25
僕を好きになりたい…って、どういう意味だろう。
夏目くんも、先生も、どうして思わせぶりな台詞をかけてくれるんだろう。
これじゃあ、まるで…ーーー
『つかの間のモテ期ってやつじゃない?まぁ、楽しめよ』
満にラインで相談すると、案の定他人事のような茶化したような文章が返ってきた。
『モテ期って…そんなんじゃ…』
『じゃあ、聞いてみたら。僕のことどう思ってるんですか?って。それか手っ取り早くお前の方から告白しちまうとか…』
『あのねぇ…満。先生にはそんな恋愛感情なんて持てないし。それに夏目くんは…ーーー椎名先生が、いるんだよ』
文章を打つ手が一瞬、止まる。
夕日ちゃんから送られた夏目くんと椎名先生のラブホ街の写真。
2人がそういう仲なら、なんで僕にキスしたんだろう?
どうして、僕と観覧車乗りたいなんて言ってくれたんだろう。
それに、メールで言っていた『相良先生のことで大事な話』って結局なんだったんだろう…?
先生が家から、飛び出した日。
夏目くんは、ズバリ先生の居場所をあてていた。
あれから、夏目くんが言っていた『淡い夜の夢』という作品を探してみたのだが、あいにく該当する作品は見つけられなかった。
一体、夏目くんはいつ、淡い夜の夢という作品を読んだんだろう。
それに、夏目くんに相良先生の写真を見せたとき。
夏目くんは相良先生の写真に、驚愕に目を見開いていた。
あの反応は、一体…。
「宮沢さん、お疲れ様です」
次の日。
夏目くんはいつものように、休憩室で休んでいた僕に声をかけた。
現在、19時を回っていて、幸いなことに休憩室には僕と夏目くんしかいなかった。
「あ、あの夏目くん。聞いてもいいかな。夏目くんの…」
椎名先生と夏目くんのことを尋ねようとしたその時、
「そうじくーん!!」
「……」
「僕の愛しのそうじくーん…!!」
夏目くんの下の名前を絶叫しながら、小走りに綺麗な人が近づいてくる。
見覚えのある綺麗な顔立ちに、ついつい凝視していると…
夏目くんの名前を呼びながら走ってきたその人は、夏目くんの背に思い切り抱きついた。
「あはは、そうじくん、捕まえちゃった」
語尾にハートがつきそうなテンションで微笑むその人。
夏目くんは眉間に深くしわを作り、静かに背後の人に振りかえった。
「…椎名先生…」
抱きついてきたこの人こそ夏目くんの担当作家であり、ベストセラー作家・椎名先生である。
写真で見たときも思ったけど、実物は写真をも凌駕するくらい、ものすごい美形だった。
モデルさんですか?そう尋ねたくなるくらい不思議なオーラがあって。
従兄弟さんといい、椎名先生といい、どうして夏目くんの周りはこんな美形ばかり集まるんだろうか。
椎名先生の美貌に見惚れていると…
「ん…なにかな?僕の顔に何かついてる?」
僕の視線に気づいた椎名先生は、「誰?」と夏目くんに尋ねる。
椎名先生に何度も尋ねられ、夏目くんはしぶしぶ僕を紹介した。
「この人は…、宮沢さんです。
同じ部署の先輩の…。相良先生の担当です」
「ああ、君が!そうかそうかー!」
「あ、あの…」
「噂は色々とそうじくんから聞いてるよ!
