花街は鬼が潜む絶好の場所だと睨んだ宇髄は、客として何度か花街に足を運んだ。
ときと屋へと足を運んだときのことだった。楼主に希望はあるか聞かれたが、本来の目的が潜入であったため、宇髄は首を横に振り、一言、派手にいい女を頼むと楼主に財布を預けた。
宇髄の身なりや振る舞いからどこぞの商人だと考えたのであろう楼主は鯉夏花魁に次ぐ人気を誇る花魁だと名前をあてがった。
揚屋の二階にある引付部屋と呼ばれる宴会場に通され、太鼓持ちや芸者を呼び名前が来るのを待ちながら鬼の気配を探った。
女鬼であれば、人間に化け遊女として潜んでいる可能性もある。そうであるならば身動きのとりやすい格の高い花魁であろう。
「名前っていう花魁が鬼であれば話は早いんだがな」
そううまくはいくまいと思いながら、酒を煽ればと静かに襖が空いた。髪の装飾品をシャン、シャンと鳴らしながら入室した女が視界に入った瞬間、宇髄の思考は停止した。
漆黒の髪に少し垂れた目、左目の下にある泣きぼくろ、女を形成する全てが艶かしく、凄まじい色香を放っていた。
花魁との初めての顔合わせを初会といった。花魁が客を見定め、選ぶ場。上座には花魁が座り、客は下座に座る。位の低い遊女であればその日のうちに共に床に就くことができたが、花魁となればそうはいかない。
後日再び花魁の元を訪ね、宴を開き、花魁が客を気に入って初めて客は上座に座ることを許される。しかし、花魁に気に入られなければそれまでとなってしまう。
そして、三度目の訪問でようやく馴染みとなり、床入りが許され男女の関係となれる。
普段の宇髄であれば、この逢瀬の重ね方をまどろっこしいと思うだろう。しかし、花街に限っては乙だと感じる。
「暫く会わないうちに一層色男ぶりに磨きがかかりましたね」
そう言って名前の細い指が宇髄の左目の装飾ずらす。
宇髄が名前を訪ねたのは今日で三度目だった。三度目の訪問を許されたということは名前が宇髄と男女の仲となるのを許したということで、引付部屋に通された後に名前の部屋へと通された。
一言も喋らずまっすぐ自分を見つめるだけだった女がこうして腕の中にいる。何かをやり遂げたような達成感、高揚感に男はやられるのだろう。
「これが本当の私」
ずっとこうしたかった。目を細めて微笑み、今度は宇髄の唇をなぞる。
忍として特殊な訓練を受けてきた自分が呑まれてしまいそうになる。
「怖ぇ女だな、お前は」
「嬉しい」
声を洩らして笑う名前に堪らない気持ちになる。そもそも鬼がいなくなった今、ここに来る必要なんて何一つなかった。なのになぜ今自分はここにいるのか。なぜこんなに名前を前にすると余裕がなくなるのか。童貞でもあるまいし。何故こんなにも必死になっているのか。
考えても答えは出ず、宇髄は考えることをやめた。この女は毒だ。自分を狂わせる存在だと分かっていたが止めることはできなかった。
「私ね、身請けが決まったの」
夜が明け、帰り支度をする宇髄を手伝いながら名前は昨夜と同じ笑みを浮かべた。
言葉が出ず宇髄はただ目を見開き名前を見つめた。
毒だと分かっているのに、人はなぜそれが欲しくなるのか。この女といたら自分は自分でなくなる。分かっているのに、欲しくなる。乱される。
「だから最後にあなたに抱いてもらえてよかった」
嘘かもしれない。この女は嘘が上手い。自分よりもずっと。
ただ、宇髄はこの言葉を信じることにした。自分の中の乱れを静めるために、信じることにした。騙されてもいい、もう名前と会うことはないのだから。
「幸せになれよ」
ようやく発した言葉だった。そのときの名前の顔を宇髄は死ぬまで忘れないだろう。できれば、自分が幸せにしたかった。
でも自分には守らなければならない存在がいる。これは一時の戯れだ。そう自分に言い聞かせた。
「来世で一緒になりましょう」
自分の心を知ってか知らずか美しく微笑む名前に宇髄は頷き、そのときは派手に幸せにしてやると笑った。
お題:子猫恋