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第三話 低命

 音が聞こえる。優しい音。トントンと音を立てている。温かい、あたたかい、あたたかい。

「(アタタカイ)」

 ジワリと感じるその小さな痛み。最近は誰にも酷いことを言われていないから、だから久しぶりの痛みに悲鳴が上がる。嫌だ止めて殺したくない。そんなこと言っても消えてしまう癖に、一体何を言っているんだろうか。

 トントンと音が聞こえる。温かい手の平が、自分の横腹を叩いてくれる。優しいその速度と音に安心が込み上がってくると同時に、不安もまた増えていく。この安心が終わる先に、一体何処に降りていくのだろうかと。

 悪魔の世界か、人間の世界か、神の世界かそれとも

「(嗚呼何処にだっていけやしないくせして)」

 傲慢だと言われてもおかしくない。私は何時だってあの場所しか行く場所はないというのに。望んで縋ってもう還れないというのに。私は今も尚、望んでいるのだ。望んでも無意味な場所を。空想でしか生きれないそのまがいものを。

 好きだなんて嘘の生えた愛を紡いで、それに安堵する私を愚か者だと言って何が悪いというのだろうか。嗚呼、愚かで滑稽で救われようもない者だ。

「(いたい)」

 居たい、痛い、あいたい。私はずっとずっと待ち焦がれている。嗚呼どうして私は此処に生まれ落されてしまったのだろうか。どうして貴方の元に私は笑って居られないのだろうか。私はずっと貴方と笑って居る時間を望んでいるというのに。

 貴方は何処に行ったって会えない存在に成り果ててしまって、私はずっと待っているのに。私はずっと貴方の隣で相応の人として磨き続けているというのに。悪い子だから今も帰って来ないというのだろうか。

「(おねがい、ねぇ、叶うなら)」

 私の傍に居て欲しい。こうやって温かくトントンと叩いてくれるだけで良い。いやそれも必要ない。夢なら幾らだって出来るから、だからどうか私に夢を見させて欲しい。

 金も名誉もなんだってくれてやる。その1があればどんなことだってやってのけてみせる。だから奪わないで。取らないで。その1の為に、私はどんな世界でも迷わずに走り続けて来たのだから。

「(笑っていてよ、ねぇ)」

 傍に居なくたって、何処に行ったって良い。この夢でアタタカイ手で私を宥めてくれるのならば、もうなんだっていいのだ。報われる嗚呼報われているのだと思い込んで目を醒ます。それは夢で幻で空想でしか存在することは無い歪な世界。

 ぽっかりと空いた穴を想いながら、ただ生きていたその穴を証明として抱えて生き続けて行かなければいけないのだ。これは私が望んだから、代償なのだ。嗚呼分かっている分かり切っているのだ。

「(望んだってどうせ叶いもしないくせに)」

 嗚呼でも、この夢は優しい。酷い、酷過ぎる。コレは悪夢だ。だって空想でしか存在しない夢を再現してくれているのだ。目を醒ませば現実が待ち受けている。この夢は夢でしか空想でしか存在していないのだと。

 何処に行ったってもう存在しないものなのだと。言い聞かせてくれる。その苦しみに、長く苛まれて、等々私は狂ってしまっているのだ。

「(どうかこの痛みが長く続きますように)」

 そう願ってしまう。嗚呼、この痛みがあればどんな痛みだって耐え忍ぶことが出来る。これを上回る程大事なものを作らなければ良いのだ。今までだってそうやって耐え忍んで来た。そうだ、此処でもそうしなければいけない。

 嗚呼だというのに、私は愚かなのだ。この夢が現実で在れば良いのにだなんて、叶いもしない夢をまた望んで祈って縋っていく。その願いが

「(私の本来の力の元となっているというのに)」

 願った「一番」を代償に、人を世界を救ってしまうその呪われた力。私の願いは人が叶うもの。私が望んでも誰かは救われる。だったら私は一番をあの人に捧げてしまえば良い。そうしたら忘れないで生きれるから。そうすれば私は何度でも貴方に会えるから。そうしたら

「(いつか、貴方に会えるかもしれないから。)」

 会えた時名前も分からないなんて寂し過ぎるだろうから。何年何十年、何百年と待ち続けて漸く会えた時に、涙も出ないなんて悲し過ぎるから。だから泣く練習はしている。

 だから何時だって貴方を想い続けるのだ。温かい手で触れて笑って慈しんでくれる貴方に、私は想い続ける。無駄だよって言われたって、構わない。

 叶わなくたってもう良いのだ。誰かが笑ってくれるのならば、私はもうそれだけでいい。それ以上望んだら、崩壊すると分かっているから。この夢は続いて行く物語。無限に続く物語で良いのだ。

 嗚呼でも、もしも、もしもどんな事でも願いが叶うというのならば、私は「一番」を差し出してしまいたいと思うのだろう。どうかどうか、願うならば。

「(まま)」

 会いたい。熱い瞼に、そっと目を開ける。ゆっくりと身体を上げる。どうやら腹に当たった温もりは夢だったらしい。ずきりと胸に痛みが広がっていく。喉元が乾いて仕方がない。嗚呼居ないイナイ何処にも居ない。

