こんな夜には


すっかり日が暮れた、シーナからローゼの兵団本部への帰りの馬車内。誰も話さなず、全員が腕を組み、エルヴィンは目を閉じ、ハンジはボソボソと独り言。リヴァイは馬車の外をずっと見ている。その様子を同じく腕を組み観察するなまえ。

なぜこんな状況なのか。時間を少し遡ること、本日の午後。調査兵団幹部4名は中央からの呼び出しを受けシーナに向かった。幹部全員の不在は万が一の事態を考え避けたい、誰が残るかの幹部会議。団長のエルヴィン、兵士長のリヴァイは言わずもがな、出席。いち早く手を挙げたのはなまえ、

「この招集、原因はハンジの研究費増加に伴う兵団予算の圧迫だと思うので、私が責任を持って残ります。」
「ちょっとなまえ!なんで私なの!巨人の生態解明研究には未来があるってなまえも言ってたよね!?」

開始早々、波乱だ。呼び出し=叱責、の可能性が非常に高いと分かっていて誰が好んで出頭するか。

「確かに、ハンジの研究費には目に余るものがあるな。」
「ミケまで!」

しめしめ、この流れは私のお留守番だな。と顔に出たのが失敗だった。めざといリヴァイが見逃すわけがない。

「なまえよ、俺は有無を言わさず出頭だ。だからお前も来い。」
「なっ!なんでよ!なんでそうなるのよ!」
「…だそうだ、なまえ。そうなると、俺が残るで決まりだな。」

研究費の件は、少なからず思い当たる節があるハンジからの反対はなく、もちろんリヴァイの反対もなし。残るは最終決定者、エルヴィン!

「なまえはザックレー総統のお気に入りだからな。」
「ちょっとちょっとエルヴィンまで!それ理由になってないよ!」

そんなやりとりを経て、4名はシーナは向かい、案の定ザックレーにこっぴどく叱られた。主な要因はやはりハンジの結果に繋がらない研究費について。それを管理できていないエルヴィンにリヴァイもネチネチと小言を重ねられ、何も責められないなまえはどうしたものかと考えあぐねていた。結局、上司に同僚、そして恋人が叱られる様子をしっかり1時間観察し、俯く3名に並び立つなまえが顔を上げると、何故か笑顔のザックレー。なまえも"ふにゃり"というオノマトペがぴったりの笑顔を浮かべ、解放された。


このまま本部へ帰っては、団員への悪影響だ。責任感から、もしくは唯一のノーダメージが理由か、なまえが御者に声を掛け馬車を止めた。

「みんな、こんな空気で帰っちゃダメ!怒られた後は気晴らしに飲みに行こう!」

どんより、苛々モードの3名と、ノーダメージのなまえのテンションの差は一目瞭然。

「おいなまえ、こっちは最悪の気分なんだ。楽しく呑んで帰れる気はしねぇな。」
「うんうん、わかるよリヴァイ。でもね私はとっておきの店を知っているのだよ。」

ハンジが顔を上げた、かかったな。

「ザックレー総統の馴染みの店、私は総統のツケで呑んでいいとお墨付き!」

実は誰よりもねちっこいエルヴィン、何でもいいからザックレーを困らせたいリヴァイ、美味しいお酒に目のないハンジ。全員を惹きつける餌は揃った。目を瞑ったままエルヴィンが頷いたのがゴーサイン。わかりました団長、案内はなまえにお任せあれ。御者に店までの道程を示し、すぐに進路を変更する。中央で拾った馬車だ、ザックレー含め兵団幹部の馴染みの店は心得ているようで非常にスムーズだ。

「あら、なまえちゃん久しぶりね!今日はダリスさんは一緒じゃないの?」
「今日は上司に同僚、そして恋人と一緒にお邪魔しました!」

賑わう店内、年齢不詳の妖艶なママ、そして常連のような扱いを受けるなまえ。

「なまえよ、お前は俺に伝えず、頻繁にアイツとここに来ているということか?」

総統をアイツ呼ばわりとは、苛々が最高潮の様ですね。

「あら、なまえちゃんのいつも話してくれる素敵な彼ってあなたの事なのね!やっと実物に会えたわ!なまえちゃんってば、全然連れて来てくれないんだもの。」

ありがとうママ!その言葉で私の難しい彼は一気に上機嫌です!言葉にせずともなまえの言わんとすることはママに伝わり、ママもにっこり微笑む。

エルヴィンとハンジはここぞとばかりにいつものツーランク上の酒、ほぼ最高級クラスの酒を頼み、もちろん乾杯にはママも参加する。

タダ酒ほど楽しいものはない、なんて誰かが言っていたか。数時間前の鬱憤を晴らすかのような飲みっぷり。呑んで憂さ晴らししたっていいじゃないか!3人(とママ)は豪快な呑みっぷり、もちろんなまえもだが、なまえは所謂ザルなもので、あれよあれよと潰れてゆく面々を楽しく眺めていた。

