体育祭以降、轟は週末になると母親のお見舞いに訪れるようになっていた。
学校であったこと、友だちのこと――口下手な轟なりに自分のことを話していた。母親の表情も最初の頃と比べると柔らかく、豊かになっているように感じる。
母親との面会が終わった後、轟は病院の中庭へと足を進める。莉緒に中庭のことを教えてもらってからは、帰る前にここに寄るのが恒例になっていた。
中庭に莉緒がいないか、会えないか――心のどこかで轟はそう思っていた。さすがに病室までは探しに行けなかった。
「よし! じょうろ隊、出動を願います!」
「「「はーい!」」」
木々の間の遊歩道を歩いていると、ひと際大きいメインの花壇から声が聞こえた。白い花が咲き乱れ、甘い香りが漂っている。
レンガの影になっておりすぐには気付けなかったが、そこにはしゃがんで子どもたちと話をしている莉緒の姿があった。そばにはいくつかの鉢があり、その中に咲く花に子どもたちが水やりをしている。近くにはそれを見守る看護師の姿もあった。
「……望月?」
「轟くん? 来てたんだ!」
轟が声をかけると、莉緒は笑みを浮かべながら答える。彼女の手には軍手がしてあり、土で汚れていた。
「何してんだ?」
「株分け! 本当はもっと早くにしたかったんだけど、体育祭とかで忙しくて……」
轟がよく分かっていない顔をすると、莉緒が説明をし始めた。
植物は大きくなりすぎると栄養分が全体に行き渡らなかったり、繁りすぎて隠れた葉が十分に光合成を行えなかったりする。そのため株分けをして植え替え、植物を増やしながら株もリフレッシュさせるらしい。
「轟くんもする?」
莉緒がまだ何も植えられていない鉢を指さす。轟が頷くと、莉緒が余っていた軍手を渡してきた。
説明を受けながら花壇から花を抜いて土を落とし、根っこから株を2〜3に分ける。鉢に株分けした花を置き土を加える。
「良太くん、水やりしてもらっていい?」
「うん!」
“良太”と呼ばれた4、5歳くらいの男の子が子ども用のぞうさんじょうろで轟の鉢にたっぷりと水をやる。
「あれ? この間の莉緒ちゃんの彼氏だ!」
轟の顔を間近で見た良太が驚いたような声を上げた。
この間――そう言われて轟は考え込み、そして思い出した。
轟が初めて母親のお見舞いに来た時、莉緒と話をしたこの中庭で彼女に駆け寄ってきた子どもたちがいた。その中に良太の姿があったのだ。
「待って、待って! 彼氏じゃなくてクラスメイトだから!」
莉緒が顔を赤くさせながら良太に訂正をしている。
「クラスメイトって何?」
「お友だちってことだよ」
良太は納得したのか「ふ〜ん」と呟いて、莉緒の鉢にも水やりをする。轟が株分けを続けていると、莉緒は他の子どもたちに呼ばれて近くの立水栓に行ってしまった。
その後ろ姿を見つめ、轟はこれまでの莉緒との出来事を思い返す。
戦闘訓練で対戦した時は推薦入学である轟を圧倒するほどの力を見せつけられた。
耳郎とほとんど変わらない小柄な体格だが、その強さからライバルだと認識していた。しかし、USJで意識を失った莉緒を抱き上げた際、その軽さに驚いた。女性の体重など知らないし轟自身も鍛えているからそう思ったのかもしれないが、それでも『普通の女の子』なんだと思ったのは事実だ。
体育祭で莉緒や緑谷と対戦し視野が広がったが、まさかこうやって休日を一緒に過ごすようになるとは予想していなかった。
「ねぇ、お兄ちゃんのお名前は?」
考え込んでいた轟の意識は良太の声で引き戻される。
「……轟焦凍だ」
「とろろきしょーと? しょーとお兄ちゃんだ!」
若干間違えているが、嬉しそうに「しょーとお兄ちゃん!」と何度も呼ぶ良太に苦笑を浮かべた。
「しょーとお兄ちゃんは、莉緒ちゃんのことが好きなの?」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
莉緒には感謝しているが、『好き』とは何なのか――お互いの過去は知っているが、それでも『莉緒自身』を知るのも『轟自身』を知ってもらうのも、まだまだ時間が足りない気がする。
