ある日の昼休み――。
午前の受け持ちの授業が終わった相澤は、職員室でいつものように食事を取っていた。と言っても、その手にあるのはゼリー飲料だ。
合理性を重視する彼は、時間の無駄を何よりも嫌う。そして食事時間までも合理性を求めた結果、ゼリー飲料で済ませるようになっていた。片手が空くため作業もできるし、短い時間で食事が終わる。実に合理的だ。
「相澤先生。今、いいですか?」
「……望月」
そんな相澤の元を訪れたのは、彼が担任を務める1年A組の生徒――望月莉緒。
個性:ペルソナ
彼女は召喚した天使や悪魔のスキルを使って戦う。“個性”がありふれた社会の中でも稀有な能力の持ち主だ。
「どうした?」
もうすぐ期末テストがあるため、授業の質問でもしに来たのか――そう思った相澤だったが、莉緒の手には小さいトートバッグがあるだけで教科書等の姿はどこにもない。
「先生にお弁当を作って来ました。一緒に食べませんか?」
「……」
予想外の言葉に、思わず眉間にしわが寄る。
「ふふ。やっぱりゼリー飲料だけで済ませてる」
「……望月、悪いが俺に弁当は必要ない。これだけで大丈夫だ」
「たまになら良いですけど、長期的にゼリー飲料だけだとタンパク質や必須脂肪酸が欠乏してしまいますよ? ヒーローは体が資本です。食事をするなら、ちゃんと栄養のあるものを摂った方が“合理的”ですよね?」
相澤の口癖である言葉をわざと使い、にこやかな笑顔で教師を言いくるめようとしている。ヒーロー科に在籍している以上、負けず嫌いな性格とは予想していたが、思った以上にしたたかなようだ。どうやって断るか――相澤は頭を悩ませた。
「よォ、イレイザー! せっかくリスナーが作ってくれてんだから、大人しく食べてやれよ!」
「……マイク」
先ほどまではいなかったのに、いつの間にかプレゼントマイクが職員室に戻って来ていた。相澤と莉緒のやり取りを見ていたのか、彼女の肩を持つような発言をしている。
「ほら、マイク先生もこう言ってますよ」
「YEAHHHH! 良いじゃねーか。女子高生の手作り弁当とか羨ましいぜ!」
「……」
「マイク先生、もう一声!」
「あ〜、あ〜、エヴィバディセイ――」
「わかった。わかったから、マイクを煽るのは止めろ、望月」
二人のタッグに負けた相澤は莉緒を連れて仮眠室まで移動すると、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。
相澤は疲れたような表情をしているが、彼にそんな顔をさせている莉緒はにこにこと嬉しそうにしている。
「どうしてまた俺の分まで弁当を作ったんだ。面倒だろ」
「私はいつもお弁当だから二人分なんて手間じゃないです。それに――」
「なんだ?」
「先生は私の後見人だから……だから、元気でいてもらわないと困ります」
少し寂しそうな笑顔を浮かべ、そう言われた。
莉緒の両親は、彼女がまだ幼い頃に敵 被害に遭い、今も眠ったままだそうだ。育ててくれた祖母は雄英入学前に亡くなったと聞いている。
そんな彼女の未成年後見人になったのはつい先日のことだ。前々から検討されていたが、USJの時の出来事を鑑みて相澤が抜擢された。
莉緒は迷惑や負担をかけるのではないかと申し訳なさそうにしていたのだが――まさか、後見人になって早々にお灸をすえることになるとは思わなかった。
ちなみに軽傷だった彼女はすぐに退院したのだが、手続きも兼ねて迎えに行った際、平謝りを続けていた。
相澤がここ最近のことを思い返している間に、当の本人はテーブルの上にお弁当を広げ始めていた。弁当箱は二つあり、一回りほど小さいのが莉緒用のようだ。
受け取ったお弁当は雑穀ごはんや焼き鮭、かぼちゃの煮物、小松菜のおひたしなど和食を中心としており見た目の彩りも良い。
「普段からゼリー飲料だけみたいなので、胃に優しくて栄養のあるものにしてみました」
莉緒は相澤が食べるのを待っているようで、こちらに熱い視線を送っている。その視線を受けながら、おかずを一つ口に運ぶ。
「……うまい」
思わず、言葉が漏れた。
