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先生が僕のことを好きだと告げてから、幾日がたった。
先生は、告白前と変わらずに僕と接している。
相変わらずポヤポヤしているし、スキンシップと称して甘えるように、抱きついてきたり。
先生のことを凄く意識しているのは僕だけ。
先生から告白されたのに、僕のほうが先生の一挙一動にそわそわしている。
本当に、先生は僕のこと…好きなんだろうか?
はたまた、先生なりのジョークだったのか?
それとも…ー。

 リビングのソファに座りながら先生のことを考えて、ため息をついていると、ひょっこりと花蓮ちゃんが現れた。


「どうしたの?ため息なんかついて。お父さんに告白でもされた?」
「こ、告白って…」


もしかして先生の気持ちも、花蓮ちゃんにもバレバレ?
金魚みたいに口をパクパクと動かし焦る僕と対照的に、花蓮ちゃんは「図星だったの。ふぅん…」と、興味のなさそうな口調で僕の正面の椅子に腰をおろした。

台所からやってきた花蓮ちゃんの手元には、コーヒーカップがある。
珈琲ブレイクのためにリビングにやってきたようだった。
先生は原稿の為、部屋にこもり中。
リビングにいるのは僕と花蓮ちゃんだけだった。


「ふぅん…って、それだけ?反対、しないの。
相良先生も僕も男だし。花蓮ちゃんって男同士の恋愛って嫌がっていたよね?
絶対、反対されると思ったんだけど」


花連ちゃんのそっけない返答に、拍子抜けする。
ファザコンでお父さん大好きな花蓮ちゃんだから、絶対に男同士なんて反対!なんて言われると思ったのに。


「別に、お父さんが本当に好きな人と結ばれるなら、私は何も言わないわよ。
お父さんとも、この間話し合ったしね。もう干渉しすぎないって。お父さんの人生だもの。
どんなに反対しても、お父さんが結局決めることでしょ。お父さんの人生はお父さんに決めさせなきゃ、お父さんに恨まれるもの。それに…」

花蓮ちゃんは、ふっと口元を緩めると「宮沢さんはいい人だから」と呟いた。

「いい人?」
「お父さんの対人恐怖症のタメにずっとお父さん、見てくれたでしょ。
怖がって震えているお父さんに。宮沢さんはずっとついていてくれたじゃない。
『大丈夫です、僕がいますから』って。見捨てることなく、急かすわけでもなくそばに居てくれた」

だから、宮沢さんならいいと思ったのよ。
花蓮ちゃんはそう言って、手元の珈琲カップに砂糖を入れていた。
各砂糖3つ。
スプーンで数回回した後、珈琲に口をつけると花蓮ちゃんは「あま…」とすぐにカップから口を離した。花蓮ちゃんは辛党だけど、何故かいつも珈琲は多めに砂糖を入れる。そして、決まって飲み始めた時は甘さに顔を顰める。


「どんなに綺麗なカップに入っていても、中身が最悪なものなんか最悪じゃない?
綺麗なカップでなくても、中身が綺麗な人がいい。

お父さんには、宮沢さんみたいな素朴で安心できる穏やかな恋があっていると思うの。
好きだからって、暴走してお父さんを傷つける男より、宮沢さんの方がずっといい。
変な男に捕まるよりは、宮沢さんみたいな男に任せたほうがいいわ。
宮沢さんは子羊から狼になりそうにならないからね」
「子羊?」
「お父さんをどうにかしそうにないってこと。
逆に悪い狼に騙されそうなタイプ…よね。
例えば…あの男ーー
“夏目漱次|《なつめそうじ》”みたいな外面だけの男にね」
「夏目くん…」

花蓮ちゃんから漏れた夏目くんの名前に、胸がざわめく。

喧嘩の日以来、夏目くんとはあえていない。

僕にだって譲れないことがある…!ってついつい夏目くんに喧嘩腰になってしまったけど…、こうも会えない日が続くと、僕の方が折れてしまえば良かったんじゃないか…なんて、
喧嘩した時は、僕にだって言い分があるんだぞ!っと、頑なに夏目くんを避けていたけど…今は、後悔する気持もあって。
また僕に笑いかけて欲しい。また飲みに誘って欲しいなんて女々しいことをついつい考えてしまう。

