った人を助けるために
早めに此方を切って一刻も早く
元の生活に戻って欲しいからと言う事でしょうが。」
『うっうっうっ』
「ふふ、心配及びません。
彼は色々書類を渡して任意で
此方に足を運んできてくれたのです。」
「まぁ昨日は期間前でちょっと
偵察がてら様子見しにきただけでしたがね。」
「病棟から逃げ出すペナルティーが
発生していないということはそういうことです。」

あーつまりあれか。
ホークスの察知能力が桁違いに高いから
今まで生ぬるいやり方をしていたが
別にこんなことをしなくても
彼を使えばすぐに終わると言う事か。

強制が強すぎる。
薬の効果も期待できない。

これでは麻薬に溺れる
精神患者と変わらないのではないかと思ったが
時すでに遅しと言ったところなのかもしれなくて。

おかしくなって笑ってしまった。

『ふふ、わかりました。了承します。』
「分かって頂けて嬉しいです。
嗚呼一応言っておきますが、
お風呂もお食事も何時も通りです。」
「一応目は通してるので構いません。
なんならこれから散歩ですよね?」

凄く嫌そうな顔をして否定するが、
苦笑いされていきますよと言われて
嫌と言えずに口をつぐんで顔をしかめてぎゅっとつぶる。

「っはは、そんな顔をしても無駄です。はいはい、いきますよ〜。」
『うぇ〜〜〜〜!』
「はは、いってらっしゃい。それではホークスさん。」



彼女を宜しくお願いします。
そう言われて、私は病室を出た。
こうして、彼と私の一年が始まったのであった。

割とこのまま逃げ出したい気分である。