間違い電話


今日も家で部屋の中、一人カッターの刃を右手に持ちながら、手持無沙汰にこれからを考えていた…その時でした。

ピピピピと携帯電話が鳴ったのは。

「―だれ?」

こんな時に誰でしょう。自慢じゃないですが、僕は友達があまりいません。
唯一、こうして電話をくれるのが朔夜君くらいでした。
まさか彼がかけてくれた…?

少しの期待と不安を抱きながら、僕は携帯を覗くとそこには見知らぬ番号。
それは、彼のものではありませんでした。
途端、胸に溢れるのは、がっかりとした落胆です。

でも…気が付けば僕は、その電話の通話ボタンを押していました。
今、この状況で一人でいたら…負の感情に捕らわれてしまう、そう無意識のうちに思ったのかもしれません。
誰かの声がききたかったのかもしれません。


「もしもし…」
「もしもし…琢磨か?いつまで待たせんだよ、ったく…」

電話に出ると、携帯電話からは低い落ち着いた大人の声。
彼に似た…でも彼よりも少し低い、声。

その似た声色に、つい言葉が失ってしまいます。

「朔夜くん…」
「あ…?」
「あ…あの…」

ついつい、彼の名前を呼んでしまった僕。
電話先の人は、怪訝な様子。え…?と、僕の言葉を聞き返しました。


「琢磨…?声…ちがくね?」
「あ、あの…ごめん…なさい…。知り合いに似ていたものでしたので…、」
「知りあい…え…、琢磨じゃ…あ…、」


そこで、電話先の人は間違いに気付いたのか、あちゃー、と零しました。

間違い電話。

どうやら、電話先の彼は、間違えて僕に電話をしてしまったようです。
琢磨さんと言う人と間違えて。
偶然僕の携帯にかけてしまったらしいのです。


「すいません、僕、琢磨さんじゃありません…」
「いや、俺こそすまな…、すいません。間違い電話とか…うわ…恥ずかしい…すいません、」

電話口の彼はしきりに謝り、じゃあ…と電話を切ろうとしました。






「待って」
「え、」
「切らないで」
「へ…?」
「お願いだから、きらないで」

切らないでほしい。
いきなり間違い電話の相手に何言っているんだ、と思う。
だけど、彼に電話を切ってほしくなかった。


朔夜君と似た声だから。同じじゃないけど、似ているその声をずっと聞いていたいから。
もう朔夜くんの声は聞けないのだから。


「でも…」
「あの…貴方の声を安心するから…だから…」

無茶な願い。可笑しすぎる不審なお願い。

電話先の彼は何かを逡巡し、一瞬黙りましたが…

「なにか…あったのか…?」

僕の必死の物言いに何か感じ取ったのか、何かを窺うようにそう尋ねました。


「僕…あの…」

言ってもいいものでしょうか。
男がレイプされたなんて…。それで彼と別れて、制裁を受けて死のうとしていた、なんて。

情けないと思われないでしょうか。
しかも…間違い電話の相手に…。

「僕…」
「ああ…、言いづらいのか。でも引き留めるくらいだ。なにかいいたかったんだろ。聞いてやるよ。間違えて電話したお詫びに。これも何かの縁だろ」
「あ、あの…僕…」

聞いてくれる。僕の話を聞いてくれる。
ただ、それだけの事なのに…。
嬉しい。

朔夜君にも、聞いてもらえなかったから。それに、電話なら相手の目が見えません。
相手がどんな顔しているか、わからないのです。
同情された目で見られることもなければ、さけずまれることもないのです。

「あの・・・っ僕」
しゃべろうとした瞬間、今まで溜めていたものが一気に出てくるかのように、色々な感情が溢れました。
しかし、それは上手く言葉に出来ません。

上手く喋れず焦り、しゃくりを上げる僕に、

「ゆっくりでいい。俺で良かったら聞いてやるから。間違い電話の相手を引き留めるくらいだ。よっぽど、思いつめていたんだろ?」

彼は優しくそういってくれました。

「はい…僕…」
「ちゃんと聞いてやるから…な?」
「あ…、」

ちゃんと聞きますから、ゆっくり、先輩のペースで話してください。
よく彼が言っていた言葉。
僕にくれた、言葉。

もう、けして言ってくれない言葉。


僕は嗚咽を交えながら、僕が今まであったことを見知らぬ彼に話していました。
何度も何度もつっかかりながら。それでも彼は聞いてくれました。

「僕は・・・」
「そうか」

彼は僕の話を聞いてくれて、最後には、よく自殺を想い留めたな…偉いぞ、っといってくれました。
初めての…間違い電話の相手にも関わらず。


「あの…ありがとうございました…」
「いや…俺は聞くだけしか…」
「いえ…誰にも喋れなかったから、凄く楽になりました」

ほんの少し。本当に少しだけれど。
話せたことにより、少し気分が浮上しました。


「役に立てたならよかった」

ほっとした、彼の物言い。

「あんまり根詰めるなよ」
「はい…、」
「無理するな…」
「はい…」

優しいその声色に、今まで堪えていた涙が毀れました。
例えそれが同情だったとしても、憐みだったとしても。

僕にとって、電話先の彼の言葉はずたずただった僕の心を少し軽くしてくれたのです。
その彼≠ヘ。







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