二宮匡貴と緩衝材係の変化



二宮匡貴とみょうじなまえの付き合いは、小学生からになる。大学が別になるまで人は学校が一緒だった。クラスが一緒だったこともあるが、別々だったこともある。付き合いの長さは互いに認めるが、密度に関しては互いにそうでもないと認識している。が、第三者からすると、結構な密度の付き合いではと思う。
というのも、二宮匡貴という男は、言葉足らずなところがあった。さらに言えば言葉選びが独特な─オブラートなしに言えばきつい─ところも、ある。それは昔からで、コミュニケーション能力が未熟で─相手も二宮も─まだ成長途中な小学生のときなど、トラブルに発生することが時々あった。が、高学年になれば減った。それは相手も二宮も成長したというのがあるが、ちょうどその頃、なまえと二宮が同じクラスになったのだ。

言葉と行動があってないなぁとなまえは二宮を見て思うことが時々あったので、二宮の言葉足らずや言葉選びの失敗で衝突が起きそうになったときなど、「いまのは二宮くん、こういうつもりで言ったんじゃないかな」といった具合に口にすることがあった。
周りはよくわかったなと驚き、二宮自身も驚いた。
彼からすれば普通に自分の意見を言っている(つもり)なのに、周囲が怒ったり反発したりする。無駄を省いて喋っているだけなのにと思っていたところ、自分の意をほぼ正確に汲み取れている少女と出会ったのだ。
嬉しかった──というのが、まだそんなにこじらせてなかった少年期二宮の心情だ。
それから、なんとはなしに二人でいることが増えた。

出会った時、少女のほうが二次性徴を迎える時期だったが、なまえは二宮を毛ほども意識していなかった。弟のようだと思ったのと、ちゃんと女子の友達もしっかりいてそちらとの交友に比重をおいていたからだ。変にからかわれることもなく、幸いにして周囲もそういうからかいをするような者はいなかった。
だからなまえだけでなく、二宮もさしてなまえを異性として意識してなかった。
理解者、有り体に言えば友達として、二人はずっと交友を続けていた。なまえに至っては、二宮のことが好きだという女子からの相談を受けたことすらある。それくらい、本当に友人としてでしかなまえは二宮を見てなかった。

二宮がボーダーに入隊したときも、大学生になってそれぞれ別の学校に通うことになっても、二人はあまり変わらなかった。
いる時間は減ったものの、距離感だとか意識だとか、そういった面に変化はない。
互いにそれぞれの交友関係などを優先させつつ、トークアプリでたまに連絡をする、たまにご飯に行くことがある(二人でだったり、共通の友人を交えてだったり)。

なんとなくそんな感じで、緩やかに続いていく友人関係かなぁ。といった具合に、なまえはぼんやり思っていた。二宮は、当然のようになまえとの関係は途切れないだろうと思っていた。だがやはり、それはあくまで友人としてだと、二宮も思っていた。

「違うよ、二宮は友達だよ」

たまたま、本当にたまたまのことだった。
なまえから、友人と予約していたコラボカフェがあるが友人が行けなくなった、一人でいくのは勇気がいるからコラボカフェに一緒にきてほしいと言った内容の連絡を受け、予定がなかったのとそのコラボカフェが開催されている商業施設に買い物する予定があった二宮は、承諾した。その時、二宮がトイレにいって戻ってきたとき、なまえは大学の友人と思しき女性に話しかけられていた。
話し終わるまで待っているかと二宮が離れたところで立ち止まったとき、相手の女性の声が聞こえた。

「ね、ね。さっき一緒にいた背の高い人、なまえの彼氏?」

好奇心に目を輝かせながら言う女性。
二宮はというと、今更になってそういうふうに見られることもあるのかと漫然と思った。周りに恵まれていたため、なまえのことでそういうからかいだとか勘違いとは無縁だった。だが、何も知らない第三者からはそう見えるのかと遅ればせながら理解した。

(……嫌悪感は、ないな)