 喉に手を置いて呼吸をする。布団の上で畳の中で、まるであの場所と錯覚させてくる。そんなことないのに、此処は別世界だというのに、此処はもうあの場所に帰れない程遠い場所にあるというのに。

 もう、私はお迎えに来てくれることなんてないというのに。

「(いたい)」

 会えるのならば、この胸の痛みは消えてくれるのだろうか?会えて幸せに暮らしたとしても、この痛みは消えて姿を見せてくれなくなるのだろうか?そんなこと、在り得ない癖に。私は何時だって望んでいる。

 記憶が曖昧になる。

 嗚呼、私は望んでいるのだ。忘れてしまえればどれ程良かったんだろうかと。全てを捨てて別世界に飛ばされたとしても、私が望んでいるのは一つだけだと。全てを手に入れて一つだけ忘れられるのならばどれだけ救われたのだろうか。

 そんなこと、出来やしない癖して。

「(…ママ)」

 胸が痛い。どうしようもない、誰も知らない物語を想って縋って閉じ込めた先に、何が待ち受けているかなんてわかり切っている。

「大丈夫」

 此処には誰もいない。だから大丈夫。誰も見ていない。この温もりも知らない。見ていない、聞こえていない、そのまま溶けて無くなっていき着く先は何時だってあの場所で。

 青い空白い雲、草原のある花畑の下。大きな樹木の下で、私は何度も生まれなおすのだ。貴方の隣で居られる相応しい人間として。

「空想の箱庭よ、私に空想を見せてよ。」

 ぐにゃりと世界が変化していく、その場所に、姿に身体を起こした。草木が布団に浸食されていて、身体もいつの間にか白いワンピースに戻っていて。目を向けた。黒髪の女性の後ろ姿が見えた。

 声が聞こえた気がした。だから勢いよく足を掛けたのに

「待てっ‼」

 腕を引っ張られる。伸ばした手の先にある場所から遠ざかって、悲しくて胸が痛くて張り裂けそうになる。伸ばせば何時だって届くというのに、嗚呼でも何時だって私は戻れるのに、戻らないじゃないか。

 嗚呼でもそれは

「っミル‼目ぇ覚ませ‼」
「…べ、に、?」
「嗚呼そうだ…ったく、今のは敵か⁉」
「だい、じょうぶ…っ」
「っ駄目だ、落ち着け。」

 暴れるな。そう言ったベニマルはミルの腕を掴んでそのままミルの背中を胸に押し付けた。ミルは離してと言わんばかりに暴れて、ただ無力にも手を伸ばした。その先をベニマルは見つめた。

 黒髪の女性が、三つ編みをした女性がただ樹木の下で何かをしている。隣にシロツメクサが生えている中で冠が見えた。一人分の冠が、隣に置いている。ふと腕にぽたりと熱い物が感じられて一瞬血かと焦ったが

「(いや、血よりも)」

 熱い。ぼたぼたと落ちていく、その小さな身体から一体どれ程の水が搾り上げられるのだろうか。目からぼたぼたと落ちていく水に、熱さを感じる。ぎゅっと抱きしめて、頭をそっと撫でてやる。シュナが昔、父上と母上を恋しがっていた時のように。

 そっと、ただ優しく撫でると違うと言いながら首を横に振られた。そりゃあそうだろう、でもやっているのとやらないとでは違うと思った。こうでもしないと、あのよくわからない場所にお前は飛び出していくだろう?

 リムル様が言っていた。もし黒髪の女性を見つけたら、攻撃せずにただミル様を慰めてやって欲しいと。きっとアレは願ったのだろう。見つめることだけを、願って縋った。

「…わ、た、わたし、の、名前っね、意味、あるの」
「…無理しなくて良い。」
「ただ、見てる、だけでいいなぁって。あの、場所、還らなくてもよくて」

 嘘だ。本当は今にでも帰りたがっている。帰らないのではない、帰れないのだろう?なのに安心させようと必死に笑ってくれる。寂しいなら寂しいと泣き叫べば楽になるというのに。

「観るだけで良い。待っているだけで、いないといけない。だからミルって名前を付けた。」
「付けたって…」
「私本名別にあるの。これは偽名であって、力の根源。本名は別だから。」

 まるで待ち続けているように。憶え続けて居れば、良い子で居られていればきっといつの日にか迎えに来てくれると。ミルの動きは、おかしな点は全て線となって繋がった。

「…お前は、」

 叶わない願いの為だけに、どれ程その身を擦り減らせることが出来るんだ。そう言いたくて、でも言えずにぎゅっと抱きしめることしか出来なかった。いつの間にか暴れることはなくなっていて

 ただ無力に降ろされた手を握り締めることすら出来ずに抱きしめてやるしか出来なかった。

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