轟が言葉に詰まっていると、良太が「僕はね、莉緒ちゃんが大好きなんだ!」と笑顔で言った。
「僕、もう長く病院にいるんだけど、ママとパパは忙しいみたいで会いに来てくれなくて……でも、莉緒ちゃんは会いに来てくれるし、いっぱい遊んでくれるんだ!」
良太は莉緒と普段どういう遊びをしているのか嬉しそうに話し始める。
轟が初めて中庭に来た時、莉緒は「よく病院に来ている」と言っていたし、子どもたちだけではなく他の患者とも顔なじみのようだった。
10年以上もの間、莉緒は何回病院に訪れ、どのくらいの時間を過ごしてきたのだろうか――轟が目を背けてきた間、彼女は応えてくれない両親にどれだけ向き合って来たのだろうか。
子どもたちと一緒に立水栓でじょうろに水を入れている莉緒に視線を送る。その横顔は楽しそうに微笑んでおり、苦しさや寂しさを感じさせることはない。でもきっと、轟の知らないところではそういった表情もしているのだろう。
彼女を支えるのは自分でありたい――そんな感情が湧き上がった。
轟の視線に気付いたのか、莉緒がこちらに向かって手を振ってくる。その笑顔を見て胸が締めつけられた。
「……そうだな、俺も望月のことが好きだ」
轟は「友だちだからな」と付け加える。何故か『好き』と言う言葉が胸にストンと落ちてきて首を傾げた。そんな轟には気付かずに良太は嬉しそうにしている。
「二人で何を話してたの?」
手にじょうろを持ち、他の子どもたちと一緒に莉緒が戻ってきた。良太は「僕としょーとお兄ちゃんだけの秘密!」と悪戯な笑みを浮かべており、莉緒は不思議そうな表情をしていた。
「この鉢にお水をあげたら、今日はもうお終いにしよっか」
「えー、僕もっとやりたい!」
「私もー!!」
「続きはまた今度。もうすぐ他の看護師さんが迎えに来るから、片付けと手洗いをして準備しようね」
子どもだちが駄々をこねて抗議をしていると、遊歩道から現れた看護師が「皆、帰るよー」と声をかけて来た。
「莉緒ちゃん、いつも子どもたちと遊んでくれてありがとね。それに、莉緒ちゃんがいつも手入れを手伝ってくれてるこの花壇、患者さんたちからも評判が良いのよ〜」
看護師は子どもたちに片付けを促した後、莉緒にそう言った。
「ふふ、良かった。私には怪我や病気を治すことはできないけど、皆がこのお花を見て元気になってくれたら嬉しいなぁ」
にこやかな笑顔で話す莉緒を、轟は眩しそうに見つめていた。
一緒に片付けをした後、莉緒と離れたくないと残念がりつつも子どもたちは病室へ戻った。良太は轟にも手を振ってくれたので、振り返すと満足そうな笑みで帰って行った。
「轟くん。良かったらこのお花、お母さんに」
莉緒が差し出したのはさっきまで株分けをしていた白い花の束だった。根は切り落とされ、茎は綺麗に洗われている。
「根のままの方が長持ちするんだけど、縁起が悪いって言われてるし……花の色は白いけど、真っ白ではないから大丈夫だと思います……うん」
お見舞いで花を贈る際のマナーを気にしているようで、莉緒は不安そうな表情をしている。轟は気にしたことがないため、お礼を言ってその花束を受け取った。
「そのまま渡すのもあれだし、何か包むもの探してくるよ」
「いや、このままでいい……甘くて良い匂いだな」
「ふふ、私が一番好きなお花なの。轟くんも気に入ってくれて良かった。ハーブだから好き嫌いあるかなって心配だったんだ。お母さんも気に入ってくれると嬉しいな」
そう言って笑う莉緒は、この白い花のように可憐だった。
「……望月は何でこの花が好きなんだ?」
「このお花はね、踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つお花なの。それに――」
「あれ、夏雄来てたの?」
「夏くんは今日は来てないわよ?」
娘である冬美の視線の先に気付いた冷は、「ふふ」と笑い声を漏らす。
「あれはね、焦凍がくれたのよ」