こんな可愛い人だったなんてね。
地味だけど、なんか癒されるね!」
「言っておきますが、宮沢さんに近づいたら、殺しますからね。センセイ」
ニッコリと夏目くんは、椎名先生に笑いかけた。
夏目くんの笑顔の下に、何かどす黒いものが見えたのは気の所為だろうか…。
「それにしても、何故、貴方がここに…」
「今日は君たちの会社の編集長から呼ばれたの。
今出している作品がありがたいことに、好調で。シリーズを…って話が出てねぇ。続きをお願いします、って頼まれたわけ」
「そうなんですか。それはおめでとうございます。」
「うん。ありがとう。しかしだね、そーじくん。
僕は売れっ子作家なわけなの。
超多忙なわけなのだよ。
ここの出版社以外でも、書いているわけ。
だからね、ここだけを優先するわけにもいかなんだよ」
ふふん、と椎名先生は得意気に胸を張った。
相良先生とタイプは違うけど、この人もなんだか子供っぽくてかわいいかも…なんて密かに思っている僕に気づくことなく、2人の会話は続いていく。
「はぁ…。そうですか…」
「それでね、返事を保留にしていたら、編集長に飲みに誘われてしまってだね…」
「へぇ…。
接待にご招待されたんですか。良かったじゃないですか。きっと奢りですよ。好きですもんね。先生、奢りとか、そういうの」
「うん。だから、今から飲みに行くんだけど…、その…そーじくんもついてきてくれないかなぁ…?その飲み会に」
椎名先生は、両手を合わせお願い!と可愛らしく夏目くんに懇願した。
「なんで俺が…」
「なんで、って。僕とそーじくんの仲じゃないー!お願い。
編集長と二人きりなんて…無理!絶対に無理だから!!」
「はぁ…」
僕とそうじくんの仲…。
二人の仲睦まじい姿に、嫉妬にも似たドロドロしたものが胸に広がる。
こんな綺麗な人に嫉妬するなんて…、僕ってほんと、馬鹿。
諦めよう、って決めたくせに。
なんだか、いたたまれなくなって、椎名先生に一礼しその場から逃げ出そうとしたのだが…
「そんな連れないそーじくんなんて、もう知らない。
ねー、宮沢さん。僕と一緒に飲みに来てくれないかな?いいでしょ?」
先生は、僕がその場を離れる前に、僕の腕をとるとしなだれかかってきた。
「僕ですか?」
「そう!宮沢さん可愛いから…、もっと一緒にいたいな?って…」
「えっと…」
「先生。宮沢さんを巻き込まないでください」
「巻き込んでないもん。いいじゃん。
飲み会は多いほうが楽しいし」
「…俺は楽しくないですけどね。貴方といると厄介事が多くて」
「そーじくんが来てくれないなら、宮沢さんと3人でいくもんねー!
そんでもって、宮沢さんを酔わせて酔わせて、送り狼になってやるーー!」
「あの…」
「大丈夫、優しくしてあげるから…」
「いえ、そういう問題では…」
そもそも、僕は女の子じゃないんだけど。
それに、僕なんかよりよっぽど、椎名先生のほうが送ってあげないといけない綺麗な容姿である。
まぁ椎名先生の場合、襲ってきた相手を上手に扱ってしまいそうな雰囲気もあるけれど。
「先生…、よっぽど、ひどい目に会いたいようですね…?」
「あは…あはは。まぁまぁ、そーじくん。心が狭い人間は嫌われてしまうよ。さ、宮沢さん。行こうか。下で編集長待っているし!」
「あ、ええ…」
椎名先生のペースに巻き込まれて、結局、僕は編集長と椎名先生の飲み会にお邪魔することになってしまった。
無理矢理連れられる僕を心配してくれて、夏目くんも嫌がっていた飲み会に参加してくれた。
結局僕と椎名先生、夏目くん、編集長と4人で呑むこととなった。
飲み会中、案の定、椎名先生は夏目くんにべったりだった。
椎名先生は、夏目くんの隣に座り、夏目くんとばかり話しかけている。
たまに僕にも会話を振ってくれるが、編集長には一切喋ろうとはしなかった。空気のように、ひたすら無視を決め込んでいた。
椎名先生は、編集長のこと、嫌いなんだろうか。
嫌いなら断れば良かったのに。
付き合いを考えた結果、参加せざるを得なかったんだろうか。
