紺の輪郭

 K地区。
 そこは狂犬達を<MOTHER>という首輪で繋ぎ、更生させる為にあるという。
 日曜学校や教会、食料の配給などがまめに行われ平穏とまではいかずともそこそこの生活を送れるレベルにはなっているという。

「ここかな」

 アーサーは端末をいじりながら呟いた。
 オーカが拾ってきたニュースの防犯カメラ映像から<MOTHER>関連のトラブルがあったと思如き場所まで来た。その映像では15、6とおぼしき少年が男を刺し殺す場面が映っている。

「オーカ。位置の割り出しを」
『わかりました。しばらくお待ちください』

 しゅぽん、と音を立ててホログラムの地図が表示される。現在地と目的地が赤いマーカーで記してある。

『此処から200mメートル先を左折。そこにある教会裏です。この映像の少年の身元が判明しました。表示しますか?』
「頼む」

 画像が切り替わり、少年の写真が表示される。オーカは淡々と彼の情報を読み上げた。

『個体識別番号K−834325。名称、アキラ・ヒイラギ。正式な表記は漢字で柊木彰。年齢は15歳。両親は亡国からの移民です。日曜学校での成績は30人中15番。<MOTHER>のバージョンは最新です』
「ふうん……」

 激昂して人を刺すとは、レイの人格と心理傾向を模写した<MOTHER>らしかぬ行動である。激昂したとしてもそこには何かしかの制限がかかるはずだ。<MOTHER>には行動制限プログラムというものがある。善悪の基準は個人によって大差があるため高い水準に於いての『できること』と『できないこと』が決められている。

(行動制限のストッパーを無理矢理解除した?あの世界樹で強固に掛けられているはずなのに?)

「オーカ。行動制限プログラムって言うのは簡単に外れるものなの?」
『いいえ。<世界樹>にて強固に設定されているはずです。個人の力で外すのは難しいと思われます』
「だよな。ちょっとこの少年の足取りを追ってみるかー」

 そして妹にもこのことを確認する必要がある。アーサーはオーカにメールを入れるように指示して、K地区を後にした。







 目の前で美しい金髪が波のように揺れている。太陽光を受けてきらきらと光る。しかしアキラに見惚れている余裕などなかった。

「ね、ねえってば。疲れたんだけど!ちょっとストップ!」

 アキラはシャルロッテに手を引かれながらひたすら走っていた。追手はいないようだが。
 この少女はやたらと足が速い。しかも息切れもしていない。普段から鍛えているのかドレスから見えるすらりとした脚は筋肉で引き締まっている。

「ちょっと待って。もうつくから」

 そう言って五分ほど走った彼女は路地に入り込んだ。目の前にはかわいらしいカフェ。

「はあ……はあ……ここ、どこだよ」
「体力ないねーあんた。ここはね、あたしたちのアジト」
「アジトぉ?」

 さっきから正義の味方だのアジトだの、漫画の見すぎではないだろうか。これで趣味のサークルにでも誘われようもんなら少女とはいえ殴りたくなりそうだ。

「どう見てもただのカフェだろ」
「いいから入る!」

 どんと押されて無理矢理中に入ると、外観通りの洒落たカフェだった。コーヒーと甘いパンケーキの香りが充満してる。客もそこそこいる。

「おかえり、シャルロッテ」

 エプロンをした老人がカウンターから声をかけてきた。

「ただいま。オージ」
「その子は?」
「たぶんCの子。拾ってきた」
「そうかい。二階にあげてやんな」
「うん、わかった。ほらあんたこっち来て」

 シャルロッテに引きずられながら二階に上がるとある一室に通された。

「この部屋……」

 防犯カメラ映像と、パソコン。あと良く分からない機械。カメラ、マイク。注射針やメスなんかも置いて有る。

「これは……」
「まあ、いいからいいから。ちょっと休もう?そこのソファに座って」
「う、うん」

 シャルロッテは紅茶を出してくれた。そしてアキラの正面に腰掛けて脚を組む。

「さて。あんたの名前教えて?」
「アキラ……。アキラ・ヒイラギ」
「アキラかあ。珍しい名前だね」
「両親移民だから」
「そ。でも好きな響き。さて、本題なんだけど」
「うん」
「あんた人を殺したね」
「……!!」

 何故それを、と言おうとしてやめた。この少女は知っていて自分に声をかけたんだろう。
 この部屋であちこちの監視カメラの映像を見ていたのかもしれない。

「なんで俺を此処に連れて来た?」

 俯き、カップの縁を強く掴むとじんわりと温かさが手に沁みる。揺らめく琥珀色の液体には疲れ切った自分の顔が見えた。
 シャルロッテはさながら一枚の絵画のように足を揃えて紅茶を口にする。

「言ったでしょ。あたしの用事とあんたの用事、相性が良いって」
「だからそれはどういう意味だよ」

 シャルロッテはカップを下して微笑んだ。

「あたしね。あんたみたいな『スクラップ』を捜すのを仕事にしているの。正確には仕事の一部だけど」
「スクラップ?」
「そう。突然<MOTHER>の制限から逸脱してしまうニンゲン。この世界の不適合者。そしてやがて廃棄されてしまう『スクラップ』。詳しく話すには、まずここからかな?」

 シャルロッテが指輪を嵌めた指をくるりとまわすと、二人の目にある正方形の箱――三次元表示画面が起動した。
 そこには大きくこう映し出されている。

「C9計画?」
「そう。C9(シーナイン)計画。正式名称Cloud9計画」

 シャルロッテは忌々しそうにその名を告げて、言う。

「これは――馬鹿な政府が生み出した、馬鹿馬鹿しくも恐ろしい計画の話だよ」



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