二宮は、その勘違いにそう感じていた。だからなのか、なまえの言葉に、ショックを受けたのかもしれない。

「ううん、二宮とはそういうのじゃないよ」
「──……」
「そうなの?仲良さそうに見えたから、てっきり」
「違うよ、二宮とは友達だよ」

ショックを受けていると自覚した。と、同時に、ショックを受けた自分に、二宮は驚いた。
なまえが言っていることは、間違っていない。二宮となまえの関係性に対する説明としてなら、何も間違っていない。なまえの言い方にも、嫌悪感とかそういったものはなかった。だというのに、二宮はショックを受けていたのだ。
そんな自分に戸惑っていると友人に別れを告げたらしいなまえが二宮に気づいたため、二宮は動揺しつつなまえのもとへと歩み寄った。

その後はコラボカフェにいったのだが、味やコラボカフェの雰囲気など、二宮はあまり覚えていない。動揺していることを悟られないようにしていたが、「調子悪い?」と結局なまえに聞かれた。なんでもないと答えた。コラボカフェはなまえが気を利かせて早めに帰ろうとしたがそれを説き伏せ、時間内でなまえが満足するまで堪能し、二宮の用事も済ませた。その頃には二宮もだいぶ落ち着いており、なまえを送って家路についた。
が、やはり、何度考えてもなぜ自分が、なまえが「そういうのじゃない」とあっさりと否定したことに、ショックを受けたのか。
それが、二宮には、わからなかった。

ショックを受けたうえ、その理由がわからなかったが、だからといって二宮は自分からなまえとの距離をとるようなことはしなかった。それだとなんだか自分が逃げているようだと思ったからだ。
用事があれば連絡し、なまえから他愛のない内容の連絡がくれば返事をする。会うというのはこの間のように用事がなければない、というのは昔からなので会えなくともあまり気にしてない。


約束して会うこともある。
そして、今日は、毎年恒例の約束している日だった。

「はい、今年のバレンタイン」
「……毎年、律儀だな」

小学生の頃から続いている。毎年なまえがバレンタインに二宮にチョコレート代わりのものを渡し、ホワイトデーには二宮がなまえにお返しを渡す。誕生日にプレゼントしたり、奢ったり奢られたりもしている。

「なんかもう、習慣だからね〜。選ぶのも楽しいし。家族以外の男の人への贈り物って、二宮だけっていうのもあるんだろうけど」
「……」

小さい箱の今年のバレンタインの贈り物。なまえから開けてみてと促され、二宮は丁寧に包装を解いていく。上等なものだろうと察せられる箱を開けると、質の良さそうな万年筆が入っていた。
落ち着いた色あいで、手にとってみるとサイズ感もちょうどよい。

「それ、二宮に似合いそうだなって思ったんだよ。普段使いもできそうだし」

期間限定のチョコレート味のカフェラテを口元に運びながら、なまえは柔らかく目を細め、笑う。二宮は、さも万年筆の持ち心地など確かめるためだとばかりに、手の中の万年筆に視線を落とした。

「──お前のそういうモノ選びのセンスは、信頼できるな」
「ふふ」

それが二宮なりの褒め言葉であり、お礼であることをなまえはよく知っている。だから、どういたしましてと返す。
毎年やっている、当たり前のやりとり。──にもかかわらず、今年は、二宮にとって、非常にくすぐったいものだった。



「それ、バレンタインで貰ったのか?」
「──…」

大学の構内。
面倒なのに声をかけられた、というのも微塵も隠さない二宮。と、そんな反応を一切気にしない太刀川慶。
二宮は太刀川がそれと言ったもの…万年筆を仕舞った。
太刀川はというと、にやついた顔で立っている。それが余計、二宮を苛立たせる。

二宮は太刀川が嫌いだ。苦手とかではない。太刀川の日常生活があれなところは、自分に迷惑がかからない範囲であればどうでもいい。問題は太刀川の、こういうところだった。飄々としつつ、他人の領域に遠慮なく踏み込んでくるところだとか。余計なことを言うところだとか。太刀川のそういったところが、二宮は嫌いなのだ。

──閑話休題。
二宮は太刀川を無視するが、太刀川は意に介さない。どころか、話し続ける。

「二宮なんか最近機嫌いいよなって話出水としてたんだけど、それが原因か〜」
「……普段と変わらないだろ」
「いやいや、どこが?そんな顔で万年筆見といて、よく言うよな」

