刀剣ショートストーリー
×××翡翠の約束 8
「一度言ってみたかったのだが、使う所を間違えてしまったか?」
疑問に思ったものの、直ぐに「近う寄れ」と言った事だと気付いたが、何と返せばいいのか思いつかない。そうこうしている間に、三日月は無名の前にしゃがみ込むと、尚も頭に付いている藁を取っていく。
「よし、これで綺麗になったぞ。
おお!そうであったな、今藁をやるからな」
馬の小さな鳴き声に、振り返り返事をすると、藁を両手で一掴み、馬の元へ戻って行く。
「あ…ありがとうございます。」
「ん?、、あー良い良い。
気にするほどの事ではない。
ただのジジイだからな」
「えっと僕は、」
「鶴丸の雛鳥だろう?」
「雛鳥?」
「ああ、甲斐甲斐しく世話を焼きたい
様子だったぞ。あんな鶴丸は見ていて
面白いものだ。
して、、雛鳥は一体如何した?
馬当番は終わったのだろう?」
「それは、、
あの、、三日月さんは長谷」
「三日月宗近ぁ!!
またお前は畑仕事をサボろうとして!!」
言葉を遮る様に厩に現れたその姿は、無名の位置からはてるてる坊主の様に見えた。その一振りは三日月の肩をガシッと掴むと、行くぞと強引に引っ張って行く。
出掛けに無名の姿を捉えると、
「話し中だったかも知れないが、済まないな。
俺はこのジジイに仕事をさせなければ
ならない。」
とだけ言い残して早々に連れ去って行く。
三日月の笑い声が厩にこだましていた。
「・・・・・・・・え?
ジジイって言った?」
思考回路が追いつかなくなった無名だった。
ーーーーーー
道場からは木刀がぶつかり合う音がひっきりなしに聞こえている。
無名の前の主は足軽で、割と活気盛んな部類だった筈なのだが、手合わせ中の男士達を見ていると、自分では相手にならないと思ってしまう。戦う自分の姿が思い描けないのだ。
物思いに耽っていた足元に、木刀が飛んできてバチンと大きな音を立てた。
ビクッと肩を揺らして現実に戻ると、一組の手合わせが終わったらしい。
「力ななければ、文系であることを
押し通せぬ世の中さ。世知辛い…」
手合わせに勝ち負けが当てはまるのか疑問ではあるが、木刀を落とさせた男士が勝ちと言える筈。しかし、その刀に喜びの色は一つもない。
「歌仙はブレないな。」
「鶴丸さん?」
「お!驚かせなかった事が驚きか?」
「あ、いえ、相手に失礼ですから、
僕に構ってないで、そこはちゃんと
手合わせやって下さいね」
「うぅっ…そんな事言われるとは、、
…分かったよ。たまにはかっこいい
"鶴丸さん"を見せておかないとなっ!」
「おやおや、子に良いところを見せたい
とて、我は手加減などしてやらんぞ?」
「小烏丸。そう来なくっちゃ、俺も本気を
出せないからなっ!望むところだっ!!」
目の前で鶴丸と小烏丸の手合わせが始まる。軽い動きと思いきや、鶴丸の打ち込みは重く、いつしか無名の目に小烏丸の姿は映らなくなり、鶴丸が舞っているかの様に見える。
それは今までの驚かされてばかりのあの姿とは全く別の存在のようですらあった。
ーーーーーー
手合わせを終えた時、鶴丸には無名が他の組の手合わせを熱心に見ているように見えた。鶴丸は一度汗を流すために道場を後にして、自室に戻ったのだった。しかし、部屋で戻る無名を驚かそうと企んでいたものの一向に無名が戻る気配はない。
ーー夕餉も近くなったころだよな?
「まぁ、探してみるとすっか」
一人でいる事が少なくなって、何でも口にする癖が付いたらしい。そんな自分の変化が面白くて口の端が吊り上がる。
ーー楽しい。アイツといるのは楽しい。
足取りは軽く、最後に無名を見た道場へと向かうと、その姿は難なく見つかった。
もうどの組も、手合わせを終えたと言うのに、未だに無名は道場の隅に座ったまま、空間を見つめていた。
心が弾む小さな好奇心。
ーーアイツの目にはどんな景色が見えていて、
どんな景色を見ているんだろう?
黙って隣に座って、同じ様に道場を眺める。しかし、ただ見慣れた道場が薄暗く広がるだけで、好奇心を満たす様な驚きは訪れない。
「…鶴丸さん、、」
「あ?どうした?」
「…、、、った、、」
「ん?なんだって?」
「……凄く、かっこよかった!」
言うなり無名は立ち上がると、こんな感じかなと呟きながら、刀を持ったつもりで、見えない手合わせの相手を前に腕を振る。
無名が夢中に、振り下ろす腕は、自分の太刀筋を真似た物だと気付いた時には、鶴丸は嬉しいやら、くすぐったいやら、おもしろいやら、沢山の感情が湧いてくる。
体を動かしたくてうずうずが止まらなくなった鶴丸は壁に掛けてある木刀を二本手に取ると、
「せっかくだから手合わせしようぜ!」と振り向いた無名に一方を放り投げた。
「手、、合わせ?」
「何キョトンとしてんだよ!
お前も一振りの刀剣だろ?
ほら、いくぞっ!!」
二人しか居ない道場で何度も木刀を合わせ、音が響く。
実力差は歴然で、無名が何度床に転がっても、木刀を飛ばされても、二人の顔から笑顔は消えない。
ただ、楽しくて仕方がないのだ。
時を忘れて手合わせなんて鶴丸にとっても初めてのことだったかもしれない。
それは何とも清々しく、浮世離れした不思議な時間だった。
2023/09/26(BACK)