かぼちゃの煮物を食べたのだが、柔らかい食感と甘く優しい味わいが口いっぱいに広がる。
「良かった〜。おばあちゃんが和食好きだったから、ついその時と同じようなメニューにしちゃってお口に合うか心配だったんです」
どこか懐かしそうな、哀愁を含んだ笑み。相澤が食べたのを確認した莉緒は、自分のお弁当に箸をつける。
相澤は他の料理に箸を伸ばしながら彼女の様子を窺った。この急な行動は、その表情は何を意味するのだろうか。たた単に相澤の食生活が気になっただけなのか。それとも――
「……両親のことは覚えているのか?」
莉緒の体がピクッと動き、食事の手が止まる。しばらく視線を彷徨わせた後、相澤と目を合わせた。
「……正直、ほとんど覚えてないです。幼い頃の記憶なんて忘れてしまうものだし、事件があった日は4歳になったばかりだったので」
「頻繁に見舞いに行っていると校長から聞いたが?」
「最近は学業で精一杯なので減ってしまいましたけど、それ以前は週に2、3回は……。お風呂に入れるお手伝いをしたり、目が覚めた時のためにマッサージとかをしてるんです」
――『……親権がなくなっても、私が両親の子どもであることには変わりありません』
後見人の話を打診した際、莉緒はそう言い切っていた。
確かに家族ではあるのだが、両親の記憶もなく一緒に過ごした思い出もない。にもかかわらず、そう言わしめる所以は何なのか。何が彼女をそこまで突き動かすのか――相澤は疑問に思った。
「ふふ。先生、不思議そうな顔ですね」
「……いや、悪い」
そんなつもりはなかったのだが、顔に表れていたようだ。相澤はばつが悪そうに視線を逸らす。
「――私は、“家族”っていうものに強い憧れがあるんだと思います」
先ほどの表情から真意を悟ったのだろう。莉緒は相澤の知りたかったことを語り始める。
「おばあちゃんは一緒にいてくれたけど、やっぱり“お父さん”や“お母さん”って特別なんですね……時々、どうしようもなく寂しくなるんです」
それは、彼女の核心にふれる内容だった。
「両親のそばにいると温かい気持ちに包まれて、手を握れば愛されてたことが伝わってくる……まるで、私の居場所は“ここ”なんだよって教えてくれているみたい」
そう言葉を紡ぐ莉緒は、泣かないように懸命にこらえているように見える。
「私は“この世界”にいて良いんだって、必要とされてるんだって……望まれて生まれて来たんだって、そう思えるから。今はまだ、二人の笑顔を見ることはできないけど、でも私は――」
――それでもいいから、そばにいたい。
最後は、やっと聞こえるくらいの小さな声だった。相澤は静かに目を閉じる。
――もう、充分だ。
記憶や思い出がなくても彼女は両親を愛し、共にあることに仕合わせを感じている。もう、充分に伝わってきた。
ゆっくりと目を開け、瞳に莉緒を映す。
「……そうか。変なことを聞いて悪かった」
「気にしてません。それに先生には私のことを知って欲しいと思ったので」
時折見せる、憂いを帯びた顔。それを晴らすのは相澤の役目ではない。相澤ができるのは、教師として彼女を導き、後見人として“保護者”として他の教師よりも彼女に気を配り守り抜くことだ。
でも――
「……ごちそうさん。うまかった、ありがとな」
「お粗末様でした」
料理に舌鼓を打った相澤がテーブルの上を片付けながら時計を見ると、昼休みが終わる十数分前になっていた。そろそろ職員室に戻った方が良いだろう――そう思っていた相澤に莉緒が声をかける。
「先生……また作って来ても良いですか?」
莉緒は怖ず怖ずとした様子で尋ねてきた。
「……ああ」
――でも、彼女の寂しさを少しだけ軽くさせることくらいなら……。
莉緒の頭にポンポンと優しく触れる。相澤は大きな子どもを持ったような、年の離れた妹を持ったような、そんな不思議な気持ちになっていた。
「ふふ。先生は頭を撫でるのが好きなんですね」
「いや、そんなことはないが……」
「え? でも前も撫でてくれましたよ?」
以前にも撫でたことがあるようだが、相澤の記憶にはなかったので無意識かもしれない。入学前から彼女の両親や祖母のことは聞き及んでいたので、目に留めていたのだろう。
