「貴方のこと、信じます…」
「先輩…、」
「辞めてください。僕は貴方の先輩じゃないんだから…。でも、もうキノって呼ぶのも変ですね…僕の名前知ってしまったんだし」

次の日。
また会社が終わってから、ミムラさん…十年後の朔夜君は僕に電話をかけてくれた。
散々悩んだ僕の出した答えは、ミムラさんを信じることだった。

ミムラさんであろうと、朔夜君であろうと、僕は彼らが本当に好きだし、信じたいって思ったから。騙されても、また泣いたとしても、信じていたいって思ったから。

あの時の電話で、僕は死ぬことをやめたのだから、死ぬのをやめさせてくれたミムラさんなら騙されてもいいと思った。
それから、僕は時間トリップの本を読み漁った。
こうして、未来の朔夜君との干渉で僕の未来は変わったりしないだろうか?
タイムスリップものをよんで、一番に感じたことはそれだった。


「飛鳥、って呼んでください」
「飛鳥…?」
「だって、僕は飛鳥だけど、貴方の時間軸の飛鳥先輩、ではないから。年齢も年下ですし。対等、でいたいんです。なんでも話した貴方とは…、その、信頼、してるし」

だから、飛鳥って呼んでほしい。
今更、敬語とか使わないでほしい。
僕は彼が知っている僕であって、彼の知らない僕なんだから。

「飛鳥、な…」
「今まで、十年間、僕は貴方に合わなかったんですか」
「ああ。別れて、卒業式にちょっと話して、それっきり…飛鳥先輩…、ああ、飛鳥じゃなくて。俺の時間軸?の」
「ややこしいですね」
「ああ。まぁ俺の時間軸の飛鳥には会えなかった」

そうか…。結局、僕らは別れたまま、なのか。
そういえば…。
ミムラさんは、高校時代、別れた恋人が忘れられずに今もフリーだと言っていた。

「僕の、せい…?」
「ん…?」
「ミムラさん…十年後の朔夜君が今、誰とも付き合っていないのって、誰とも本気になれないのって、高校時代付き合っていた、僕のせい?それとも、僕の後に付き合っている彼のせい…」

僕のせいだったらいいな…なんて、思う。
現在の僕の時代の朔夜くんには、可愛い恋人がいて、そんなわけないとわかっているのに。
しかし、未来の朔夜君は、

「そうだよ」
といってくれた。

「俺は…俺には、飛鳥先輩だけだったから…」
「でも、僕は平凡で…普通な地味な奴だよ…?朔夜と今いる子の方が…」
「そんなこと考えていたのか?」

ちょっといらだった声。
だって…、今朔夜と一緒にいるあの子は凄く可愛い。お似合いっていうくらい。
彼なんかと別れればショックで他とはしばらく付き合えないだろうな、とは思うけど。
僕とは…。僕なんかと別れたって、朔夜君は…。

「俺は傍にいられるだけで良かったんだ。飛鳥…先輩の…」

傍にいられるだけで良かった。
朔夜君も、そう思ってくれていた…?今、僕の時間の朔夜君も。


「どうして、好きになったの?」

今まで、恥ずかしくて、聞いたことなかった問い。
未来朔夜君は、気恥ずかしいのか、あーと言葉を濁し、あのな…、と言葉を続ける。


「最初は、図書カードだった。どんなにマニアックな本でも、読んでいる先輩が気になって。それとともに綺麗な字で目を惹いて。
最初は好きな本を語り合う同志が欲しかったのかもしれない。対等な関係でいられる同士が欲しかったのかも」
「変な目?」
「期待とか、羨望とか、そういうの…。疲れていたんだよ、俺そういう目でみられるの。期待とかされんの。俺は大層な人間じゃないっつうのにさ…」
「でも、僕は…」

僕だって、彼を羨望の眼差しで見つめていた。
彼を他の人と同じように見ていた。

「でも、先輩は、欲しがらなかった。恋焦がれた瞳で見ているだけだった。俺がどんなに近づいても、その気持ちをずっと隠していた…ひたむきに恋しているのに…俺に告げない。その姿がいじらしかった」
「…僕の気持ち…知っていたの…?告白する前から…」
「うん。人の気持ちには敏感だからね。俺。」

