刀剣ショートストーリー
×××翡翠の約束 5
「前の主人が、自分へ無礼を働いた茶坊主の失敗を許せずに
隠れた棚ごと圧し斬った記念の命名。
それが俺の由来だ。
己の懐の浅さに気づきもせず、それを記念と
するなど、好きになれる訳も無い」
「……」
「しかも、、その後は直臣でもない男に
下げ渡す。そう言う男なんですよ。
織田信長という男は。」
空を見上げて話していた長谷部は「面白くも無い話だろう」と無名に目を向けてギョッとした。
月明かりでも分かるほどに無名の頬を涙がボロボロ伝って落ちていく。
「あっ、えっ、、なっ、、」
「ごめんなさい、、話したく、、
無かった…ですよね、、僕、、僕、、」
「長谷部ぇ?うちの子いじめてんじゃねぇよ」
「鶴丸!!うちの子?!!」
「驚いたか!
俺がそいつの世話役だからなっ!」
「それは知っていたが!」
「へぇ。それで、泣かせるたぁ
良い度胸じゃねぇか」
「泣いてるのは事実だが、
泣かせたつもりはない!」
襷掛けした袖の振り部分を引っ張って涙を拭き取りながら、鶴丸は無名を長谷部から遠ざけていた。
「分かった、分かった。
この件はちゃーんと主に伝えておくから」
「だから!分かってないじゃないか!」
「…鶴丸さん、、長谷部さんは、悪くないです
僕の方が困らせてしまったんです」
「そうか。知ってたけどな。聞いてたし。」
「はぁぁあああ!?」
「長谷部。五月蝿いぞ。今は夜だ」
言い返したい数多の事をぐっっと押し込めた長谷部は、代わりに深く長いため息をつくと、これ以上鶴丸に揶揄われてはたまらんと、立ち上がる。
「鶴丸。あんたはそいつの世話係なんだろ。
いつまでも"無名"じゃ、こちらも
不便で仕方ない。あんたで良いから、
呼び名くらい付けてやったらどうだ。」
「…?!長谷部さん?!」
「せいぜい好まれる名前を考えてやるんだな」
「たっく、言い方が優しく無いやつだな」
去っていく長谷部の背中に、そんな事を言った鶴丸だったが、その顔は笑っている。
無名はこの距離感が二人の通常なのだとその時理解した。
「鶴丸さん、心配をおかけして…」
途中まで言い掛けたところで玄関の方から話し声が聞こえて来た。
「おっ!遠征の奴らが帰って来たな。
どう驚かせてやろうか?
ほら、一緒に顔出しに行こうぜ」
無名の腕を掴んで立ち上がらせると、鶴丸はそのまま玄関へ向かって進んで行った。
2023/09/14(BACK)