撫でられるのが好きなのか、莉緒は嬉しそうに頬を緩めている。その様子を見ていると、仮眠室のドアが開いた。
「えっ、相澤くん!? それに望月少女も!」
「……オール――」
ガリガリに痩せ細った金髪の男性――オールマイトが立っており、相澤は名前を呼ぼうとして止めた。オールマイトのこの姿のことは公にはしていないからだ。
「あれ、先生?」
しかし相澤の心配を余所に、莉緒は顔馴染みのような反応だった。
「あー、望月少女もUSJ事件直後に保健室で休んでいたので、この姿のことを知っているんだ」
「それならそうと、教えといて下さいよ」
「すっかり忘れていたよ、ごめんよ相澤くん」
軽く謝罪され、相澤は頭を掻きながらため息を吐いた。
「先生方は皆さんご存じなんですか?」
「ああ、そうなんだ。気を遣わせてしまったね。それから、この姿のときは“八木”と呼んでくれ」
「八木さんですね、わかりました」
「すまないね。ところで君たちは何を? お邪魔だったかな?」
オールマイトの揶揄いを含んだ言葉に、相澤の表情は険しくなる。
「一緒にお昼ご飯を食べてたんです。相澤先生、いつもゼリー飲料なので。これからは私の“保護者”でもあるんだから目を光らせておかないと」
「ははは! これじゃ、どっちが“保護者”かわからないね!」
「最初は迷惑をかけないようにって思ってたんですけど、早々にお世話になってしまって……。なので、吹っ切ることにしました」
莉緒のその表情は、やる気に満ち溢れているように見える。
「……望月、あの時に説明したとは思うが、今まで通りで俺のことを気にする必要はない」
「ダメです。何かあった時は守ってくれるんですよね? だったら健康でいて下さい。もちろん、私もヒーローの卵なのでタダでやられる気はありませんけどね」
悪戯そうに笑う顔を見て、『まぁ、確かにタダではやられそうにないな』と相澤は思った。オールマイトはそれを見て、「さっそく尻に敷かれているようだね」と笑っている。
「あ! 今度、八木さんに訓練に付き合って欲しいのですが大丈夫ですか?」
「私で良いのかい? 活動可能時間があるからあまりお相手できないかもしれないが」
「大丈夫ですよ。八木さんはマッスル体型で立ってるだけで良いので」
「……何をするんだい?」
相澤が怪訝な顔をしていると、それはオールマイトも同じだったようで不思議そうに尋ねた。
「職場体験でエンデヴァーさんに古武術のことを聞いたんです。それを応用したら私でも先生を担げるかなって」
「担ぐ!? 望月少女が私を!?」
オールマイトの身長は200cmを超え、体重も250kg程度ある。小柄な莉緒がとても担げるようには思えない。
「はい。私の力だと要救助者を運ぶのも困難なので、筋力に頼らない古武術を使えればと思って」
「なるほど。話はわかったけど、君は君の分野で戦えば良いんじゃないか?」
「敵 を退けるだけでは守れない命もあります。今の私では、危険な場所や災害現場から避難させることはできませんから」
彼女は自分の弱点をよく理解している。近接戦闘を極めているのはフィジカルで劣る部分をカバーするためだ。
莉緒の体格を考えるとオールマイトのように一人ですべてをこなすのは難しいと思っていた。しかし、当の本人はそのすべてを可能にするつもりだったとは――少し侮っていたのかもしれない。
「オールマイトさん、俺からもお願いします」
「相澤くんまで……。わかった。訓練に付き合うのは構わないが、私が無理だと判断したら止めるからね?」
「はい! ありがとうございます!」
彼女がどこまで昇り詰めるのか、相澤は目が離せなくなりそうだった。
「望月、予鈴が鳴るから早く戻れ」
「はーい! 相澤先生、お弁当の約束忘れないで下さいね! 八木さん、日程についてはまた後ほど!」
莉緒はスカートを翻して教室へと戻って行く。その後ろ姿が見えなくなったところで、相澤は深く息を吐いた。
「相澤くんが後見人になると聞いた時は驚いたが、上手くやっていけそうじゃないか」
「……どうですかね」
「ははは、君も素直じゃないねえ」
