ーねぇ、嬉しい?
優しい声がする
ー都佑。
その声が、私の名前を呼んだ。
嗚呼、嬉しい。
どうか。どうかこのままでいさせて。
ー良い子ね。
この、嘘つきな時間で。
私はもう、歩き疲れたの。
歩き疲れた金曜日
金曜日、朝7時
ゆっくりと起き上がった八木は昨日すやりと
眠っていた小籠が傍に居る事を思い出した
ゆっくり眠っている為、ずっとこのまま起こさない様にして…
「小籠!?起きて!!授業始まるよ!?」
「…で、起きなかったんですか」
「うん、もう眠ってた。」
昨日の説明を軽くした八木に、無理もないと緑谷は伝える
今までのカードが創り出され、加えて元々あったカードも新しくなった
これ以上の変化に身体が追い付いていないのだろう。
その説明に八木も深くうなずいた
「(代償、にしては…あの目と身体)」
赤い目に、真っ白な髪の毛から左右羊の角
そして、杖が発動するはずの背中からは
黒いコウモリを思い起こす程の様な翼
一言で言うと、悪魔。
それに尽きた
「(彼女の感情で全てが変化していた)」
なのに、彼が、堕天使が姿を変えた瞬間
見たことない姿に変化した
真っ白な髪の毛が真っ黒に染まり、目の色は茶色で
とても悲しそうに泣くその姿が美しく見えた
ーおねがい、どうか、どうか。
「(おいて行かないで)」
そう、感じ取った。
彼女の本当の、望みは
「授業始め…狼森は?」
「寝てます」
「…わかった、始めようか。」
久しぶりの、学校授業。
小籠が休んだ、なんて
今までなかった。
+++++++++++++++++++++++++++++
「ぐっすり寝てるな」
「昨日からびくともしませんよ」
「よぉーし。てめぇ歯食いしばれ」
「ちょっと俺の拒否権は!?」
護る人?誰もいません。
そう八木は思う程に、堕天使の彼
アンヘル・カイドのアンヘルに言う
「ひどっ!」
お前の仕業だろ。そう一同が思うのも無理はない。
髪の毛は真っ黒のまま、小籠と思われる女性が眠ったままなのだ。
その姿に、入ってきたアンヘルは感じ取っていた
彼女がずっと居たい。その感情に包み込まれているのを。
「あーいけると思ったから、なったんだけどなぁ…ダメだったか。」
「何の話だ」
「こいつの核に触れたんだよ。継承者だからこそ、もう大丈夫だと思った。」
核。それは魔術師の力の源。
力を最大に作る為に、枯渇しない唯一の泉。
その時間に、彼はアンヘルは触れた
「カード自体が個性を持つ様になる位の魔力だ。
そうそう簡単な厄災は来ない訳ないし、
かえっていい事を招く事だってある。」
「良い事?」
「今回みたいに、ね…」
ゆっくり眠っている小籠の頬に触れるアンヘル
それに対して小籠は嬉しそうに笑い、寝返りを打った
「最悪を呼び起こす事も俺の役だが、今回は優しい時間を送らせていた…なのに」
この子は、それを知っていて、眠りについている。
「人間、こうなりたいのに、無理って事あるだろ?」
この時間が続けばいい。そう願うもかなわない。
現実は残酷で、その時間を繰り返す事は妄想するほか術はない。
だが、この子は魔術師の卵。
「この子も馬鹿じゃあない。自分でリミッターを作っている。
そのリミッターが外された状態で、今どう生きて良いか分からなくなっているだけだ。」
「目を醒ますのか?」
「今までの試練を合格しているのなら、目は覚ますだろうさ。」
ただ、どちらの人で居たいか、ずっと悩んでいる。
髪の毛が真っ黒になり、身体も変化した位だ。
その時間が余程好きなのだろう。
「今、ずっと両親とご飯を食べて、遊びまくっている。
本当に好きなら、このまま居させてやりたい。」
「それは、」
ずっと、目を醒まさないまま。死んでもらう。そう言っているのかと
八木は言ったそれに頷かずそっぽを向いたことに胸倉を掴む
なら、
「なら、君はこの子を幸せに出来るのか?
こいつに止められなければお前の感情は消え、
こいつの意思を受け継ぎ、こいつは消えてなくなっていた。」
「っ!!」
「それだけじゃあない。感情が消えるということは
お前の感覚全てが不確かなものになるということだ。
不安が一気に押し寄せてくる。こいつの事を思い出すたびにだ。」
その時間を、お前はずっと耐えられるのか?
1分、1時間、1日
永遠に湧き上がるその時間を、お前は耐えられるのか?
