ごちゃ倉庫
◎優しい皇帝、憎む俺
2016-3-16 12:28
優しい皇帝、憎む俺
―カシャン。ガシャン。ガシャン、ガシャン。
鎖の音が、部屋に木霊[こだま]する。
嫌な、金属音。鉄の匂い。鼻につく、嫌な臭い。
窓もないそこは、匂いはずっと留[とど]まったまま。
嫌な空気が、籠[こも]っている。
むっとしたものが、口に入り、呼吸器官を通り、気分を悪くする。
すっぱいものが、口元まで咽[むせ]かえった。
部屋は鉄格子の牢屋。いや、小さな檻[おり]だ。俺を飼うための、小さな檻。
銀色の鎖が、自由を拘束する。
首に、足、腕。3か所にしっかりと嵌められた錠。
それは、オレが人である自由すら、奪うもののようだった。
乱暴に体を揺すれば揺するほど、体の拘束はきつくなり、肌に食い込む。
血は流れ、もう消えない痣、そして、赤黒い鬱血。
裸のままこうやって、鎖で拘束されているオレの姿は…ただの犬だろう。
いや、犬以下だろうか。
自由もない、死ぬことすらできない、ただ生かされているオレは。
死ぬことすらも、ままならない。全て管理されているオレは。
犬以下の、ただの囚人より酷い存在。
逃げられないとわかっているのに、何度も暴れては、傷をつける。
学習能力は、獣以下かもしれない。
でも、暴れることをやめられない。
じっとしていたら、狂いそうになるから。
暗い思考に、飲み込まれそうになる。
闇が、襲いかかろうと牙を向く。
だから、こうして暴れる。自分を傷つけるとわかっていながら。
理性を、なくすために。
「くそ…」
「無駄な抵抗はよしたらどうだ?負け犬が…」
低い、ぞくりとするような、ヴァリトン。
自然と、双眸が鋭くなる。
その人物を、見つめると。
正常な思考すらも、奪われる。
目も、耳も、思考も、全て。
「皇帝[カイザー]…」
男はオレの惨めな姿を見つめ、にやりと笑った。
不敵な、美しい笑みで。
男は、この国の、皇帝[カイザー]。
一番、偉い男だ。
一番偉くて、オレが出会った、誰よりも美しい人間。
まさに皇帝≠フ名にふさわしい、気品があった。
さらり、と流れる銀色の髪は、どんなシルクよりも美しい。
皇帝は、牢屋の鍵を開けると、牢屋の中につかつかと入ってくる。
オレの睨みなんて、びくともしないで。
片手には、簡単な料理が入った皿。そして、もう一方の手には、黒い革の鞭。
ピン、と背を伸ばしながら、歩く姿はどこか作り物のような印象を受けた。
「餌だ」
皇帝はそう冷たく言い捨てると、地面に持っていた皿を置く。
そして、オレが食べるのを待ちかねるようにじっとオレを見つめた。
犬のように、はいつくばって、オレが食べるのを待ち望んで。
「ふざけるな…」
低く、唸る。腹は減っている。
だけど、犬のようにはいつくばって、食べるなんてできない。
ほんの少し残った、オレのくだらないプライドが邪魔をして。
だったら、餓死するほうがマシだ。
そんなオレを見て、皇帝は無理やりオレの口に皿に乗っていたパンを一切れ、無理やり口に入れる。
オレが苦しがっても嫌がっても、どんなに抵抗しても。
皇帝はこうやってオレに食べ物を渡して、オレを生かしている。
捕虜のはずの、オレを。
わざと、生かし続けている。
「いい姿だな…雌犬が」
「殺す…お前を殺して…やる」
憎しみの籠った声でそう吐き捨てると、皇帝は楽しそうに笑った。
そして、無理やり、オレの足を開き己[おのれ]を其処に充てる。
「せいぜい吠えていろ、犬が…」
皇帝は低くうめきながら、オレの首筋に噛みつくようにキスを落とした。
いつもの、こと。
オレはただ早くコト≠ェ終わるようにと、きつく目を閉じた。