だけど、もう、無理なのかなぁ。
夏目くん、怒っちゃったのかな。
僕が言うこと聞かないから、もう話しかけてもくれないのかな。
先生の家から出たら、また話しかけてくれるのかなぁ。
なんて、弱音ばかりが頭に浮かぶ。


「いつもみたいに夏目くんはそんな人じゃないよ!って言わないの?」

夏目くんの名前に落ち込んだ僕に対し、花蓮ちゃんは怪訝に小首をかしげた。


「夏目くんってさ、すっごいイケメンだよね…」
「顔だけはね」
「相良先生とも、お似合いだよね」
「顔だけはね」
「椎名先生とも、お似合いだよね」
「顔だけはね」
「でも、僕とは、とてもじゃないけど合わないんじゃないかな…。
僕は夏目くんに何もあげることができないし、惹きつける魅力だってない。
だから、喧嘩したらそれっきりになってしまうのかな…って。このままどんどん、僕らの間に距離が開いていくのかなって…なんて思っちゃってさ」

 椎名先生や相良先生を普段見ていたら、僕なんて遠く及ばない。
綺麗な2人に対して、地味でウジウジしていて、過去のトラウマからいつまでたっても抜け出せない僕。
かたや、華やかでいつもにこやかな椎名先生に、トラウマがあるけれど、少しずつ克服しようとしている大作家様な相良先生。
そんな特別な2人に対して、僕なんてなにもない。
なんにも、できない。変わろう変わろうとは思っているけれど。
振られた過去を言い訳に、自分の殻に閉じこもって怖がるだけの僕。
こんなんじゃ、夏目くんが離れてしまっても仕方ない。


「僕みたいな地味男が夏目くんに恋してるなんて、ほんとおこがましいよね。

ねぇ、いっそのこと、諦めれば楽になれちゃうのかな…」

こんな想いなんて捨てちゃえば。

「諦めたら、楽になれるかなぁ…。そしたら、夏目くんに避けられ続けても、胸が痛くなることなんて、なくなるのかな…」
「……」
「もう恋なんてしない!ってきっぱりはっきり決めてしまえば」

そうしたら…、とグジグジと続きそうになった言葉は、ダン、っと思い切り机を叩いた花蓮ちゃんによって遮られた。

「ああ、もう!聞いてればグダグダぐだぐだと。
そんなウジウジはお父さんだけで十分。つまんないこと、言わないで」
「つまらないことって…、僕は真剣に考えて」

「真剣に考えて?考えて、それで諦めて終わり。それでいいの?
そんなんでいいの?
このままでいいの、宮沢さん。宮沢さんが諦めたら、そこで終わりなのよ。本当に好きなら、最後まで貫きなよ。絶対、後悔するわよ」
「後悔…」
「それに、人の価値観なんてそれぞれなのよ。
100人の人に全員好かれる人なんていないのよ。
顔が良くったって性格が悪くちゃすぐわかれることになるだろうし、どんなに不細工でも惚れた弱みで可愛く見えることだってあるの!
惚れさせてやる、くらいの気迫見せなさいよ。
グズグズしている時間、すっごくもったいなくない?
そんな時間があるなら、別のことをやったほうがよっぽど有意義だと思うんだけど。
この世は、あの男だけしかいないわけじゃないのよ。
もちろん、お父さんと相良先生だけでもない。たくさんの出会いがあるのよ。
あの男に固執する必要なんてないわ。見捨てられたと思うなら、こっちから切り捨てればいいわよ!
私から見たらあんな男、全然イケメンじゃないわ!ただのヘタレよ。」

男前な花連ちゃんの台詞に、目を瞬かせていると…

「それに、あの男、すっごい、小さい男なんだから。
人一倍独占欲強い癖に、本人にはソレを隠しているヘタレ野郎。
宮沢さんくらいじゃないの。あんな自分勝手な男にメロメロなの。」

花蓮ちゃんは、そういって鼻で笑った。

「でも、夏目くん会社内でもモテるんだよ」
「モテるって言っても、顔が好きっていうミーハータイプの女子なんじゃない?
あの男もめんどくせぇな…って思って接しているんじゃないの?
誰にでも優しくして、波風立たないようにして、あの手のタイプの男がよくやりそうなことだわ」
「花蓮ちゃんの中の夏目くんって…」
「ヘタレで腹黒な最低野郎」
「凄い評価だね」