窓際にある花瓶。黄色い花芯に白い花が咲きこぼれ、甘くて柔らかい香りを放つ可憐な花が生けてあった。
「え!? 焦凍が花!?」
「そうなの。病院の中庭でお友だちに貰ったんですって」
「中庭で友だち……?」
「最近、焦凍の話の中でよく出て来る子たちがいるの。クラスメイトの緑谷くんと望月さん。望月さんはここに入院している人に会いに、頻繁に通ってるらしいのよ」
「え、じゃあ、その『望月さん』って子から貰ったってこと?」
「ええ」
冷は焦凍に友だちがいることが嬉しくて笑顔で冬美に話している。冬美の方はそんなに親しい友だち――それも女の子がいるとは思っていなかったようで驚いていた。
「焦凍にそんな子がいるなんて……会わせてくれてもいいのに」
「もしかしたら、冬美は病院ですれ違ったりしてるのかもしれないわね」
「帰ったら焦凍に聞かなきゃ!」
「ふふ、あまり焦凍を質問攻めにしないであげてね?」
冷は花瓶に生けてある花に視線を送る。そして、焦凍の語る『望月さん』に思いを馳せた。それは冬美も同じだった。
「望月さんってどんな子なのかな?」
「凄く大切なお友だちみたい。望月さんのことを話す焦凍ったら、とっても穏やかな顔をしてるんだもの。それにこうやって病院に来てくれるようになったのも、彼女や緑谷くんのおかげみたい。私も会ってみたいわ」
その話を聞いた冬美はますます『望月さん』に興味を抱いたようだ。焦凍が姉から根掘り葉掘り尋ねられる様を想像して冷は面白そうに笑った。
「そう言えば、この花ってカモミール?」
「ええ、そう言っていたわ。それに焦凍が花言葉も教えてくれたのよ」
「焦凍が花言葉……イメージつかないわ」
冬美ほどではないが、冷も焦凍が花を持ってきたことには驚いた。それだけではなく、花言葉まで――『望月さん』に聞いたということは想像に容易いが、焦凍のその変化を嬉しく思った。
「とっても素敵な花言葉なの。中庭にはたくさんカモミールが咲いてるんですって」
「私も今度、中庭に行ってみようかな。どんな花言葉だったの?」
「それはね――」
――『逆境に耐える力』、『苦難の中の力』、『あなたを癒します』
学校であったこと、友だちのこと――口下手な轟なりに自分のことを話していた。母親の表情も最初の頃と比べると柔らかく、豊かになっているように感じる。
母親との面会が終わった後、轟は病院の中庭へと足を進める。莉緒に中庭のことを教えてもらってからは、帰る前にここに寄るのが恒例になっていた。
中庭に莉緒がいないか、会えないか――心のどこかで轟はそう思っていた。さすがに病室までは探しに行けなかった。
「よし! じょうろ隊、出動を願います!」
「「「はーい!」」」
木々の間の遊歩道を歩いていると、ひと際大きいメインの花壇から声が聞こえた。白い花が咲き乱れ、甘い香りが漂っている。
レンガの影になっておりすぐには気付けなかったが、そこにはしゃがんで子どもたちと話をしている莉緒の姿があった。そばにはいくつかの鉢があり、その中に咲く花に子どもたちが水やりをしている。近くにはそれを見守る看護師の姿もあった。
「……望月?」
「轟くん? 来てたんだ!」
轟が声をかけると、莉緒は笑みを浮かべながら答える。彼女の手には軍手がしてあり、土で汚れていた。
「何してんだ?」
「株分け! 本当はもっと早くにしたかったんだけど、体育祭とかで忙しくて……」
轟がよく分かっていない顔をすると、莉緒が説明をし始めた。
植物は大きくなりすぎると栄養分が全体に行き渡らなかったり、繁りすぎて隠れた葉が十分に光合成を行えなかったりする。そのため株分けをして植え替え、植物を増やしながら株もリフレッシュさせるらしい。
「轟くんもする?」
莉緒がまだ何も植えられていない鉢を指さす。轟が頷くと、莉緒が余っていた軍手を渡してきた。
説明を受けながら花壇から花を抜いて土を落とし、根っこから株を2〜3に分ける。鉢に株分けした花を置き土を加える。
「良太くん、水やりしてもらっていい?」
「うん!」
“良太”と呼ばれた4、5歳くらいの男の子が子ども用のぞうさんじょうろで轟の鉢にたっぷりと水をやる。