――彼女が両親と一緒に過ごせるようになる時までは、俺が……。
職員室へと戻る相澤が優しい表情を浮かべていたことは、誰も知らない。
午前の受け持ちの授業が終わった相澤は、職員室でいつものように食事を取っていた。と言っても、その手にあるのはゼリー飲料だ。
合理性を重視する彼は、時間の無駄を何よりも嫌う。そして食事時間までも合理性を求めた結果、ゼリー飲料で済ませるようになっていた。片手が空くため作業もできるし、短い時間で食事が終わる。実に合理的だ。
「相澤先生。今、いいですか?」
「……望月」
そんな相澤の元を訪れたのは、彼が担任を務める1年A組の生徒――望月莉緒。
個性:ペルソナ
彼女は召喚した天使や悪魔のスキルを使って戦う。“個性”がありふれた社会の中でも稀有な能力の持ち主だ。
「どうした?」
もうすぐ期末テストがあるため、授業の質問でもしに来たのか――そう思った相澤だったが、莉緒の手には小さいトートバッグがあるだけで教科書等の姿はどこにもない。
「先生にお弁当を作って来ました。一緒に食べませんか?」
「……」
予想外の言葉に、思わず眉間にしわが寄る。
「ふふ。やっぱりゼリー飲料だけで済ませてる」
「……望月、悪いが俺に弁当は必要ない。これだけで大丈夫だ」
「たまになら良いですけど、長期的にゼリー飲料だけだとタンパク質や必須脂肪酸が欠乏してしまいますよ? ヒーローは体が資本です。食事をするなら、ちゃんと栄養のあるものを摂った方が“合理的”ですよね?」
相澤の口癖である言葉をわざと使い、にこやかな笑顔で教師を言いくるめようとしている。ヒーロー科に在籍している以上、負けず嫌いな性格とは予想していたが、思った以上にしたたかなようだ。どうやって断るか――相澤は頭を悩ませた。
「よォ、イレイザー! せっかくリスナーが作ってくれてんだから、大人しく食べてやれよ!」
「……マイク」
先ほどまではいなかったのに、いつの間にかプレゼントマイクが職員室に戻って来ていた。相澤と莉緒のやり取りを見ていたのか、彼女の肩を持つような発言をしている。
「ほら、マイク先生もこう言ってますよ」
「YEAHHHH! 良いじゃねーか。女子高生の手作り弁当とか羨ましいぜ!」
「……」
「マイク先生、もう一声!」
「あ〜、あ〜、エヴィバディセイ――」
「わかった。わかったから、マイクを煽るのは止めろ、望月」
二人のタッグに負けた相澤は莉緒を連れて仮眠室まで移動すると、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。
相澤は疲れたような表情をしているが、彼にそんな顔をさせている莉緒はにこにこと嬉しそうにしている。
「どうしてまた俺の分まで弁当を作ったんだ。面倒だろ」
「私はいつもお弁当だから二人分なんて手間じゃないです。それに――」
「なんだ?」
「先生は私の後見人だから……だから、元気でいてもらわないと困ります」
少し寂しそうな笑顔を浮かべ、そう言われた。
莉緒の両親は、彼女がまだ幼い頃に
そんな彼女の未成年後見人になったのはつい先日のことだ。前々から検討されていたが、USJの時の出来事を鑑みて相澤が抜擢された。
莉緒は迷惑や負担をかけるのではないかと申し訳なさそうにしていたのだが――まさか、後見人になって早々にお灸をすえることになるとは思わなかった。
ちなみに軽傷だった彼女はすぐに退院したのだが、手続きも兼ねて迎えに行った際、平謝りを続けていた。
相澤がここ最近のことを思い返している間に、当の本人はテーブルの上にお弁当を広げ始めていた。弁当箱は二つあり、一回りほど小さいのが莉緒用のようだ。
受け取ったお弁当は雑穀ごはんや焼き鮭、かぼちゃの煮物、小松菜のおひたしなど和食を中心としており見た目の彩りも良い。
「普段からゼリー飲料だけみたいなので、胃に優しくて栄養のあるものにしてみました」
莉緒は相澤が食べるのを待っているようで、こちらに熱い視線を送っている。その視線を受けながら、おかずを一つ口に運ぶ。
「……うまい」
思わず、言葉が漏れた。