花蓮ちゃんの言葉に、つい笑ってしまう。
そんな僕の右頬を花蓮ちゃんは、むにっと摘んだ。

「痛いよ…花蓮ちゃん」
「ほら、ここも。知ってた?宮沢さんのほっぺって凄く柔らかいのよ。赤ちゃんみたいにぷにぷになの。
自分じゃ気づかないでしょう?あいつ、よく宮沢さんのホッペ、見てたわよ。デレデレした顔で」
「あいつって…?」

僕の問いかけに、夏目の奴に決まってるでしょ、と花蓮ちゃんは面白くなさそうな顔で答えた。


「そんなに自己嫌悪ばっかりしていたら、どんどん自分が嫌いになっちゃうわよ。
もっと自分を受け入れなきゃ。
駄目な自分も、どうしようもなく愚図な自分も全部自分でしょ。
変えよう変えようと思わないで、もう少し肩の力抜いてみたら?
自分の心の鏡が曇ってちゃ、いつまでたっても自分の姿が見えないわよ」
「花蓮ちゃん…」
「宮沢さんは、もう少し自信を持つべきだと思う。
そうしたら、もっと視野が広がると思うし。
そんなグジグジと考えることもなくなるだろうし、もっと積極的になれるんじゃないの?
あいつに対しても、お父さんに対しても…ー」

私は宮沢さんが、お父さんと付き合おうが夏目のやつと付き合おうが、どっちでも応援はしてあげるから…ーと。
花蓮ちゃんは、そういうと、コーヒーカップに口をつけてふいっと僕から顔をそらした。

「ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないし…。
私の方が宮沢さんに迷惑かけているから。お父さんのことで…。
宮沢さんが家にいると安心なのよ。
いくらお父さんのストーカーが臆病な腰抜けってわかっていても、男だし。今は大丈夫かもしれないけど、いつ暴走するかわからないから…。宮沢さんには凄く迷惑かもしれないけど。
ストーカーがいつ暴走するかわからない今、お父さんじゃない男の人が家にいるとやっぱり落ち着くの」
「なにか、対策は…ー?」
「なにもなし。
警察も勘違いかもしれないから実害がでないと…って。まともにとりあってくれなかったわ。実害が出るのは困るけど、このままなのも…」

俯き、花蓮ちゃんは深いため息を零した。


「ねぇ、花蓮ちゃん。相談ついでに、もう2つ、聞いてもいい?」
「2つも?なに?」
「夏目くんと、相良先生って、知り合いだったりするのかな?
それも、僕が出会う前からの知り合いだった?」
「そんなの聞きたいの?聞いてどうするの?」
「どうする…って…ー。」
「私に聞くより、本人に聞いた方がいいと思うけど。」
「そうだよね…」

さっき、花蓮ちゃんにグズグズする時間があったら…って怒られたばかりだった。
他人から聞くなんて回りくどいことなんてせず、本人に聞いてみるのが1番てっとり早い。


「それで、あと1つは?」
「うん…、あの気のせいかもしれないけど…、なんか、ここのところ僕も誰かに見られている気がして。
家だけじゃなくて、会社とか帰り道でも。こんなこと今まで一度もなかったからさ…。
例の先生のストーカーなのかな…って」
「…っ」
「いや、ただの気のせいかもしれないんだけどさ…!それに、その視線って、花蓮ちゃんに相談される前で…、ちょうど僕の家が放火犯にやられたときくらいのときで」
「……ーーー」
「花蓮ちゃん…?」

やっぱり、まずかったかな。
花蓮ちゃんにストーカーのことを告げたのは。
花蓮ちゃんは、険しい顔をしながら腕を組んで考え込んでいた。
花蓮ちゃんの表情に、やっぱり黙っておけば良かったかな…と不用意に告げてしまった数分の自分を呪う。


「あの、花蓮ちゃん、やっぱり…」
「宮沢さん。夏目漱次の連絡先知ってる?」
「連絡先…?知っているけど…」
「教えてくれない?…私にちょっと、考えがあるの」
「考え…?」
「ええ…。できればあいつの手なんて、借りたくないんだけど…」

花蓮ちゃんは、苦々しく呟くと一気にコーヒーを飲み干した。


百万回の愛してるを君に