「あれ? この間の莉緒ちゃんの彼氏だ!」
轟の顔を間近で見た良太が驚いたような声を上げた。
この間――そう言われて轟は考え込み、そして思い出した。
轟が初めて母親のお見舞いに来た時、莉緒と話をしたこの中庭で彼女に駆け寄ってきた子どもたちがいた。その中に良太の姿があったのだ。
「待って、待って! 彼氏じゃなくてクラスメイトだから!」
莉緒が顔を赤くさせながら良太に訂正をしている。
「クラスメイトって何?」
「お友だちってことだよ」
良太は納得したのか「ふ〜ん」と呟いて、莉緒の鉢にも水やりをする。轟が株分けを続けていると、莉緒は他の子どもたちに呼ばれて近くの立水栓に行ってしまった。
その後ろ姿を見つめ、轟はこれまでの莉緒との出来事を思い返す。
戦闘訓練で対戦した時は推薦入学である轟を圧倒するほどの力を見せつけられた。
耳郎とほとんど変わらない小柄な体格だが、その強さからライバルだと認識していた。しかし、USJで意識を失った莉緒を抱き上げた際、その軽さに驚いた。女性の体重など知らないし轟自身も鍛えているからそう思ったのかもしれないが、それでも『普通の女の子』なんだと思ったのは事実だ。
体育祭で莉緒や緑谷と対戦し視野が広がったが、まさかこうやって休日を一緒に過ごすようになるとは予想していなかった。
「ねぇ、お兄ちゃんのお名前は?」
考え込んでいた轟の意識は良太の声で引き戻される。
「……轟焦凍だ」
「とろろきしょーと? しょーとお兄ちゃんだ!」
若干間違えているが、嬉しそうに「しょーとお兄ちゃん!」と何度も呼ぶ良太に苦笑を浮かべた。
「しょーとお兄ちゃんは、莉緒ちゃんのことが好きなの?」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
莉緒には感謝しているが、『好き』とは何なのか――お互いの過去は知っているが、それでも『莉緒自身』を知るのも『轟自身』を知ってもらうのも、まだまだ時間が足りない気がする。
轟が言葉に詰まっていると、良太が「僕はね、莉緒ちゃんが大好きなんだ!」と笑顔で言った。
「僕、もう長く病院にいるんだけど、ママとパパは忙しいみたいで会いに来てくれなくて……でも、莉緒ちゃんは会いに来てくれるし、いっぱい遊んでくれるんだ!」
良太は莉緒と普段どういう遊びをしているのか嬉しそうに話し始める。
轟が初めて中庭に来た時、莉緒は「よく病院に来ている」と言っていたし、子どもたちだけではなく他の患者とも顔なじみのようだった。
10年以上もの間、莉緒は何回病院に訪れ、どのくらいの時間を過ごしてきたのだろうか――轟が目を背けてきた間、彼女は応えてくれない両親にどれだけ向き合って来たのだろうか。
子どもたちと一緒に立水栓でじょうろに水を入れている莉緒に視線を送る。その横顔は楽しそうに微笑んでおり、苦しさや寂しさを感じさせることはない。でもきっと、轟の知らないところではそういった表情もしているのだろう。
彼女を支えるのは自分でありたい――そんな感情が湧き上がった。
轟の視線に気付いたのか、莉緒がこちらに向かって手を振ってくる。その笑顔を見て胸が締めつけられた。
「……そうだな、俺も望月のことが好きだ」
轟は「友だちだからな」と付け加える。何故か『好き』と言う言葉が胸にストンと落ちてきて首を傾げた。そんな轟には気付かずに良太は嬉しそうにしている。
「二人で何を話してたの?」
手にじょうろを持ち、他の子どもたちと一緒に莉緒が戻ってきた。良太は「僕としょーとお兄ちゃんだけの秘密!」と悪戯な笑みを浮かべており、莉緒は不思議そうな表情をしていた。
「この鉢にお水をあげたら、今日はもうお終いにしよっか」
「えー、僕もっとやりたい!」
「私もー!!」
「続きはまた今度。もうすぐ他の看護師さんが迎えに来るから、片付けと手洗いをして準備しようね」
子どもだちが駄々をこねて抗議をしていると、遊歩道から現れた看護師が「皆、帰るよー」と声をかけて来た。