だから、先輩が告白しないなら俺から告白しようと思った。俺だけのものにしようと思った。
電話口の朔夜君はクスクス、と笑いながら言う。

「可笑しいな。同じ飛鳥≠フ話をしているのに、飛鳥は飛鳥であって俺の知っている飛鳥先輩じゃないなんて」
「…うん、」

今はなしている人は、朔夜君。僕が好きな、富山朔夜君。
でも、十年後、なんだ。

あくまで、僕の知っている朔夜君じゃないんだ。
別人、なんだ。



「なぁ、飛鳥。」
「ん?」
「俺は、先輩が好きだったよ」
「うん…」

僕も、好きだった。
今でも、好きだ。

「でも、今のお前にも惚れている。お前が愛おしいんだ」
「朔夜君、」
「朔夜だ」
「朔夜…?」
「対等なんだろ。
だから、飛鳥も朔夜って呼んでほしい。俺も、飛鳥と対等の関係でいたい」
「朔夜…」

朔夜も、僕と対等でいたいと感じてくれているの?
こんな…こんな僕なのに…。

こんな僕を好きでいてくれるの?

「飛鳥…俺は…」
「僕も、好き」

好き、だ。

「朔夜君も…朔夜も…好き。未来の貴方も、好きになり始めてる…」

富山朔夜が好き、だ。
でも…。

「でも、僕たちは…違う時間を生きているんだよ。好き、だなんて、愛しているなんて虚しくない?思いは通じないのに」

そう、どんなに思い合っていても、僕らの思いは通じない。
ただの、電話だけの、声だけの関係なんだ。
この思いは届かない。触れ合うこともない。


「僕は欲しいよ。温もりも、心も体も。寂しいよ」

一人は嫌だ。
だから、恋人ならば、抱きしめてほしい。
好きだと、顔をみていってほしい。

でも、僕らはそれすらも、出来ない。
あうことすら、できない。
同じ時間を過ごすこともない。


「出来るなら、朔夜に抱きしめて…欲しかった」

どうして、電話している朔夜が、今ここにいないんだろう。

「朔夜と、恋がしたかった…」

どうして、僕たちは、こんなにすれ違っているんだろう。





僕らはもやもやとしたものを抱えながら、それでも毎日電話をし、お互いの事を話す。
電話。
それしか、二人を結ぶものは、なかったから…。


「なぁ、飛鳥。俺、お前に会いたい…会って、謝りたい…」
「え…」
「今まで辛かったって言ってただろ、ミムラさんがいてくれて良かったって。
でも、悪いのは俺、だろ。俺が全ての原因なんだろ。だから、謝りたいんだ。謝って済む問題じゃないけど…。俺が、謝りたいんだ」
「そんな…」
「ごめん…昔のお前にこんなこと言って…」
「いいえ…」

僕が木下飛鳥だとわかってから、ミムラさん、いや、朔夜はしきりに謝ってくる。
でも、僕は僕であって、朔夜の時間の僕ではない。

十年後の僕に言わないと、朔夜は仲直りできないしよりも戻せないのだ。


しかし、どうして、僕らはこうして電話しあえるんだろうか。
あれから検証した結果、電話は朔夜から、しかも僕が自宅にいるときしか通じないらしい。

僕と会った事により、朔夜と僕との未来のタイムパラドックスは可笑しくなったりしないのだろうか。
あまりに今がファンタジーで非科学過ぎて、よくわからない。
僕が頭でっかちすぎるのだろうか。


あれから、朔夜は度々僕と十年経ったら会おう、と強請ってきた。
もちろん僕も会いたい。

僕は十年先も朔夜を愛している自身はあったし、十年くらいの約束なら、なんとか覚えていられる、と思っていた。
でも、何度も会う日を決めるものの、結局、僕たちは合えなかったらしい。
電話報告は、いつもしょんぼりとした、朔夜の声だった。


「仕方ない…のかな…、」

僕たちは、別れてしまう運命だったんだろうか。
赤い運命の糸なんて、ないのかな。


学校に行けば、僕の時間の朔夜が相変わらず、新しくできた恋人といちゃいちゃしていた。

胸は痛むけど…、でも、もう暗く考えない。
僕には、もう一人の未来の朔夜がいてくれるから。
十年経っても、愛しているといってくれる、彼がいるから。

今は僕を見てくれなくても、どんなにつらくてもがんばれた。
他でもない、朔夜がいてくれるから。








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百万回の愛してるを君に