「こいつの意思はなによりも硬い。だからウェンティーが受け入れた。
こいつなら、こいつであれば、どんな事だって大丈夫だろうと。」
現に何年も生きている。
約束を上書きしても、尚生きている。
それ程この子強さが増しているし、この子だからこそ維持出来るのだ。
「今感じている事を、ヴァラクらならわかる。
こいつはな、"やっと会えたね。嬉しい。"って、言ってんだよ、」
泣きそうな声でアンヘルが言う
その感情が、強く伝わる程に
やっと、会えた。
それはどれ程待ち望んでいた時間なのだろう。
「こいつは分かっている。
夢だという事を、俺が見せているという事も。」
「え?」
「"夢でも会えて話せて笑って傍に居てくれる。"」
それだけがなによりの幸せ
なによりの幸福以上なにものでもない
「俺だって覚ませてやりたい、だが感じるんだ。
"覚めたら二度と会えないの。だから覚えさせて。"」
"知っているだからこそ、私は会えて嬉しいの。"
その言葉に、八木はうつむいた
小籠が、どれ程苦しんでいたのか
自分に何も伝えなかった
伝えられなかったのかもしれない
だとしても、自分はずっと蚊帳の外だ
彼女の鳥籠の外でずっと見ているだけだ
触れる事も、声を掛ける事さえも出来ずに
ただ、見守っているだけなのだ
なのに、彼女が望んでいる事は鳥かごの中にある
すでに彼女は幸福で満たされているのだ
だからこそ、魔術は成功されつづけている
今現在起きる筈の厄災も、彼女が守り続けている
本当の鳥籠は、自分たちなのかもしれないのに
「この子が、助けを求めていた」
それはずっと前、18の時。
小籠がまだ、カードキャプターとしてヒーロー活動を夢見ていた時。
あの子が、助けを求めた時。
「私は何も出来なかった」
いや、正確にはしたのだ。
助けた。この手で救い、彼女が安堵した。
なのに、助けた直後、私の喉に傷が深く入った
単純な切り傷だった
だからこその致命傷であり
これは公に話したことのない事情
あの時も彼女は助けを求めていた
死ぬな死ぬなと、
「もう何も要らない必要としない。だからこの人を助けて誰か助けて、」
誰も助けてくれない。その現実に彼女は打ちひしがれていた
手を差し伸べる筈だった、なのに彼女が先に答えを導きだした。
そうだ。私が助ければいいじゃないか。
そのあと禁忌であろう呪文を唱え始めた
やめろといいたくても、声が出なかった
出せばよかった。出なくても多少動く事は出来た筈なのに
なのに彼女は笑って涙を流していた
大丈夫だと。これで助かるのだと。
私の記憶と彼女の愛情を引き換えに、私は助かり
彼女はしばらく眠りについてしまった
「また、同じ過ちに等私がさせない」
それは、魔法を使うのではなくて、この手で、守り抜く。
幸いなことに今は力を維持している状態だ
原因は分からないが、緑谷のワンフォーオールも使える状態
恐らく1週間しか持たない
だからこその力
「私に出来る事は何かないか、頼む」
魔力等の知識はない
でも、彼女を助けたい
また優しく笑って欲しい
日陰で寂しそうに笑うのではなく
日向で何もかも忘れて、ずっと笑って欲しい
それは、私のエゴなのだろうか?