「なまえ、ねぇなまえ!私の研究大事だよねぇ、生態解明って人類の希望だよねぇ!」
「そうだねハンジ、巨人の生態解明が人類の希望であることは私も信じてるよ!」

ぐっと手を握るなまえをハンジは思い切り抱きしめて、頬擦りをした。

「なまえならわかってくれると思ってたよぉ!」

結構酔ってるな、抱き締められながらそんなことを考えるなまえの視界は一転、酒場の天井が見える。

「俺の女に手を出すな、ハンジ」
「あーんなまえちゃんの彼すごくかっこいいわね!」

いい気分のリヴァイにノリノリのママ。ハンジから引き剥がされたなまえはリヴァイの腕の中に収まっていた。

「リヴァイいい匂いだね、何呑んでるの?」
「…仕方ねぇな」

何が仕方ないのか、目前に迫る恋人の顔を見ながら考えるなまえ。ママの黄色い声が聞こえる。なまえが名付けるところのベタベタモードなリヴァイが呑んでいるのはラム。離れた唇からはバニラの香りが漂う。ここのところ寝不足続きだったリヴァイが潰れるのは簡単。へろへろな癖にかっこつけちゃってる所が可愛かったりもする。

「なまえ、オレのなまえだ。」
「ねぇ!ねぇ!ずっと言ってるよね?なまえちゃんのこと大好きなんだね、本当に可愛い!」
「ママ〜、私はいいけどリアちゃんに怒られても知らないよー?」

リアちゃん、とはママの娘、この店のNo.2と言ったところか。馴染み客の相手をしつつ、こちらの様子もしっかり見ている。その視線に気づき慌てふためくママも可愛い。

「リヴァイ、まだ呑むの?ラム美味しいもんね。」

よっぽど気に入ったらしい、グラスを傾けるリヴァイの膝に抱かれたなまえはエルヴィンを探す。幹部2人がヘロヘロの今、何かあったと時には自分が団長を守らねば!そんな責任感を感じたがすぐ後ろにエルヴィンはいた。

「なまえ、私が知るところの総統にとって唯一の弱点になり得るのは君なんだ。」
「エルヴィン?私はあなたの大事な部下ですよ?見えてるかな?大丈夫?」

ザックレーへの復讐だけは、酔っていても頭に残っているらしい。顔色は一切変わらず、様子もいつも通りのエルヴィンだか、発言は通常ではない。

「もう十分楽しんだ!全部ザックレー総統にお願いでよろしくリアちゃん!」
「了解だよなまえちゃん!」

酔いはこないが眠気はくる。耐えられなくなる前に店を出て、3人を馬車へ詰め込み兵団本部へと向かう。当然寝ずに帰りを待っていたミケにも手伝わせて3名を1番広い団長室へ運ぶ。エルヴィンは執務室に続く私室のベッドへ、リヴァイはソファ、ハンジは床に心ばかりのブランケットを敷いて寝かせた。

エルヴィンを私室に運んだ際。戸棚に置かれたウィスキーの存在は見逃さない。ボトルとグラスも2つ確保した。

「ありがとうミケ、本当に助かったよ…!ところで、こんな物見つけちゃたよ。私たちもちょっと呑んじゃおうよ」
「ああ、3人がこの状態なら呑めなかっただろう。なまえも大変だったな。」

なまえがザルだなんで、もちろんミケは知らない。私を中央に行かせた罰だ。



翌朝、いつも通り自室のベッドで目覚め、いつも通り洗顔と着替えを済ませて執務室に続く扉を開けた。エルヴィンが見た光景は決していつも通りではない。床に転がるミケとハンジ。狭いソファで抱き合いながら眠るリヴァイとなまえ。


まずは落ち着いて昨夜の記憶から取り戻そう。この中でリタの記憶がはっきりしていることはわかっている。気持ちよさそうに熟睡する部下たちをの平和な様子に、エルヴィンはゆったりと微笑んだ。






こんな夜には
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