そんな顔、というところに二宮は眉を寄せた。心当たりなどない、といわんばかりの反応だった。だが、二宮はどんな表情をしていたのかと、太刀川に聞く気など露ほどもなかった。それは自ら墓穴を掘りに行く行為だからだ。
太刀川は内心、無自覚かよと思い、楽しげな笑みを深めた。二宮の表情の険しさも、増した。

「なに?好きな子からもらったとか?」

お前に話すことは無いとばかりに、二宮は席を立った。が、反応から太刀川は察したのだった。太刀川は、しみじみと言った。

「二宮も可愛いとこあるんだなぁ」

二宮の背中に太刀川のそんな呟きが向けられ、二宮は心底苛立った。


好きな子から貰ったのか。
これは、なまえのことは好悪で言えば好きなので、是だ。が、太刀川があの時言っていた好きな子と言うのは、恋愛対象としてだろうと言うのは二宮にも分かった。
そして太刀川は、二宮が万年筆を手にしてる時の表情を見て、「好きな子から貰った万年筆だろう」と思ったということだ。

(つまり、)

歩きながら徒然と何故あんなことを言われたのか考えていた二宮の足が、思わず止まった。気づいてしまったことに対する衝撃と、

(俺は、他人から見れば、#name2#を好きだと思われるような表情をしているというとこなのか…?)

恥ずかしさで。
立ち止まり、口元を覆う。
耳が、熱い。

誰かに見られたくないなと思い、立ち止まっていた足を早くと動かす。その時の二宮は人目につかない場所に行って、気持ちを鎮めたくて仕方なかった。

──冷静になった二宮匡貴は、屈辱的な気持ちでいっぱいだった。
寄りにもよって、太刀川の言葉で気づいたからだ。
二宮は、恋愛ごとがよく分からない。理解のある友人たちに囲まれ、彼らの恋愛ごとの話を聞くことはあれど、さほど興味もなく、そんなものなのかとかそんな気持ちで聞き流していた。
聞いているとややこしく、面倒くさそうな情動だなと思っていた。そして、二宮はそんな感情をなまえに抱いたことは無い。むしろ一緒にいると変に気を使わなくていいだとか、楽だとか。まあ、慕情のようなときめきとは無縁の、落ち着いた感情だ。だから、自分がなまえを友人として好んでいる自覚はあれど、異性として好ましく思っているとは自覚してなかった。

そして、自分の感情に関して知られたのが太刀川となると、そのめんどくささは嫌というほど分かる。
極力、太刀川にこの話題を振らせない様にするしかない。あとは、万に一つもないと思うが、なまえと太刀川を会わせたくないと思った。
太刀川はなまえに、絶対にいらん事を言う・やるだろうという確信が、二宮にはあった。あれはこういうことに、面白そうだからと当然のように首を突っ込んでくる。元々なんとなく、プライベートな知り合いを会わせたくないというのはあったが、よりその気持ちが強固になり、「なんとなく」ではなく「絶対に」という強い気持ちへグレードアップした。

そして、同時に考えた。
自分が腐れ縁であるなまえを好き、だと仮定して、どうにかなりたいのか、と。
この自問自答に対し、二宮はすぐに自分の中で答えが出せなかった。

仮に恋人になりたいと自分が思ったところで、なまえと肉体的な接触……性行為をしたいなどそういったものがわくのかとか、そういうことも気になってくる。考えてみたが、想像すらできなかった。
一番付き合いの長い友人という感覚の方が、強かった。
なら、特に今のままでも問題ないだろうと結論づけた。

「そういえば、この間、初めて合コン行ったんだよね」
「……」

なまえが誰かと恋人になるかもしれないという可能性について、今、二宮は思い至った。合コンに関して話されて考えてみた結果、─先日、「別に今のままでもいいだろう」と出した結論を出したにも関わらず─それはいやだという答えに瞬時に至った。なまえが自分以外の男の隣ではにかむように笑うのを想像していまい、二宮の眉間にしわが僅かに寄った。なまえは、きょとんと二宮を見ている。
友人を交えての飲み会のため、集まった居酒屋。
残り二人は、一人は最初から当日少し遅くなると事前に聞いていたが、もうひとりもバスが遅延しているから遅れるとさきほど連絡があった。じゃあ先に二人ではじめているかという話になり、予約していた居酒屋に入る。飲み物と、時間がたっても美味しく食べられるサラダだとか、そういったものを注文したあと、なまえは突然合コンの話をしだした。