「エゴだね」
「おい!!」
「だけど…良いよ。目を覚ます事が出来る。ただ、此処からは君たちの課題だ。」
+++++++++++++++++++++++++++++
ーて、
「都佑?」
『え?』
どうしたの?そう不安そうな母に、私は何でもないと言って話をつづけた
沢山の事があって、何から話して良いか分からなくて
今日は一日空いているし、明日も休みだからと言って、今日はピクニックに来ていた。
しかも父親まで傍に居て話を聞いてくれている
その時間が、私はとてつもなく嬉しいのだ。
叶う筈がない時間を
私は、私が知っているのだ。
「それで?」
『それでね、この子がドカーンってつっこんできたの!』
「ふふっ、楽しそうね」
ええ、とても。
だって貴方が笑ってくれるから。
そう言えるわけもなく、私は笑った。
嗚呼、このひだまりが続けばいい。
余りにもリアル過ぎる手の感触に風の心地よさ
愛犬の鳴き声に、私は返事をした
「都佑。」
『ん?』
「良い子でいるのもいいけど、無理しないでね。」
そんなの、わかりきっている。
貴方が、私にかけた
『うん、約束ね。』
小さな呪いだということを。
「さ、今日はもう帰ろうか」
「帰りにアレでも買って行くか」
「あ、いいね。そうしよ!」
そう笑って歩いていく両親の姿を
私は小さな白黒の犬を抱き上げてじっと見つめていた
犬の温かみと、少し力を入れると声を上げる低い威嚇声に
安堵しか感じなくなってくるこの感情が
ずっと、知って居たいと錯覚してしまう。
『私ね、パパ、ママ。』
もう、貴方たちに会えないの。
そう言った都佑と呼ばれた子に、両親が振り向いた
「何言ってるの?帰るわよ。」
『私ね、向こうで沢山の人を助けてるの。』
きっとこれから大変なことが起きる。
私でも、助けられるかもしれないのだ。
『貴方さえも手を差し伸べる事すら出来なかった私でも。』
「都佑、」
『私は向こう側の人間になった。
私はこの世界が大好きなの。
だから利用なんてしたくない。でも』
でも、貴方たちは私を使って良いと許してくれる。
それは私の記憶の範囲だと思いたい。
「親なんだから、子供の事はちゃんと見ているわよ」
「行っておいで。」
名前の通りに、誰かを助けてあげて。
そう言った彼女たちに、都佑は、小籠に変化をし始める
『君に会えて、私は全てが幸せだった。』
少し力を入れるが、感情が伝わっているのか
何も言わず、少し鼻息を飛ばす位
まるで「わかっているから、さっさと行け」
と言わんばかりに、愛犬は自分の胸から飛び降り、彼らの元に駆け寄った
「好きよ、」
なんて、馬鹿言わないで。
『またねー!』
二度と来ない、私だけの思い出。
+++++++++++++++++++++++++++++
目を覚ます
ゆっくりと起き上がるのに、痛みを伴う
恐らく大分寝ていたらしい時間は夜に差し掛かっていた
「小籠」
『ただいま』
大丈夫。私は帰ってくる。
あの場所がちゃんと残っている限り。
私はずっとこの場所が自分の世界だと言い聞かせられるのだ。
「体調は?」
『大丈夫だって、どうしたの?』
そう頬に手を当てようと伸ばした手とは違い、左手に違和感を覚えた
カサリと音を立てたことだけではない感じ覚えのある感触に目を丸くした
「それは、」
『もう、馬鹿』
お土産は要らないから、楽しんできてよ。
そう何度も言った筈なのに、あの人たちは私に贈り物をくれた。
一緒に居られる時間が限りなく少なくて
感情が沸き上がると止まらなくなるほどに少ない時間
だからこそ、大切にずっと心の奥底でしまえるのだ。
優しい時間。ずっと叶わない時間。
"クーア"の隣にあったのは
ティエーラ・デ・プロミシオン
浮遊した半円の地形の上には木々があり
下に小さな子犬が走っている
土側には葉っぱが、空側には風と太陽が記されていた
『もう、ほんと、馬鹿』
"ずっと待ってるよ"
そう、言われている気がした。
約束の地、ティエーラ・デ・プロミシオン
少し立ち止まった時に、見る夢
それは、地獄の様な時間であり
私にとっては一番の幸せな時間であるのだ。
「良い夢だった?」
ぎしりと音を立てて座る八木に小籠は頷いた
どうやらずっと看病をしていたらしい
『現実にない時間なのに、あの人たちは喜んで私に出会ってくれた。』
「知って、いたのか」
ええ。そう頷いた小籠に、恐れ入ったと呆れている彼
それに小籠は笑って答えた
『仲が悪いのに、私の事になると一緒に心配してくれるの』
その時間が、何よりもの幸せだった。
たまにずる休みをしたりしていた。
今思えばずる休みではなかった。
だって、気持ちが休みを欲していたから。
今会わないと、二度と戻らないから。と
『沢山向こうでお世話になったの。私が助けられてばっかりな位。』
だから、私はその分この世界で沢山の人を助けたい。
あの場所で、あの人を引き止められなかった私は
この世界で沢山の人を救える手になりたいのだ。
それが、たとえ、最悪の状態だったとしても。
絶望から、希望を導き出せる、チャンスに。
『貴方と一緒のお願いね』
「ははっ、全くだな。君は私と同じで欲張りだ。」
嗚呼、そうだ。欲張りなのだ。
もう、あの時間とは全く違うのだ。
私の寂しさは、沢山の現実と叶わない夢で埋め尽くされている。
もう、寂しくなんてないの。
「そういえば、明日の午後は予定あるかい?」
『ううん?無いけど』
じゃあ、僕の予約は受け入れてくれるかな?
そう微笑んで小籠の目の前に差し出されたものは
『え!?何で』
「ふふ、君が前にぼやいていたから、つい。」
《後書きスペース》