※近親姦描写があります。ご注意ください。
父から旅に誘われたのは、夏の盛りに差しかかった頃のことだった。
彼が最後にここに来たのは半年前だったと思う。そして最後に手紙をくれたのは一ヶ月前だった。もうすぐ顔を見に行くかもしれない、行けたら二人で旅行しよう、という内容だった。わたしは自分の失望をやわらげるためにも、そして今までの実績からみても、きっと来ないだろうとたかをくくっていた。けれど彼は予告通りアイジエン大陸の片隅で暮らすわたしの元に訪れ、通した居間のテーブルに出したお茶のカップを無骨な手であおった。それは朱色のシノワズリで、わたしはそれを父にしか出さないようにしていた。にもかかわらず彼はそのカップを荒っぽくテーブルに置くから、わたしは空になったカップを取り上げて傷ついていないか確かめた。
「ひびが」
「あ?それか?頑丈だから大丈夫だよ。それにパチモンだぞ。本物が欲しきゃ持ってきてやる」
「そうなの?」
オマエは好き者のくせに見る目ねーよな、と父が言う。わたしは確かに、と返事した。父は四百年前にこの国で貴族趣味が隆盛した時期の茶器なんて興味ないのに、見る目だけはある。わたしはそのカップと同年代に造られた茶器全般が好きなのに、父の言ではわたしのコレクションのうち半分は偽物だと言う。親子でも似ないところは沢山ある。でも似ているところもある。古物好きだとか、飽きっぽさだとか、罅の入った倫理観だとか。
「パチモンなんか捨てちまえよ。行く道に陶器市もやってっから、そこで売り捌いて一儲けしようぜ」
「ぜんぶ好きで買ってるから、だめ」
「つまんねーな」
「それよりいつまで一緒にいてくれるの」
「再来週」
「どこ行くの」
「シカオミノ山の地熱発電所。知ってんだろ?」
「うん。でもいま紅葉だし、人ごみが酷いでしょ?」
「普通の観光スポットじゃねえ。山の裏に友達が住んでんだ。ヴェド火山の噴火見ながら温泉入れるぞ」
父はにやっと笑った。世界中どこにでも父の友人が住んでいる。そして彼はたまにこうしてわたしをその人たちに会わせようとする。わたしが感じているよりわたしを案じてくれているのかと思う。そしてそれ以上にそうだったらいいのにとも。
移動手段はバイクを提案された。バイクならわたしも免許を持っていたからレンタルすれば良かったのだけれど、そこまで近く易しい道のりでもないので同乗することにした。パッキングした大量の荷物──そのほとんどが父の友人に対するお土産だった──をパニアケースに積んで、彼のしなやかで堅い腰とバイクにしがみつく。ここから山岳地帯に入るまでは三十分ほどかかる。吹きつける風と強い日差しがわたしたちに降る。腕の中の体を強く抱きしめた。
半日程そうして移動を続けた。ぎりぎりまで山の近くまで来たら、近くの民泊にバイクを置いて崖を降りていく。進むにつれ岩の間に小屋といくつかの温泉が見えてきた。誰かが手を振っていた。
父の友人は山で手に入りづらいお土産の数々におおげさなほど喜んでくれた。赤ら顔で小柄な壮年の男は、わたしを父の恋人だと勘違いしたのか、ずいぶん可愛い子をつかまえたじゃないかと笑ってみせた。彼は数十年も独りで山上のここに住んでいるようで、そんな生活を送りながらこの陽気さを失わないことでわたしを感心させた。少し早い夕食をとりながら辺鄙なところで独り暮している理由を聞けば彼曰くヴェド火山に恋したのだと言う。だから絶妙な距離でその煙柱ときらめきを眺められるここに居を構えたのだ、自分は変わり者だろうと照れくさそうに付け加えて。そして、美しく強いものに惹かれるのはそこまでおかしいことと思えないとわたしが返すと、彼はいたく機嫌を良くしてどんどん酒をあおった。ジンは一人でワインをひと瓶空けて、わたしはそこから分けられたものを少しずつ飲んだ。
