刀剣ショートストーリー
×××翡翠の約束 2
誰かに呼ばれた気がした。僕に呼び名など無い筈なのに、それでも呼んでいる。そう思った。
目を開けると桃色の風が視界に広がっている。
それは温かく「春が来た」という言葉が思い浮かんだ。
風が吹き止むと、無意識に皿の様に出した手の上には、桃の色の花弁が三、四と乗っていた。
「・・・・・貴方は刀違いをしたのでは
無いですか?
呼び名の無い僕など、存在しなかったと
同義であるというのに…」
他の刀達と同じ人の身の等身ではあるが、まるで刀装たちのような足軽の姿。
肩に付か、付かないくらいの黒い髪は洒落っ気もなく流れている。
顕現した他の刀と比べると、正直地味な出立ち。手に持つ打刀の鞘の緑色がだけが際立って見えた。
「…私も、数年、本丸を預かっていますが、
貴方の様な刀剣くんは初めてで驚いています…」
目の前に居た女性は、一歩二歩と距離を詰めると、顕現したばかりの頬を手巾で優しく拭った。
ーー僕は泣いていたの?……
手を掬い上げられると、その人は微笑んでいる。
「私はこの本丸の審神者です。
優秀な本丸ではないかもですが、
色んな刀剣くんが力を貸してくれています。
君にも歴史を守るお手伝いを
お願いできますか?」
僕はその目に魅せられたんだと思う。
元主とは違うけれど真っ直ぐな瞳。
その時は断ることなど思い付かなかった。
ーーーーーー
「おっ!これが噂の、新しい仲間か!
名を持たずに顕現できる
刀が存在するなんて驚きだ!」
「鶴さん、少し落ち着こうか。
彼、相当戸惑っているじゃないか」
審神者という女性の部屋を出ると、そこには白い人と黒い人が居て、何処かへ案内されながら廊下を進んでいる。
白い方は鶴丸国永といい、黒い方は燭台切光忠というらしい。
先程から白い方、鶴丸には、キラキラと輝く目と共に好奇心を隠す事なく向けられていた。第一印象は、この存在が神様の類だという事を実感させられる神々しさが合った筈なのだが、今はどこへやら、、、口を開いた途端にその考えは気化した。
一方、燭台切には鶴丸を落ち着かせながら、僕がいつの時代のどの地域に居たかなどを聞かれていた。
主に"食べ物の事を聞かれていた"というのが正しいかもしれない。
自分でもその辺りはよく覚えていなかったのだけれど…。
そうこうしている間に、目的の広間にたどり着いたらしい。ぴたりと止まった二振りは振り返りそれぞれ襖に手を掛ける。
「聞きたい事は山程あるが、とりあえず、
俺たちは君を歓迎する!」
開かれた広間にはたくさんの男士たちが居た。
並べられた机の上は様々な料理。
部屋の一角ではもう既に酒盛りが始まっているようだ。それでも、こちらに目を向けられた。眼前に広がる視線は、眩しさを感じる程だった。
ーーここは随分と温かい場所らしい。
2023/09/05(BACK)