「……二宮、合コンとか、嫌いなタイプ?」
「……いや。それで、行ってきたからどうしたんだ」

気になる男でもいたのかと喉元から飛び出でようとした言葉を飲み込んで、二宮は話の続きを促す。なまえは二宮の様子に怪訝そうにしつつ、店員が持ってきたお通しに箸を伸ばした。二宮もまた、お通しに箸をつける。牛すじの煮物だった。美味しく、ご飯も酒も進みそうな味付けだ。

「もともと行く予定なかったんだけど、どうしてもって頼まれていったんだよね。なんか、あんまり楽しくなかったというか…こんな感じなんだぁってくらいにしか思えなかった」
「……」
「だから、もうそういうのは、いいかなぁって。社会経験的な意味で、一回行けばいいかぁってなっちゃったの」
「──そうか」

会話している内容、なまえの様子から、気になる男がいったというのはなさそうだった。
安心したというのは顔に出さないようにと思ったが、二宮の表情はなまえから見ると和らいだものに変化していた。合コンやっぱり嫌いなのかなと的はずれなことを思いながら、なまえは二宮に尋ねた。

「二宮のほうは、どうなの?」
「何がだ。合コンか?行くわけがないだろう」
「まぁ行ったら行ったでどういう感想だったかっていうのは気になるけど、そういう、彼女とかさ、できた?」
「……」

「好きと意識し始めた子から全く意識した様子なく、彼女作ればいいのに、とか合コンとかどう?とかそんなことを聞かれるというのは、思った以上に堪える」。二宮は以前、同性の友人から聞いた話を思い出し、「なるほど、こういう気持ちになるのか」と遅れ馳せながらその友人の気持ちを理解した。今度、少しだけ優しくしてやろうと思った。

「そういうのは、特にないな」
「昔からモテるのに、二宮はそういうことに興味ないよね〜」

興味がないわけではない、と否定するか、二宮は迷った。
それを言ったら、なにか興味持つきっかけあったのかと、話の流れで聞かれるだろうというのは予想できた。予想できるからこそ、聞かれたらなんと答えるべきだと二宮の思考は止まってしまった。
言うべきか?──いや、今こんなところで言ってもと逡巡している間、友人の一人がやってきた。なまえはその友人とも話を振り、恋人とうまくいっていないという彼女の悩みとか軽い愚痴の話になった。

それっきり、その日は、二宮はなまえに伝えられるような機会もなく、そういう言葉を用意できるような気持ちも奮い立たず、最後にやってきた友人含めて4人でいつもどおりの飲み会をして、終わったのだった。



ホワイトデー。
バレンタインのお礼として、二宮もまた毎年律儀になまえにお返しをしていた。

小学生のときから続いていることだ。
中高のときはクラスの男子生徒にもなまえは友人たちとチョコレートを渡していたが、それとは別枠で二宮はなまえからもらっていた。特別扱いというか、甘い物よりも実用的なものの方を好んでいた二宮への配慮もあった。
二宮はこれまで、ホワイトデーのお返しも、なまえに実用的な物を贈っていた。だが、今年は違った。

彼女がいる友人たちに恥じらいを捨てて相談し─「二宮、やっと自分が#name2#を好きだって自覚したのか!」とちょっとした騒ぎになった─、ホテルのスイーツビュッフェになまえを連れて行った。どういったものがあるか含め調べ、吟味し、ここなら一番なまえの好みにあうだろうというところを見つけ、予約をとった。予約枠がギリギリだったので、予約確定のメールがくるまで二宮は少し落ち着かなかった。
ホテルに連れて行かれたなまえは、目を瞬かせ、「あの二宮が、こんなところに連れてきてくれるなんて…!」と、ちょっと感動と驚愕していた。どんなイメージだったんだと、二宮は思わずツッコミを入れてしまった。

「だって……実用性重視なのと、こういうところのイメージないから」

実用性重視なのは事実だ。同時に、これまでのホワイトデーのお返しだったり、誕生日プレゼントの傾向的に、そういうイメージがついたのも致し方ないだろう。それはそれで、女心がわかってないと言われているようなものだが、なまえにはそういった意図はなく、文字通りの意味しかない。