そもそもの始まりは、オレの星がこの星を侵略しようとした事だった。
今オレがいるこの星は、オレの星ではない。
侵略しようとしていた星だ。
オレの星は、ここよりはるか南の惑星にあった。
そう、あった
それは既に過去形で、現在の事ではない。
オレの星は滅んでしまった。
愚かな、争いのせいで。
人々は、自分の権利の為に毎日争いを行った。
時に、争いを止めるための争いを。自由になるための争いを。
その戦いは傍からみたら、実に愚かだったかもしれない。
でも、オレ達はただ生きることに必死で。誰が間違いだったかも、わからなかった。
誰も、皆、ただ生きていくことに必死なだけだったんだ。
少しでもいい生活や自由を手に入れるために、富や名誉を手に入れるために。
ただ、欲や生きる事だけに必死になって。
当たり前の生きることを忘れて。とにかく戦争に明け暮れた。
でも、ガタがきたんだろうな。
オレの星は、空気すらままならない、死の星となってしまった。
空気が、大量の兵器が出す有害物質に汚染されてしまったのだ。
何人も何人も、空気が吸えなくて死んだ。
少しでも生きていくために争いを続けていたのに。
ただ、生きる事すらも、できなくなった。
この星で、空気を吸うことすら、無理になっていった。
王族だったオレや兄弟、父達は決断を迫られた。
このまま、ただ死んでいくか。
それとも、少ない資源で作ったイケるかもわからない宇宙にいって、移住するか。
科学力だけは、無駄に高かったオレの国は、他の国を侵略することを選んだ。
このまま、むざむざ息も出来ずに死ぬのを待つよりかは
他の国を侵略し、生きていこうと。
ただ、オレ達は純粋に生きることを決断した。
それは、無謀な賭けだった。
そして。この星へやってきて。
また、争いを起こして。
そして、負けた。
空気も違うし、圧倒的な戦力、そして自慢だった科学力さえも劣っていたオレの星の人間は、簡単に敗北した。
それは、まるで、あっさりと。
一瞬にして、オレ達の部隊は、この星の人間に蹴散らされてしまった。
こうも、希望は打ち砕かれるものだと、その時オレは初めて絶望と死を覚悟した。
仲間は戦火の中、大勢死んだ。
血を吐いて、ごみのように捨てられる死体。
『助けて、クルト様!』
断末魔のような、悲鳴。
『お逃げください、クルト様』
今でも繰り返される、悪夢。
オレを守ろうと、死んでいく、仲間。
皇帝を恨むのがお門違いだって、わかっている。
皇帝は、ただ、自分の国を守っただけで。
この国の人から見たらオレらが悪人なだけなのに。
でも、憎まずにはいられない。
そうじゃないと…オレを保てそうにないから。
狂って、死んでしまいたくなるから。
後悔と、悲しみで。
何もできなかった、自分の無力さの嫌悪感で。
仲間の死と引き換えに生きてしまった自分が、苦しくて。
何人もの仲間が死んだ。
生きたい生きたいと切望しながら。
何人も何人も死んでいった。
なのに、オレは。
こうやって、生かされている。
あんなに、望んでいた空気が吸えている。
あんなに、みんなが望んでいた幸せになるものは、
こんなにも、簡単に手に入るもので。
ただ生きている。それすらも、うれしい事なのに。
オレは、どうしようもなく毎日が苦しかった。
どうにかなりそうなくらい、毎日毎日。
気を抜けば、狂いそうになる。
喉を掻き毟って、血を流して、そのまま何も考えずに頭を壁にぶつけ続けていたくなる。
仲間が生かしてくれた命だから、自らの手で壊すこともできない。
でも…でも後悔と寂しさで押しつぶされそうになる。
こんなにも生きていくことが辛いだなんて、初めて知った。