三人で風に当たろうとデッキに出ると、夜の前ぶれの中で暗い橙がヴェド火山の稜線を流れながら光っているのが見えた。黒煙も輝くしぶきも触れれば焦げつくような熱もこれほど近くに思えるのに、ここまで及ぶ危険はないという。それでも少し怖かった。けれど火山がそれ以上に綺麗だったから、目を離すことができなかった。
父は日が暮れる前にこの山にしかない土塊や鉱石を採りにいくと言ってそのまま岩間に消えていった。残されたわたしたちは小屋に戻って、夕食の後始末やベッドメイキング、土産物の整理をした。そして二人で”ジン”について話した。キミは随分若いじゃないか、あの根無草と付き合うのは苦労ばかりだろうと同情されたからわたしは笑った。彼の火山に対する風変わりな好意とわたしの父に対する好意にはほとんど変わりがないように思えた。
父はなかなか帰って来ない。紅茶とドライフルーツを出してきて二人で食べた。時計の音が固くたしかに沈黙へ時間を打ちつけていた。相手が舟を漕ぎ出したのでわたしが起こすと、飲みすぎたと言って寝室に行ってしまった。おやすみなさい、おやすみ。
部屋には誰もいなくなった。わたしは皿とカップを洗い、その部屋の本棚にあった世界中の火山の写真集をめくり、持ってきた小説の残りを全て読んでしまった。そして組んだ足に頬杖をついたまま二分間ほど時計を眺めてから、立ち上がった。
岩陰に父を認めて降りていく。靴と包みはまとめて片手にぶら下げて歩いた。炎昼の熱をのこした岩が裸足に快い。分厚く重く汚れた靴を置いて、ゆっくりと薄いセーターを脱いだ。革のベルトを緩めて父に借りたオーバーサイズのジョッキーパンツをそっと落とした。機能的な下着を落とした。灰色の泥をたたえた、ぬるい湯に入った。
「声くらい掛けろ」
「わかってたくせに」
「だからってお前な」
隣に寄って黙らせるようにその耳にキスをする。濡れた肩に頭を載せた。もう夜が来ていたけれど、夕陽のなごりがお互いの姿を照らし出してくれていた。日焼けした彼の肉体は湯の中であたらしい銅のように滑らかに光っていた。わたしの肌は落花生のむき身のように白い。普段の暮らしでは気にも留めない無性のそれが彼の隣にあっては女のそれに見えるのだと、自分の一部を新鮮に思う。
「あいつはどうした」
「先にお寝みです。疲れさせてしまったかも」
「そういう奴なんだよ。感激屋っつーかな」
わたしの髪を避けるように、すこしだけ顔を背ける彼の膝と太腿を指でそっとくすぐる。いくつかのルルカ文字を書く。父の名前、わたしの名前。それから、と思ったら手を握られて湯の中に放られた。ここの泥は肌にいいから塗りたくってろと、そのうえ先に出ると言う。彼は体を傾けた。でも、いかないで、とお願いしたら、嫌がりもせずふたたび岩に背中をもたせかけてくれる。求めているのは同じことなのに取る行動は逆なんて馬鹿馬鹿しいと思う。
夜の始まりに溶岩がちらちら光っているのを見渡せた。お互いに汗をかいていた。わたしは彼の髭が生えた頬に手を添えて、促すようにやさしくこちらに向け、一度だけそっとキスした。目を合わせて、わたしから外す。幸福すぎるから彼と触れあうたびにこのまま消えてなくなりたいと思う。娘に劣情を持つ自分を恥じているような彼にそう伝えたことは無かったけれど。
もの欲しげに悔しげに歪む顔が好きだった。恥なんてこのひとに似合わない。微笑んだら主導権を奪われるように顎を掴まれて、深く熱い舌を入れられた。彼がわたしの髪に手のひらを絡ませて、映画でみるようなキスを重ねる。映画よりずっと生々しいキスを。唾液を吸われてそのあとにはすぐ飲ませられる。その液体はわたしを深く興奮させた。唇を離してから彼は舌打ちをして、小さく罵った。ふしだらなわたしと自分の欲を。
「ねえ、おとうさん、今、やめてって言ったらどうする?」
