※原作設定を改変しています。ご注意ください。


「泣いちゃダメだよ、ナマエ」

あたしたちは皆より、ウボォーとのつきあいが短いんだから。
暗い廊下を急ぎながら密やかに伝えられたことばに頷く。同じ時期に蜘蛛へ加わったシズクと私は年齢も背丈も似通っていて、二人で過ごす時間が長かった。だから他のメンバーより早くお互いの多くを分かり合っていたように思う。私の心は彼女より脆くて、彼女のからだは私より脆いというのも、一緒にいた時間の中で知りえたことだった。各々の能力も都合よくお互いの欠点をカバーするものだったから、仕事中でもそれ以外の時間でも私たちは好んで連んでいた。私は時々シズクを窮地から引きあげて、シズクは時々私を死地から救った。
パクノダやシャルナークは、初めて私たちに会ったときには“まるで双子の姉妹みたいだね“と微笑んだけれど、私がシズクと初めてキスをしてから少し経つと、誰もそんなふうには言わなくなった。私たちのあいだには隠しながらも露わな情愛があった。たぶん、だからこそ彼女は冒頭の警告をしてくれたのだと思う。

ウボォーギンは、人間に対して上手にとどめを刺せなかった頃の私を顧み、繰り返し実演しながら、諭すように心と切先の保ち方を教えてくれた人だった。斬り込みが仕事といいながら、よく後ろを振り向いた。その彼が失われた可能性が高いと電話で伝えられてから、まだ一時間も経っていない。
二人で皆の集まる部屋の敷居をまたぐと、いくつかの顔がこちらへ向けられた。もちろん誰ひとり子供のように泣いてなどいなかったけれど、それは単に涙が流されていないだけのことだった。狭い暗がりは諦念と復讐の気配に満ちていた。

「遅かたな」

いつにもまして不機嫌なフェイタンが声をかけてきて、私たちは揃って頷いた。間を空けずクロロとシャルナークが口論を吹きかけていたノブナガを宥め始めた。人情深い男が望んだ弔い合戦はしないということで手打ちになり、それぞれが受けた予言についてあれこれと意見を交わし始めた。自分の誕生日を知らない私はシズクの予言を一緒に読んだ。いわく"二人ほど怖いものはない"のだという。私たちはいつもより早く寝床についた。



その夜、どこかから花を持ってきたのはシズクだった。同じシーツに入っていた彼女は何か思い出したように声をあげ、裸のまま暗闇へ出ていき、戻ってきた片手にはひとくきの白い花があった。ナマエはこういうの好きでしょ?と言いながらまたシーツの中に寝そべると、彼女はふたつの体のあいだにそれを置いた。青い匂いがした。私はどうしてかその時になって初めて泣いた。

蜘蛛に加わってから命を狙われるのは日常だったけれど、武闘派の先鋒であるウボォーギンの死は団員全員に衝撃をもたらしていた。ノブナガにも、シズクにも、言うまでもなく私にも。
だからだろうか。恋人を目の前にして、こう考えずにはいられなかった。もしもこれから私たちが太刀打ちできない敵に遭ったとき、私は今までのようにあなたを守り切れるだろうか──もしくは私かあなたが蜘蛛への離反を決めたとして、どれだけ可能性が低かったとしても来ないとは言い切れない、そんな日がいつか来てしまったとして、私は教えられた通り、きちんとあなたにとどめを刺せるだろうか。

シズクに濡れた頬を拭われながら目を閉じた。
このかわいい指を動かしている彼女の生命が、三日前に殺されたウボォーギンのようになんの前触れもなく奪われるなら、今すぐに私が奪ってしまいたい。私はとてもよく面倒を見てくれた、兄のように慕わせてくれた、私に不器用な優しさを注いでくれた彼の死を悲しんでいるのではなかった。それよりも私に触れている彼女がいつか失われる日のことを思って泣いていたのだった。

「ねえシズク。いつかあんなふうにお別れするくらいなら、今、私に殺されてくれない?」

シズクは私の頭蓋のかたちを確かめるようにゆっくりと撫でながら、白く丸い花の向こうで眉根をひそめ、いつものあどけない声で言った。

「そんなの嫌だよ」
「そうだよね。私もそんなの嫌」
「あたしたち、長生きしようよ」

これからもずっと二人でいようよ。仕事の時はあたしとナマエで組もうよ。だってこんなに相性いいでしょ。いつ死ぬかわかんなくたって、それまでは団長の蜘蛛の脚でいて、服とかアクセの貸し借りして、一緒においしいごはん食べたり、同じ本読んだり、もっとたくさん、色んなことしたいもん。
だからお別れの話なんかしちゃダメだよ、ナマエ。

シズクが純粋に笑うから、私は涙を止められないままその真似をした。きっととても下手だったと思う。シズクにしかできないものの考え方、私よりも温かい体の感じ方、レンズの厚みだけ屈折して光る子供みたいな黒い瞳。彼女の全てがいつでも私のなかを癒して励ましてくれる。蜘蛛であること以上に強く、生きている理由になってくれる。でもだからこそ真剣だった。私は本当にあなたを殺してしまいたい。本当に、あなたの生命が受ける最後の一撃になりたい。

とどめの一撃

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