ビュッフェのケーキやスイーツに目を輝かせながら、なまえは笑った。

「こういうところ、来てみたいなって思ってたから、嬉しい。ありがとう、二宮」
「──そうか」

友人たちに心の中で感謝した。今度からかい半分でどうだったか聞かれると思うが、飯を奢ろうと思った二宮。

ホテル内のカフェのスイーツビュッフェなので、軽食もあった。
二宮は軽食とコーヒー、それから食後のデザートとして甘さ控えめのケーキを一つだけ食べることにした。なまえは甘党であり、甘いものであればいくらでも食べられるタイプなので、最初から甘い物を食べている。
ちょうどいちごのフェア中のため、いちごを使ったケーキやデザートが多かった。きらきらと輝くようなつやのあるいちごを見て、なまえは至極幸せそうにしている。口に含んでさらに幸せそうに、頬をほころばせる。
美味しいと口にしなくても、表情で物語っていた。
その様子を見ていると、ここに連れてきて正解だったなと二宮もまた満足した。

「美味しい…二宮、ほんとういいところ見つけたね」
「そうだな。料理もうまい」
「探してくれて、ありがとうね」

にこにこと邪気なく、まっすぐになまえは二宮を見ながら言う。
昔から何一つ変わらない性質と表情に、二宮は目を細めた。

「お返し、だからな」

だから──実用性重視していたがそれでも、お前が喜ぶものを、今まで選んできた。

付け足すことのできなかった気持ちを、二宮はコーヒーで流し込んだ。
ここでサラッと言えるような性分であるなら、自覚した時点で二宮となまえの関係は変わっていただろう。だが、言えるような性分ではないのと、言葉足らずなところがあるため、明確に変わるというようなことはない。
だが、なまえは何かわかったのか。少しはにかむように笑って、もう一度「ありがとう」と言った。その「ありがとう」が、さっきまで聞いていたものとは含まれているニュアンスが違うような気がした二宮はなまえを直視する事ができず、目を伏せた。

ホテルをあとにした、帰り道。
日が傾いてきたため、少し肌寒い。コートを着ているとはいえ、室内から屋外に出ると気温差もあって寒さが強く感じられる。なまえはマフラーを巻き直しながら、二宮を見上げる。

「今日、本当に楽しかった。連れてきてくれて、ありがとう」

ふんわりと柔らかく笑うなまえ。
自覚してから、二宮はどうにもなまえのこの笑みが眩しくてたまらなくなった。だが、かといって態度に出すのもそれはそれで情けないと思ったため、顔に出さない。

「──また、連れて行ってやる」

自然と口をついて出たのは、次を約束したいような言葉だった。なまえはぱちぱちと、目を瞬かせている。

「えっと、行けるのは、嬉しいんだけど…」
「だけど、なんだ」

並んで歩きながら、話す。二宮のほうが背が高いため、当然一歩は二宮のほうが大きい。しかし、互いに並んで歩くのは慣れたもので。意識せずとも二宮は、なまえの歩幅や歩くペースに合わせて動くようになっている。
隣を歩くなまえは、自分より頭2つ分ほど上にある二宮の顔を見上げながら、少し戸惑ったように口を開く。

「その…そこまでしてもらうのは、彼女でもないのに申し訳ない、というか」
「……」

思えば、と、二宮は思い出す。
二人にとって習慣化している、バレンタインとホワイトデー。
中学生の時、「中学生になったから、クラスメートとしてなら渡すけど、個別にっていうのはやめておこうかなと思って」と、言われたことがある。その時二宮は、なぜなのか尋ねた。なまえは困ったように眉尻を下げながら、答えた。
「二宮のことを好きな子とかいるし…二宮に彼女できたりしたら、そういうのトラブルになるから」と。
その答えを聞いて、二宮は心底理解できないなと思い、こう返した。
「俺のことを好きだという女がいたとして、何も行動してこない奴やいもしない彼女とやらに気を使う必要がどこにある?」と。あくまで、なまえがいやになったらやめればいいとも付け足した。
二宮の回答になまえはぽかんとしたあと、少し苦笑して、「じゃあ、いやじゃないから、今年もあげるね」と言った。