「殺す」
のしかかりながら彼は笑った。獰猛でかわいい猫科の笑顔だった。岩にわたしの裸を引き上げて、からだから雨のように湯を落とし、浴びたわたしの首筋を噛んだ。耳をなぞる。はりつめた腰を撫であげる。またキスされる。
これみよがしに余裕を残さないところが好き、情欲に自分をもてあそばせる余裕をもっているところが好き。"全てが好き"という言葉から、それ以上の好きがこぼれていく。頭の内でそういう自分の声がする。
片足を彼の肩にかけるように上げさせられて乳房を舐られた。長くて深い呼吸に愉悦が滲んでいる。太い指が二本、不在のうちにわたしの肉体が開かれていなかったかを確認するように無理に入ってきた。その質量と痛みのせいで悲鳴が出てしまう。眉をしかめて父を見上げる。
「良いな。その顔」
もう片手の指を口に突っ込まれ、舌をはさまれ歯列をなぞられたから甘噛みをした。ほぐされてから固く膨張したものを肉孔にあてがわれ、言葉もなく、ずぶずぶと最奥まで割り込まれる。彼はわたしの腰を少し浮かせるように厚い両手で掴み、ゆっくりと温度を確かめるように揺らし始めた。律動に合わせて声が出てしまう。膣はうねり、ひくつきながら彼を締めつける。わたしのすべてがジンを求めていた。考えられるのはそこまでだった。
支配されていること、その快さに目を閉じる。わき上がる声を殺したくて自分の指にかじりついたけれど、すぐ剥がされて両の腕をまとめられてしまう。温かい岩へ縛りつける彼の手は力が強すぎて少し痛い。彼とのセックスはいつも少しだけ痛い。
やがて父は痙攣するわたしの中に射液をはしらせた。ぬめる泥湯とあらゆる腺液にまみれた肌が隙間なく合わせられている。口づけ抱きしめあっている。わたしは恍惚しながらまだ締めつけ続けるのをやめられないままでいて、しばらくそうしていたかったのに、首筋にかみつかれたから醒めてしまった。父は笑ってまたキスしてから甘い刺激とともにペニスを引き抜いた。彼の、その息があまり乱れていなかったから、わたしは少し落胆した。
先に湯から上がった父の、青白く光る背中が小さくなっていくのを眺めた。わたしは柔らかく温かい泥をゆっくりと体に塗りながら思った、あのひとがもっと渇いていてもっと焦がれるようにわたしを欲しがってくれていたら良かったのにと。前に一度、彼は獲物をいたぶるようなやり方でとても楽しそうにわたしを傷つけながら犯した事があった。でもその日以来は今日のようにただ優しくなってしまったから、いつかの、ああいう風に、残るほど、傷つけながら犯して下さいと頼んでみたくなった。それとも、他にいたぶる相手を見つけたから優しくなったとか。ぬるく灰色がかった湯水で石鹸の泡を流しながら、そのとりとめなく根拠も無い思いつきを後悔した。
お父さんはわたしといない間、わたし以外の誰かとセックスしているのかも。わたしはあなただけの物なのに、あなたは気まぐれにどこかへ行ってしまうなんて。生花が枯れていくようにあなたとの時間が無為につぶれてゆく。こんな暮らし耐えられないと、言葉にできないから拒まないままでいる。
膣を指でえぐり、白濁が落ちて絡むのを待ち、掌に受けて蜜のように舐めた。わたしの生命がこれ以上に求める物なんてこの世に無いと思いながら。小さな痛みが父の残滓のように体中に響いていたから辛うじて泣きはしなかった。
ふと見渡せば黒山の辺り一面に溶岩が流れていた。数え切れないほどの頂に、さらに無数の筋が金継ぎされた罅のような形をゆっくりと伸ばしてゆく。ごくたまに光るしぶきをあげながら。綺麗だった。でもそれはわたしの一番暗いところにある激情に似過ぎていた。だから本当は、醜いものなのだろうと思った。
熔岩洋
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