かぼちゃの煮物を食べたのだが、柔らかい食感と甘く優しい味わいが口いっぱいに広がる。
「良かった〜。おばあちゃんが和食好きだったから、ついその時と同じようなメニューにしちゃってお口に合うか心配だったんです」
どこか懐かしそうな、哀愁を含んだ笑み。相澤が食べたのを確認した莉緒は、自分のお弁当に箸をつける。
相澤は他の料理に箸を伸ばしながら彼女の様子を窺った。この急な行動は、その表情は何を意味するのだろうか。たた単に相澤の食生活が気になっただけなのか。それとも――
「……両親のことは覚えているのか?」
莉緒の体がピクッと動き、食事の手が止まる。しばらく視線を彷徨わせた後、相澤と目を合わせた。
「……正直、ほとんど覚えてないです。幼い頃の記憶なんて忘れてしまうものだし、事件があった日は4歳になったばかりだったので」
「頻繁に見舞いに行っていると校長から聞いたが?」
「最近は学業で精一杯なので減ってしまいましたけど、それ以前は週に2、3回は……。お風呂に入れるお手伝いをしたり、目が覚めた時のためにマッサージとかをしてるんです」
――『……親権がなくなっても、私が両親の子どもであることには変わりありません』
後見人の話を打診した際、莉緒はそう言い切っていた。
確かに家族ではあるのだが、両親の記憶もなく一緒に過ごした思い出もない。にもかかわらず、そう言わしめる所以は何なのか。何が彼女をそこまで突き動かすのか――相澤は疑問に思った。
「ふふ。先生、不思議そうな顔ですね」
「……いや、悪い」
そんなつもりはなかったのだが、顔に表れていたようだ。相澤はばつが悪そうに視線を逸らす。
「――私は、“家族”っていうものに強い憧れがあるんだと思います」
先ほどの表情から真意を悟ったのだろう。莉緒は相澤の知りたかったことを語り始める。
「おばあちゃんは一緒にいてくれたけど、やっぱり“お父さん”や“お母さん”って特別なんですね……時々、どうしようもなく寂しくなるんです」
それは、彼女の核心にふれる内容だった。
「両親のそばにいると温かい気持ちに包まれて、手を握れば愛されてたことが伝わってくる……まるで、私の居場所は“ここ”なんだよって教えてくれているみたい」
そう言葉を紡ぐ莉緒は、泣かないように懸命にこらえているように見える。
「私は“この世界”にいて良いんだって、必要とされてるんだって……望まれて生まれて来たんだって、そう思えるから。今はまだ、二人の笑顔を見ることはできないけど、でも私は――」
――それでもいいから、そばにいたい。
最後は、やっと聞こえるくらいの小さな声だった。相澤は静かに目を閉じる。
――もう、充分だ。
記憶や思い出がなくても彼女は両親を愛し、共にあることに仕合わせを感じている。もう、充分に伝わってきた。
ゆっくりと目を開け、瞳に莉緒を映す。
「……そうか。変なことを聞いて悪かった」
「気にしてません。それに先生には私のことを知って欲しいと思ったので」
時折見せる、憂いを帯びた顔。それを晴らすのは相澤の役目ではない。相澤ができるのは、教師として彼女を導き、後見人として“保護者”として他の教師よりも彼女に気を配り守り抜くことだ。
でも――
「……ごちそうさん。うまかった、ありがとな」
「お粗末様でした」
料理に舌鼓を打った相澤がテーブルの上を片付けながら時計を見ると、昼休みが終わる十数分前になっていた。そろそろ職員室に戻った方が良いだろう――そう思っていた相澤に莉緒が声をかける。
「先生……また作って来ても良いですか?」
莉緒は怖ず怖ずとした様子で尋ねてきた。
「……ああ」
――でも、彼女の寂しさを少しだけ軽くさせることくらいなら……。
莉緒の頭にポンポンと優しく触れる。相澤は大きな子どもを持ったような、年の離れた妹を持ったような、そんな不思議な気持ちになっていた。
「ふふ。先生は頭を撫でるのが好きなんですね」
「いや、そんなことはないが……」
「え? でも前も撫でてくれましたよ?」
以前にも撫でたことがあるようだが、相澤の記憶にはなかったので無意識かもしれない。入学前から彼女の両親や祖母のことは聞き及んでいたので、目に留めていたのだろう。