「莉緒ちゃん、いつも子どもたちと遊んでくれてありがとね。それに、莉緒ちゃんがいつも手入れを手伝ってくれてるこの花壇、患者さんたちからも評判が良いのよ〜」
看護師は子どもたちに片付けを促した後、莉緒にそう言った。
「ふふ、良かった。私には怪我や病気を治すことはできないけど、皆がこのお花を見て元気になってくれたら嬉しいなぁ」
にこやかな笑顔で話す莉緒を、轟は眩しそうに見つめていた。
一緒に片付けをした後、莉緒と離れたくないと残念がりつつも子どもたちは病室へ戻った。良太は轟にも手を振ってくれたので、振り返すと満足そうな笑みで帰って行った。
「轟くん。良かったらこのお花、お母さんに」
莉緒が差し出したのはさっきまで株分けをしていた白い花の束だった。根は切り落とされ、茎は綺麗に洗われている。
「根のままの方が長持ちするんだけど、縁起が悪いって言われてるし……花の色は白いけど、真っ白ではないから大丈夫だと思います……うん」
お見舞いで花を贈る際のマナーを気にしているようで、莉緒は不安そうな表情をしている。轟は気にしたことがないため、お礼を言ってその花束を受け取った。
「そのまま渡すのもあれだし、何か包むもの探してくるよ」
「いや、このままでいい……甘くて良い匂いだな」
「ふふ、私が一番好きなお花なの。轟くんも気に入ってくれて良かった。ハーブだから好き嫌いあるかなって心配だったんだ。お母さんも気に入ってくれると嬉しいな」
そう言って笑う莉緒は、この白い花のように可憐だった。
「……望月は何でこの花が好きなんだ?」
「このお花はね、踏まれれば踏まれるほど丈夫に育つお花なの。それに――」
「あれ、夏雄来てたの?」
「夏くんは今日は来てないわよ?」
娘である冬美の視線の先に気付いた冷は、「ふふ」と笑い声を漏らす。
「あれはね、焦凍がくれたのよ」
窓際にある花瓶。黄色い花芯に白い花が咲きこぼれ、甘くて柔らかい香りを放つ可憐な花が生けてあった。
「え!? 焦凍が花!?」
「そうなの。病院の中庭でお友だちに貰ったんですって」
「中庭で友だち……?」
「最近、焦凍の話の中でよく出て来る子たちがいるの。クラスメイトの緑谷くんと望月さん。望月さんはここに入院している人に会いに、頻繁に通ってるらしいのよ」
「え、じゃあ、その『望月さん』って子から貰ったってこと?」
「ええ」
冷は焦凍に友だちがいることが嬉しくて笑顔で冬美に話している。冬美の方はそんなに親しい友だち――それも女の子がいるとは思っていなかったようで驚いていた。
「焦凍にそんな子がいるなんて……会わせてくれてもいいのに」
「もしかしたら、冬美は病院ですれ違ったりしてるのかもしれないわね」
「帰ったら焦凍に聞かなきゃ!」
「ふふ、あまり焦凍を質問攻めにしないであげてね?」
冷は花瓶に生けてある花に視線を送る。そして、焦凍の語る『望月さん』に思いを馳せた。それは冬美も同じだった。
「望月さんってどんな子なのかな?」
「凄く大切なお友だちみたい。望月さんのことを話す焦凍ったら、とっても穏やかな顔をしてるんだもの。それにこうやって病院に来てくれるようになったのも、彼女や緑谷くんのおかげみたい。私も会ってみたいわ」
その話を聞いた冬美はますます『望月さん』に興味を抱いたようだ。焦凍が姉から根掘り葉掘り尋ねられる様を想像して冷は面白そうに笑った。
「そう言えば、この花ってカモミール?」
「ええ、そう言っていたわ。それに焦凍が花言葉も教えてくれたのよ」
「焦凍が花言葉……イメージつかないわ」
冬美ほどではないが、冷も焦凍が花を持ってきたことには驚いた。それだけではなく、花言葉まで――『望月さん』に聞いたということは想像に容易いが、焦凍のその変化を嬉しく思った。
「とっても素敵な花言葉なの。中庭にはたくさんカモミールが咲いてるんですって」
「私も今度、中庭に行ってみようかな。どんな花言葉だったの?」
「それはね――」
――『逆境に耐える力』、『苦難の中の力』、『あなたを癒します』