溺れる魚




資金調達のための活動として、エルヴィンが貴族のパーティに参加するのはいつものこと。兵士長になってからはリヴァイもエルヴィンからの要請に応えて顔を出すこともある。今夜は特に声が掛かっていなかったため、エルヴィン1人で出席するものだと思っていたが、出発前の身支度をしながら、何事でもないような口調でなまえも連れて行くと聞かされた。

「エルヴィン、なぜそれを今になって伝えるんだ。もう1人いるなら俺が行く」
「先に伝えておくとそうやってリヴァイが怒るのはわかっていたからさ」

目つきが悪いと言われるリヴァイだが、通常時と不機嫌時の違いも長年そばにいるエルヴィンにはわかる。

「今回はなまえでないといけないんだ。出資を渋る今夜の主催者が彼女に会いたいそうでね」
「おい、それこそ聞き捨てならねえな」

ソファから立ち上がり、首元を整えるエルヴィンの背後に立ち鏡越しにその顔を睨む。

「君には申し訳ないと思っているが、これも必要な任務の一つだ」

なまえも承知の上だと付け加えると、リヴァイは不機嫌な顔のまま口をつぐむ。何も言わないリヴァイに、振り向いたエルヴィンはその肩に触れる。

「なまえには団長命令として今夜の出席を命じている。彼女を責めないでやってくれ」
「出席、だけた。それ以上のことは求めるな」

感情表現が乏しいリヴァイだがなまえのこととなると、感情を顕にしエルヴィンの判断にも反論する。これ程までのなまえに対する執着心に本人は気づいてないのではとエルヴィンは感じる。

パーティへの出席だけでもリヴァイとしては十分譲歩したつもりだ。団長命令に背かないなまえにエルヴィンがこれ以上付け込まないよう釘を刺す。

「ああ、わかっているさ」

エルヴィンが頷いたのを確認し、リヴァイは執務室を後にした。




リヴァイはそのままなまえの自室へ早足で向かう。今夜のことはエルヴィンから口止めされていたのだろうが、何も言わずに黙って出席しようとしていたなまえに対して、怒りなのか寂しさなのか、リヴァイの心情は不安定なものを抱えている。

ノックはせず、扉を開く

目に入ったのは鍛えられ、美しい筋肉のついた背中。腰からにかけてのなだらかな女性らしい曲線を描く立ち姿。

「なまえ、」

振り向いた彼女の顔は化粧が施され、赤を差した唇が弧を描く。いつもより強く感じる妖艶な美しさ。

「エルヴィンから聞いた?黙っててごめんね」

胸元が開いたドレスだが、リヴァイは胸元よりなまえの鎖骨に視線が止まり、手を伸ばし骨上をなぞる様に指先で撫でる。その手の心地良さに流されぬよう、なまえは姿見の方に体を向けて髪を結い上げる。髪を纏めて見えた耳元には唯一のアクセサリーが光って揺れる。

「1番にリヴァイに見てもらえて良かったわ」

なまえはその容貌から、市民からの人気が高い。エルヴィンにとっては都合のいいことだが、リヴァイはこれ以上目立たせたくないというのが本心だ。

「お前は、また目立つ存在になっちまうな」
「使えるものは何でも使うのが我らの団長のやり方じゃない。今更何言ってるのよ」

こちらの気も知らず、当たり前だと笑うなまえの様子にリヴァイの加虐心が芽生える。支度を整えたなまえの両肩に触れ、鎖骨に口付ける。唇が鎖骨の間から胸元まで降りたところで、左肩のストラップを落とす。はだけて露わになった所をきつく吸い上げる。

「んっ、」

落ちたストラップを肩にかけ、胸元を整えてやると不満顔のなまえと目が合う。

「大丈夫だ、着ていたら見えない」
「そういうことじゃなくて、何で今なのよ」

それは、今夜なまえを呼んだ貴族に誘われようが、エルヴィンに頼まれようが、自分の元に早く帰りたいと思わせるためだ。自分を求めるなまえの目を見て満足げに微笑む。

「続きは帰ってからだ、寄り道するなよ」
「はいはい」

来た時の不満顔はどこへやら。満足げに扉へ向かう後ろ姿を見るなまえにリヴァイが振り返る

「ドレス、よく似合ってるな」

なまえは思わず首元を両手で隠す。これ以上刺激しないでおきたいのはリヴァイなのか、それとも彼を求める自分の欲か。いつだってリヴァイはなまえを見ていて、欲しい言葉を、心地良い居場所を与える。それはなまえが任務を放棄してでも縋りたいと思うほど。

「あなたって麻薬みたい」

いつの間にこんな所まで踏み込んでしまったのか、近づけば近づくほど強く求めてしまう。


そうだ、自分なしでは生きられなくなればいい。
リヴァイは、ふっと笑いながらドアノブに手を掛ける。











溺れる魚
back
top
_