撫でられるのが好きなのか、莉緒は嬉しそうに頬を緩めている。その様子を見ていると、仮眠室のドアが開いた。
「えっ、相澤くん!? それに望月少女も!」
「……オール――」
ガリガリに痩せ細った金髪の男性――オールマイトが立っており、相澤は名前を呼ぼうとして止めた。オールマイトのこの姿のことは公にはしていないからだ。
「あれ、先生?」
しかし相澤の心配を余所に、莉緒は顔馴染みのような反応だった。
「あー、望月少女もUSJ事件直後に保健室で休んでいたので、この姿のことを知っているんだ」
「それならそうと、教えといて下さいよ」
「すっかり忘れていたよ、ごめんよ相澤くん」
軽く謝罪され、相澤は頭を掻きながらため息を吐いた。
「先生方は皆さんご存じなんですか?」
「ああ、そうなんだ。気を遣わせてしまったね。それから、この姿のときは“八木”と呼んでくれ」
「八木さんですね、わかりました」
「すまないね。ところで君たちは何を? お邪魔だったかな?」
オールマイトの揶揄いを含んだ言葉に、相澤の表情は険しくなる。
「一緒にお昼ご飯を食べてたんです。相澤先生、いつもゼリー飲料なので。これからは私の“保護者”でもあるんだから目を光らせておかないと」
「ははは! これじゃ、どっちが“保護者”かわからないね!」
「最初は迷惑をかけないようにって思ってたんですけど、早々にお世話になってしまって……。なので、吹っ切ることにしました」
莉緒のその表情は、やる気に満ち溢れているように見える。
「……望月、あの時に説明したとは思うが、今まで通りで俺のことを気にする必要はない」
「ダメです。何かあった時は守ってくれるんですよね? だったら健康でいて下さい。もちろん、私もヒーローの卵なのでタダでやられる気はありませんけどね」
悪戯そうに笑う顔を見て、『まぁ、確かにタダではやられそうにないな』と相澤は思った。オールマイトはそれを見て、「さっそく尻に敷かれているようだね」と笑っている。
「あ! 今度、八木さんに訓練に付き合って欲しいのですが大丈夫ですか?」
「私で良いのかい? 活動可能時間があるからあまりお相手できないかもしれないが」
「大丈夫ですよ。八木さんはマッスル体型で立ってるだけで良いので」
「……何をするんだい?」
相澤が怪訝な顔をしていると、それはオールマイトも同じだったようで不思議そうに尋ねた。
「職場体験でエンデヴァーさんに古武術のことを聞いたんです。それを応用したら私でも先生を担げるかなって」
「担ぐ!? 望月少女が私を!?」
オールマイトの身長は200cmを超え、体重も250kg程度ある。小柄な莉緒がとても担げるようには思えない。
「はい。私の力だと要救助者を運ぶのも困難なので、筋力に頼らない古武術を使えればと思って」
「なるほど。話はわかったけど、君は君の分野で戦えば良いんじゃないか?」
「
彼女は自分の弱点をよく理解している。近接戦闘を極めているのはフィジカルで劣る部分をカバーするためだ。
莉緒の体格を考えるとオールマイトのように一人ですべてをこなすのは難しいと思っていた。しかし、当の本人はそのすべてを可能にするつもりだったとは――少し侮っていたのかもしれない。
「オールマイトさん、俺からもお願いします」
「相澤くんまで……。わかった。訓練に付き合うのは構わないが、私が無理だと判断したら止めるからね?」
「はい! ありがとうございます!」
彼女がどこまで昇り詰めるのか、相澤は目が離せなくなりそうだった。
「望月、予鈴が鳴るから早く戻れ」
「はーい! 相澤先生、お弁当の約束忘れないで下さいね! 八木さん、日程についてはまた後ほど!」
莉緒はスカートを翻して教室へと戻って行く。その後ろ姿が見えなくなったところで、相澤は深く息を吐いた。
「相澤くんが後見人になると聞いた時は驚いたが、上手くやっていけそうじゃないか」
「……どうですかね」
「ははは、君も素直じゃないねえ」
――彼女が両親と一緒に過ごせるようになる時までは、俺が……。
職員室へと戻る相澤が優しい表情を浮かべていたことは、誰も知らない。