過日にて



メールレス

追記よりメールレスです。

はる様

こんばんは。
この度はSickenedを読んでくださり、ありがとうございました。

長文でわかりにくいかもしれませんが、頂いたご質問に回答させて頂きます。

@精神病患者やオーバードーズの経験者が身近にいるのか

私自身が経験者です。また、ケイトの「信仰の喪失」という体験も、私自身の経験から生まれたものでした。
宗教二世(親が信者だったから、自分も信者になった人)だったため、そうした経験を元に自分の事を整理したいと思って書いた作品でした。

しかしながらケイト=作者というわけではありません。あくまで一部です。

A家族仲が良すぎると友人がいないのはなぜか

作中の八話に

『昔から思い込んだら早かった。それも悪い方に。友情に見切りをつけるのも、勉強を諦めるのも早かった。
 両親がいてくれれば、それで良かった。
 友達がいなくても、両親がいてくれた。』

という一節があります。

これを踏まえ、あくまでケイトの立場からお答えしますと

「純粋で無知な性格」だから友人がいないのではなく「家族の絆が強すぎて」自立心が育っていませんでした。
家庭というかなり強固な安全拠点があるがために、友人関係や学校生活等で困難や不安を感じた時も家庭へと逃げ込みやすかったのだと思います。

また宗教コミュニティ――つまり教会等では家庭内の信仰や結束を重んじる傾向があります。家族というのがひとつの単位なのです。
ケイトの両親も彼女が外で神を信仰していない友人を作るよりも、自分たちの目の届く範囲で行動して欲しいと望んでいました。

簡単に言ってしまえば「親が友達の代わりをしてしまっている」という事です。
親と友人は本来違うものだけれど、自立心のないケイトは親が友達でもあったし、親もそれでいいと思っていたのでしょう。

心理学には詳しくないので恐縮ですが、用語をあえて当てはめるならば「共依存」かもしれません。

ケイトの世界は狭く、家族と教会で自己完結してしまっていたと捉えて頂ければと思います。

Bナターシャは此処にいた について

当サイトを運営してかなりの年月が経ちますが、個人的に「ナターシャ」という名前が好きで、色々と考えた結果このサイト名になりました。
Sickenedは比較的最近の作品なので、サイト名とは関係がないのです。
ただ「此処にいた」というフレーズは私の作品のテーマのひとつではあるので、他作品にもこの言葉は登場します。

最後に私的なことではありますが、Sickenedはひどいスランプのなか苦しみながら書いた作品でした。描写不足でもあり駆け足で終わってしまった作品でもありました。しかしながら、この拙い作品をはる様が貴重なお時間を割いて読んでくださったことを心から感謝いたします。
とても救われた気持ちです。

本当にありがとうございました。


2025/10/27

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