転覆する世界初めて会ったのは地下街。
リヴァイを確保するというエルヴィンの作戦にゴーサインを出した総統も総統だか、徹底した下準備、確保のシナリオ、最適な人員配置。エルヴィンの持つ能力を余すところなく発揮された作戦。失敗する訳がない。
対人ではミケに分配が上がるが、空中戦に於いてなまえは負けなし。今回確保対象が立体機動装置を使っていると聞いた時から、メインターゲットの直接確保は自分の役割だと認識していた。
結果的にはエルヴィンの筋書き通りだったかもしれないが、なまえとしては自力で押さえ込んだというより、先に確保された仲間の姿を見たリヴァイの一瞬の隙に押さえ込んだ形になるため、不満の残る結果。なまえにとっての不満はこれだけに終わらず、入団後の3名の世話、訓練相手も任された。
リヴァイが正式に調査兵団に所属後も、何かと比べられるなまえとリヴァイ。
「っ!もうっ!」
立体機動での対人訓練。これをやってみようと言い出したのはなまえ。襲ってこないハリボテ相手の訓練よりよっぽど神経が研ぎ澄まされる。もちろんブレードは訓練用に持ち替えて。
アンカーを刺した位置から通過地点を予測し、一気に間合いを詰め切り掛かるも、僅かなガスの噴射で簡単に進路を変更し躱される。なまえの一撃を躱した直後にはリヴァイからのカウンター。勢いのまま直進する身体を思い切り捻り、勢いを足に乗せて蹴り出すも間合いを取られて擦りもしない。この男に死角はないのか。
お互いに息が上がり睨み合っていると、様子を見ていたエルヴィンから止めの声が掛かる。
「もういいだろ。主力2人が揃って怪我でもしたら大損失だ。」
負けないが、勝てない。自分が自信を持っていたことが、急に出てきた人間に簡単にいなされてしまう悔しさ。何より実力不足を自覚して訓練に励んでも、結果を変えられない自分への不甲斐なさでなまえはすっかり自信を無くしていた。
追い討ちをかけるように、リヴァイとの手合わせ後に寄った食堂。中からリヴァイを絶賛する声が聞こえる。調査兵団始まって以来の強さだ、不器用だけど話してみたら優しい、冷静な判断力はエルヴィン分隊長並みだ…などなど。
なまえもわかっている。入団後すぐから恐らく兵団の中の誰よりも長い時間彼と接していたのは自分だ。強くなろうとする努力はもちろん、慣れない共同生活にも順応しようと向き合う姿、顔には出ないが優しく思いやりのあることも。
なまえの理想の姿を体現する様なリヴァイの存在に、自分自身の存在が霞んでいく、醜い嫉妬心に埋もれていく。
「おい、なまえ」
背後から聞こえたのは噂の張本人、今最も会いたくないその人。いまの自分の顔は鏡でもみたくない程酷いと自覚はあった。振り向かず俯くなまえの肩を、ぐっと掴み無理やり振り向かせた。
いつもならここで、文句の一つでも飛んでくるが、振り向いたなまえの顔は蒼白、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「お前、何があった?」
なまえの両肩に触れ、優しく問い掛ける声。乏しい表情でも自分を心配する気持ちを読み取れてしまう程になまえはリヴァイと時間を過ごしていた様だ。
なまえさんは頑張ってるけど、リヴァイには一生勝てないだろうな。
中から聞こえた言葉でリヴァイは状況を察した。なまえの顔がさらに歪み、目には涙が浮かぶ。これ以上涙が出ないよう、必死に別のことを考えるなまえだが、目の前にあるリヴァイの顔は涙でどんどん、ぼやけていく。そして近づいてきて、唇にあたたかいものが触れた。
放心するなまえを置いて、食堂に入ったリヴァイが一言
「そんなことはお前たちが俺に勝ってから言え」
すみません、と言いながら焦った兵士たちはそそくさと出ていったが、扉の影にいたなまえには気づかなかった。
「なまえ、泣くな。お前には実力も強くなる努力をする精神力もある。それをわかっていない奴らの言葉なんて気にしなくていい。」
リヴァイがそんな風に自分を見ていたことに、荒んでいた心が温かくなってくるのを感じた。だが、いま聞きたい言葉はそれではない。
「ちょっと、リヴァイ、それよりさっきの何よ…!」
すっかりいつもの調子のなまえ。
「もう大丈夫そうだな。悔しいなら訓練付き合ってやるから、もっと強くなれ。」
「リヴァイに言われなくても、もっと強くなるわよ!次は絶対負けない!」
「…惚れた女に負ける訳にはいかねぇな」
なまえが目を見開いた。そして赤くなっていく頬にリヴァイが優しく触れる。
「なっなに?どういうこと?」
「言葉の通りだなまえ」
「えっ?えっと、あの、」
顔を真っ赤にして、わかりやすく慌てるなまえを2度目の口づけで黙らせる。
「もうこれ以上の説明はなしだ」
そう言い残してさっさと出ていってしまったリヴァイ。残されたなまえは火照って両頬に手を当て、リヴァイが出て行った扉に向かって放心状態で立ちつくす。
同僚の女子たちが”恋をすると世界が変わって見える"と話していた言葉を思い出した。
転覆する世界
backtop_