刀剣ショートストーリー

×××翡翠の約束 1

その男は、名を持たない刀を腰に下げ、青空に大きく拳を突き上げ意気込むと、その他大勢の一人として戦場を駆け出す。
大将首を獲れたことはない。
大将に存在を認知される様なこともない。

それでもただ直向きに己が大将のためと刀を振い続けた。

負け戦で、命辛々逃げたこともあった。
戦世の都合で大将が変わる事だってあった。

仕方がない事なのだ。
名のある名家に生まれたわけではない、農民の出なのだから。それでも己が身と、名の無き刀で、戦乱という時代を直走り続けていた。


いつの事だっただろうか、男は同僚の足軽に刀のことを聞かれていた。
男の背後で僕は身が縮まる様な気がした。

その刀が名の知れた刀工が打った刀ではなく、名を持たない刀だと知っていたから。

ーー手にした刀がそれでなければ、
  男はもっと凄い武功を
  既に上げていたのではないだろうか?
  名のある刀だったら…

鬱々としてしまう。
その刀の程度など、僕が一番よく分かっているのだ。

ーーその刀は…僕。

しかしそんな気落ちは、男の笑い声で吹き飛んだ。そして、鞘に結んでいる下緒をしっかりと握られ、口を開いた男の声を聞く。

「刀の名前?名のある代物など、
 俺に用意できるわけがないだろうが。
 しかしな、こいつはすごいんだぞ!
 不恰好な俺の太刀筋でも未だに
 折れることも、曲がることもなく、
 力を貸してくれる。
 
 まぁ、付き合いが長くなって
 手に入れた頃よりは
 少し短くなっちまったがよ、
 それでもまだまだ!コイツはやれる!

 俺はこの刀で強くなって、いつか
 この刀に呼び名が付く様な
 武功を上げてやんだ!」


ーー覚えてる…。、、僕はその言葉が
  すごく嬉しかったんだ。
  
  そう、貴方は主。あなたのためなら
  僕は、折れない。

  いつも、いつまでもあなたと
  一緒に走り続ける。

そう誓った。
その筈だったのだ…。

しかし目の前には
倒れ込む男の姿。

ーーどうして?
  どうして主は倒れたままなのだ?

  戦はまだ終わっておりませんよ?
  さぁ、一緒に参りましょう
  どうして柄を握ってくださらない?
  



  ねえ、、、どうして?



どれくらいの時間が経っただろうか。
雨が降り出すと、舞い上がっていた土煙は浮力を失い地に落ちる。

雨粒が"その他大勢"である主の粗末な鎧の上を跳ねて遊ぶ。

ーー主、、雨が降ってきましたよ。
  僕を鞘に納めてくれないと、
  また研ぎ屋のジジに小言を言われますよ。

本当は分かっている。
もう主である男の息はない事に。
もうあの笑い声が青空に響く事はない事に。

でも、声をかけずにはいられない。

主がそうしてくれた様に
返事がないと分かっていても
声をかけたくなってしまうのだ。


朝日が空を染める頃になって、聞いたことのある声が、主を探していた。
声の主は、いつぞや(刀)僕の事を聞いてきたあの、同僚。


主を見つけるなり、顔をくしゃくしゃにして
泣いていた。

ーーああ、やっぱり、、駄目なのですね…


しかしながら、主は幸せ者だ。
野晒しだった遺体は同僚によって葬られ、正しく土に還るに至ったのだから。

僕は主の遺髪と一緒に実家へと連れて行かれた。
だが、僕の存在は受け入れてもらう事は出来ず、向けられた嫌悪と共に地に投げつけられた。

 どうしてあの子を守ってくれなかった。
 うちは農民だ。刀なんて要らない。

弁明の余地など何処にもなかった。
僕だって、、そう思っていたのだから…

同僚は僕を拾い上げると、宝物の様に胸に抱えてトボトボと帰路へ着いた。

唇を噛んで声を殺して泣いている。
「ごめんな」と、ただその言葉だけ耳に残った。




いずれ乱世も過ぎ去って行く。
同僚だったあの男は、僕の所有者となったが、僕を戦で使おうとはしなかった。

僕はただながれゆく時を眺めていた。
きっと大切にされていたんだと思う。
それでも、お飾りの自分という存在は
とても惨めなモノに思え、
心の虚が埋まる事はなかった。

ーー何処が悪かったのだろうか、、
「あの男はあそこで死ぬべき男ではなかった。
 少なくとも、私はそう思っている」


問いに対する回答の様に、丁度耳に届いた言葉は、あまりにも自分が欲していた言葉と被っていて、途端に目から溢れた雫が頬を伝った。

ーーああ、、あの時をやり直したい…
  今度は、、今度はちゃんと守るから…




      ヤリナオシタイ
2023/08/31BACK)
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