親愛なる共犯者


憲兵団は、怠慢な人間で溢れている。元からその気質な人間もいるが、希望を胸に入団したのちに周りに流される人間も多い。仕事も碌にせずいる訳なので、街や兵団内で流れる噂話やゴシップは良い暇つぶしになるようで、あちこちから聞こえてくる。

大概根拠もない噂話で何の収穫もないが、これも必要な情報収集だ。聞きたくもない長話に付き合うこともしばしば。だが今日はよく知った名前が耳に入り、顔を上げた。

「クールななまえもこれは気になる?堅物そうな顔してしっかり遊んじゃってるみたいだね、あちらの団長さん」

今回の噂話の中心は調査兵団エルヴィン団長のことのようだ。それも娼婦を買っているらしい、と言う内容。堅物、悪魔だの人間味のない人物像が出来上がってしまっている彼の、非常に人間の欲に正直ととれる行動は意外性があるため、受けがいいようだ。

「すっごい綺麗な娼婦と一緒に宿に入っていくところ見たんだって」
「まぁ、あの人も人間なんだからそういうことだってわるわよ」

どうもこの噂好きの同僚は、あのエルヴィン団長が買った娼婦がどんな美人なのか、見てみたいそうだ。仕事も遅いし、立体機動も入団以降大した訓練もしていない、正直使い物にならない同僚だが、ほど良い距離感で付き合ってくれる所はいい奴だと思っている、

「同室のよしみで言っておくけど、あんた弱いんだから変なことに首突っ込んだら死ぬわよ」
「ズバッと言うね!死にたくはないけど、絶世の美女は一度見てみたいなぁ〜」
「忠告はしたわよ。じゃぁこれから会議だから」

これ以上聞くことなさそうと判断し、席を立つなまえに、いってらっしゃ〜いとひらひらと手を振る同僚。

向かう先は3兵団の団長が集まる定例会議。ナイルの補佐を務めるなまえにとって先回って雑務を整えるのも優先度の高い業務の一つ。開始までしばらくあるが、先に資料の要点でもまとめておこうと部屋に入ると、噂の張本人がいた。

「まだ会議まで時間はありますが…」
「早く着いたものでね。」

資料を広げている様子から、自分と同じように考えていることがわかる。

「それに、なにやら噂が流れているようで、その話題に時間を割くのも勿体無くてね」

君が聞いていない情報な訳ではないだろう、と青い瞳は試すような色でなまえを見る。

「もちろん、その話は聞いていますが、特に報告する内容でもないのでは?」

憲兵団所属のなまえだか、私的な仕事としてエルヴィンに中央の情報を伝えるスパイ活動も行なっている。そして噂になっている娼婦というのはその報告の場でのなまえの姿。憲兵団では娼婦の対極にいる女性の典型を貫いているため、こちらはの正体は気づかれていないようだ。

普段はエルヴィンが先に宿へ入り、遅れてリタが入るように時間をずらしているが、一度エルヴィンが予定に遅れ同じタイミングで宿に入ったことがあった。

「あの時見られていたんだろうな」
「…大丈夫、なの?」

諜報活動のことではなく、彼自身の立場としての心配だ。浮いた噂をよく思わない貴族も多い、そもそもの立ち回りが厳しくなってはなまえの情報も使いようがない。心配をよそに、こんな噂何ともない、とばかりに手元の資料に視線を移すエルヴィン。

ひとつの疑念が浮かんだ。
その時の娼婦は本当に私だったのか、本当の娼婦と一夜を過ごしたのであれば、正直いい気はしないが彼も男だ。仕方がない。

しかし、自分と同じような存在が他にもいるのかも知れないと考えが浮かんだ瞬間、血の気が引く感覚を覚えた。彼のために生きると決めた時から、見返りを求めていたわけではない。ただ、自分の存在が少なからず彼を支えているという使命感があれば何でもできた。もういらないと思われてしまったら、自分に存在価値はない。この関係が切れて、本当にただの憲兵団のなまえになるなんて考えられない。

「私を捨てるときは、貴方が殺してね」
「随分責任の重い告白だな」
「他の誰かになんて嫌だわ、拾ったなら最後まで面倒見てくれないと」

急な弱音に何かを察しなまえに目を向けるが、いつも通り何も読み取らせてくれない表情。常に危険と隣り合わせの場所にいるのは、彼女も自分同様だ。状況を正確に把握し可能性を探る癖も自分同様だろう。

「俺には君だけだ、なまえ」

それが仕事のことを指すのか、それとも別のことなのか。答えは聞かなくていい。不器用な2人の人間が互いに求め、縋り成り立っているのがこの形。他の人には理解されなくても、確かに感じる信頼という繋がり。

「それはプロポーズの相手に取っておいた方がいいわよ」
「君にこそ使うべき言葉さ」

そうだろう?と言わんばかりの青い瞳と視線が合う。外からはこちらへ向かう話し声が徐々に大きくなって聞こえる。居心地の良いひとときはここまで。

「時間です、早くその顔をどうにかしてください、エルヴィン団長」
「おや、手厳しい」

憲兵団のなまえ、の顔に戻ったのを確認し、エルヴィンは再び手元の文字を追う。扉が開くまで、あと僅かな2人の空間。

向かってくる上官たちもきっと噂は耳にしている。エルヴィンのことだ、爽やかな顔のままうまくあしらうのだろう。巻き込まれぬようだんまりを徹しようと決意した。







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