だからオレは皇帝を憎む。憎む事で、理性を留めるように。
憎む事で、オレを、忘れられるように。
仲間の死を忘れぬように。
時々、死にたくて死にたくてたまらなくなる。
そう思うたびに、皇帝はオレの心を読んだように、俺を抱いた。
時に激しく。時に、泣きたくなるくらいに、優しく。
皇帝は、鞭を振う。オレが傷つくまで微笑みながら。
オレを犬扱いする。オレのプライドがなくなるまで喜んで。
でも…。
『無理は、するな…』
絶対に最後は、優しくしてくれる。
優しい声色で、オレを気遣ってくれる。
その優しさは、無性に苦しくなる優しさだけど…。
オレが狂いそうな時は、いつだって皇帝は、オレの傍にいてくれた。
オレは、ただの捕虜で、この星を占領しようとしていた人間なのに。
なのに。
普段は嗜虐的でも最後は捕虜のオレに優しくしてくれる。
壊れそうなオレをいつも見えない優しさで支えてくれた。
…だから。
だから、心揺れてしまう。
オレに罰だけを与えてくれたら。
辛い思いさえさせてくれたら。
そんな思いはしなかったのに…。
皇帝は、ズルい。
ズルくて、憎い。
オレをこんな風にして。
嫌いだ、殺したい。
憎い憎い憎い
そして…愛おしい。
鉄格子から、月が覗く。
ただ、生きる事さえも難しい。
こうやって、生かされているオレになんの意味があるんだろう。
情事後。
オレは皇帝の体によりかかっていた。コテン、と皇帝の胸に頭を置いても何も言わない。
皇帝は、静かに月を眺めらがら、オレの髪をすいていた。
優しい手つきで。
ゆっくりとした、時。ゆったりと、流れる刻。
そのまま、ただ、皇帝に全てを委ねたかった。
何もかも、忘れて。
死んだ、仲間すら忘れて。
この狭い檻で、皇帝に委ね、甘えたかった。
生きていることすら、忘れて。
「時に、この空気すら、吸いたくなくて、呼吸を止めたくなるんだ」
ぽつり、と言葉が毀れた。
ピクリ、と皇帝はオレの髪をなでる手を止め、オレを見る。
「なぜだろう、涙が止まらないんだ。こんなに切望していた空気をすえているのに。息ができているのに。オレは、生きているのに。たまらなく、寂しくて、悲しいんだ。狂いそうなほど、悲しいんだ」
仲間が。
仲間が死んでいく。
オレに助けを呼びながら。
でも、オレは何もできなくて。
死んでいくのを見つめる事しか、できなくて。
今も。
死ぬことすらできない。追うことも、できない。
「何故、オレは生きてしまったんだろう。仲間はたくさん死んだのに。オレを…どうして殺してくれないんだ?オレはどうしたら、いい?生かしたままの、お前が憎いよ。オレはお前が憎くて仕方がない。生きてしまったオレが。仲間を見殺しにして、生きているオレが…」
憎いよ…。
ううん。こうなったことじゃない。
皇帝と、もっと別の会い方をしていたら…。
オレが、この星の人間だったら。
別の人生を歩んでいたら、こんな事にはならなかったのに。
皇帝を、憎みながら惹かれることもなかったのに。
どうして、こうなってしまったんだろう。
どうして、こんな運命になってしまったんだろう。
嗚咽が混じり、しゃくりが止まらない。
息苦しい。ぼろぼろと涙がこぼれて仕方がない。
「憎め…」
泣きじゃくるオレに、皇帝はぽつんと、小さな声でそう言った。
「それが、お前の存在意義になるのなら。俺を憎め。お前のすべてで、俺を憎め」
皇帝はそういって、オレの顎を取り深いキスをした。
綺麗な空気を、オレに送るような、それは切なくなるほどの、温かくなる優しい口づけだった。
オレは、泣きながらそれに応える。
月明かりだけが…俺たちを照らしていた。