「……前も言ったが、いもしない彼女とやらのことを気にしてどうする」
「でも、これからどうなるか、わからないでしょ」
「なら、お前がなればいいだろ」

ぽろっと、こぼれた言葉。
口にした直後、二宮は足を止めた。半拍ほど遅れて、なまえも立ち止まった。だが、半歩の差で、二宮はなまえの顔が見えない。自分より下の位置にあるつむじを見下ろしながら自分が口にしてしまった言葉の意味を踏まえたうえで、これから何というべきかを二宮は内心焦りながら考えた。
なまえは、特段鋭いわけでもないが、鈍くはない。だからこそ、言われた言葉の意味を理解して、足を止めてしまったのだ。それでいて、昔から二宮の機微を理解しているのだから、言ったことにどういった気持ちがあるのか、なんとなくではあるが理解していると思われる。

二宮は、小さく息を吐いた。
そして、振り返らない自分より小さな背中に向け、口を開く。

「お前だから、俺は言っているんだ」
「……」

なまえは、振り返らない。
振り返らないが二宮からは、なまえの赤くなった耳が見えていて、それがなによりも雄弁に物語っているような気がして。
初めて、自分がときめきのようなものを感じていると、認識した。

「#name2#」
「……ちょっ、と、待ってね」

なまえは、両手を頬に当てる。頬まで真っ赤になっているのだろうか。見てみたいと思ったが、言われたとおりに二宮は動かず待っている。ぽつぽつと、なまえは語りだした。

「あの、ね」
「ああ」
「二宮、全然気づいてなかったと、思うんだけど…」

私、中学生の頃から、二宮のこと好きだったんだよ。

「……」

告げられた内容に、二宮は驚きで目を見開いた。

「……お前、中学の時に一度、バレンタインに渡すのやめるって言っただろ」
「言った。だって、自分が好きだってわかったら、なんか今までみたいに渡せる自信なかったのと…二宮のこと好きって子から相談受けたりしてたから、あのときは私もなんかいっぱいいっぱいで…。それに、あれで二宮が、やめる方向でいいだろみたいなこと言ったら、それはそれで諦めついて、友達としていられるかなって思ったりとかしたの」

今更になって明かされる事実に対し、二宮はただただ驚きで飲み込まれる。
口にしたらしたで勢いついたのか。なまえは、そのまま言った。

「わざわざバレンタインに二宮にだけ別のものあげても、普通に受け取るから伝わってないんだろうなってわかってたけど。……ヘタレてた私が、そういうこと言っても、しょうがないんだろうけど」
「……それは、悪かった」

自覚したのが最近なので、自分はそういう方面疎いのではと思い始めた二宮。ので、二宮は素直に謝った。謝ったが、それはそれとして、

「こっち見て言え」
「む、むり!今多分、赤くて情けない顔してるから…!」
「見せろ」
「無理だってばぁ…!」

見せろ、と言う割には無理に覗き込んだりしないのが二宮だ。なまえもそう理解していて、信頼している。だから、これ以上距離をとるようなことはしない。
二宮は、未だに赤いなまえの耳をじっと見つめた。視線を感じたのか、なまえは少し身じろいた。

「なら、いつ、俺はお前の顔を見た状態で、返事を聞けるんだ」
「……」

観念したかのように、なまえは振り向いた。
顔は赤く、目は少し潤んでいる。少しでも顔を隠すようにと、マフラーを上げて口元を隠しているが、真っ赤な顔全てを隠すことはかなわない。
なまえは視線を泳がせて、二宮を揺れる瞳で見上げたあと、一度目を伏せた。そして覚悟したかのようにマフラーの下で息をついたあと、なまえは二宮を見上げた。
まっすぐ、熱を帯た瞳で。

「……わ、たしは、二宮の、彼女に、なりたいよ……」

絞り出したような声だったが、二宮の耳にはしっかりと届いた。
聞いた瞬間、二宮は手を伸ばしてなまえの後頭部に回した。そのまま力を込め、自分の方に引き寄せた。

その日、それぞれの悩んだ期間に反して─特になまえからすると長い期間だった─実にあっさりすんなりと、二宮となまえの関係は変わった。



20250221



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