そういうタイプには思えなかったけれど…。
それに、この編集長へのこの態度は…。
椎名先生の態度に、編集長も気づいているはずなのに、編集長は特に気分を害した風でもなく、椎名先生を前ににこやかな笑みを浮かべていた。
「椎名先生…」
「ねぇ、そうじくん。ちょっとタバコ付き合ってくれないかな?」
「え…?ちょっと…」
編集長に呼ばれたのをわかっているはずなのに、椎名先生は急に夏目くんの腕を取り立ち上がると、夏目くんを連れてどこかへ行ってしまった。
残されたのは、僕と編集長、2人だけ…ーーー。
「あの…編集長」
「…はは、振られてしまったようだ。やはり、こんなおっさんから誘われて迷惑だっただろうか…」
淋しげに笑う編集長は、いつも僕らをキビキビと指揮する顔ではなく、気落ちしている。
編集長は、厳しいけれど優しい上司で40過ぎても独身な人だ。
高身長で性格もいいおじさまな編集長は、既婚者にもアプローチされるほど、モテる。が、今まで一度も応えたことはないらしい。
社内じゃ、密かにゲイなんじゃないか…って噂が流れていたけどまさか…まさかね。
「今日は、飲もうか。
宮沢くん」
「いや…あの…」
「君まで飲んでくれないのかな…」
「いや…、呑みます!」
傷心気味な編集長がわざわざついでくださったお酒を、断れるはずもなく…
夏目くんと椎名先生が戻ってくる頃には、僕はすっかり酔いつぶれていた。
「編集長、呑ませ過ぎでは?」
「いやぁ、すまない。ついつい、呑ませすぎてしまって…」
「僕は大丈夫です、全然…大丈夫ですよ…」
なんて、もう世界が回っているほど酔いが回っているのだけれど。
夏目くん同様、椎名先生も戻ってきてからなんだか機嫌が悪そうだ。さっきまで、夏目くんとずっと喋っていたのに、今はじとりと、編集長を責めるように見つめていた。
まずいなぁ。
僕が酔っ払ってしまったから、飲み会の空気が悪くなってしまったのかも。
「あの、僕はほんと、大丈夫ですから。ほら、お刺身食べましょ。美味しいですよ、ここのタイ」
場の空気を変えようと、食事に箸をのばした。
僕の様子に、みんなも食事を再開させる。
「宮沢さん、そこにあるお醤油とってー!」
「え、あ、はい。醤油ですね…」
椎名先生に言われ、揺らめく視界の中、醤油入れに手を伸ばす。
「私がとろう」
僕が取る前に、編集長はハジにあった醤油入れを取り椎名先生に渡した。
しかし手渡す時、2人の手が触れあい、それに驚いた椎名先生は醤油入れを手から落としてしまった。
「ちょ…、先生…!」
「あー、やっちゃった…」
醤油入れが落ちたのは、不幸なことに、椎名先生が着ている高そうなズボンの上で、醤油が染みになってしまっていた。
「これ、気に入っていたのになー」
「そういうことなら、早く洗ってしまったほうがいいだろう。
幸い、我が家はすぐそこなんだ。早く洗濯すれば落ちるだろう」
「え…、い、いや…。別に新しいの買えばいいから…」
「いいから…」
有無を言わさない編集長の言葉に、椎名先生は助けを求めるように夏目くんに視線を向ける。
「行けばいいじゃないですか。先生。そのズボン、気に入っていたんでしょう?」
「で、でも…そうじくん…!!」
「洗ってもらうだけです。
何をそんなに意識してるんですか?まったく…。」
夏目くんは、お座敷から立ち上がると、僕の手を取り「行きましょう」と促した。
「え…でも…」
「あっちはあっちで、編集長の家に行くようですから。こっちはこっちで、飲み明かしましょう。ね…?」
「う、うん…」
僕は本当に、夏目くんの「ね?」に弱い。
夏目くんの懇願は魔法のコトバなのだ。
裏切り者ー!と叫ぶ椎名先生を置いて、僕は夏目くんに付きそう。
ふらつく僕の身体を、夏目くんは腰に手を回し支えてくれた。
「タクシー拾いますから…。
宮沢さんの家に行ってもいいですか…」
「う、うん…」
僕らは大通りでタクシーを拾うと、そのまま僕の家に向かった。
そして、久しぶりに僕の家で、2人だけの飲み会をすることになった。