※近親姦描写があります。ご注意ください。
彼が在る血脈の先にわたしも在った。鑑定するまでもなく同じ火が眼の中に燃えていた。今や彼もそれを感じている様だった。だからあなたはわたしと寝たの。肩甲骨を指でなぞりながら問いかけると、好いと思っただけで勘づいてなどいなかったし、勘づいていたら寝る訳がないと当たり前の、とても、つまらないことばを返された。
時折り喫水に指先を触れさせると小さな飛沫が立って快かった。暑気を孕んだ風を受ける帆影はもう薄い。船を操作しているのはカイトだった。巧みな手捌きがわたしたちを安全に目的の宿へ近づけていく。船の中にはジンと顔見知りのスピーナ、今回のプロジェクトに新しく加わったドカという大柄の男がいた。
皆、日中の活動で疲れ切って無言だった。五人と積荷が乗り込むには狭い船だったから、わたしは半ば堂々とジンに寄り添いながら読書していた。日除として被っている布が作り出した影の中で行を追っているとジンが横から手を出して指で数回ページを繰り、ここから読めと言うようにとんとんと叩いたから、少し頷いてその通りにした。スピーナとドカから見られていることに気づかないふりをしたまま二ページ読んだ。やがてカイトが下船の準備を始めるように声をかけた。わたしは本を閉じ荷物のチェックをし直して近づいてきた町を見つめた。
暗い山腹に群れなす白い家々が浮いて、その風合いはどこかベックリンの死の島を思わせた。船を降りる時にジンが差し出した腕を借りて抱かれるように陸へ足をつけた。けれど彼はスピーナとドカにも同じように手を延べようとしていた。二人がそれを必要としていれば彼は同じように彼らに触れただろう。ジンはわたしを特別扱いするような真似は決してしなかった、そうすれば結局はわたしに皺寄せが行くと知っているから。寝台ではそうでは無かったけれど。
「絶対出来てるでしょ、あれ」
スピーナはコーヒー缶片手にまだ少しかすれた声で、ガーデンチェアの隣に座るドカとテーブルの斜向かいに座るカイトに言った。三人は揃って半ば錆びた椅子に腰掛け、早朝の雨が吹き込む古ぼけた回廊から、取り立てて見るところもない中庭を眺めていた。彼らはジンとナマエが起き出して来るのを待っていた。
「そうか?子供みたいなもんだろ、ナマエは」
「あのコのこと馬鹿にしてんでしょ、カイト」
「馬鹿にはして無い。出来てる云々より問題なのはあいつが念能力者ですら無いって事だろ。この面子でこれからの課題をこなしながらナマエをカバーするにはコストが高すぎる。あいつの護衛は業務に含まれてないしな。完全に足手纏いだ」
「何が足手纏いだって?」
「ジンさん」
「ん」
すでに着替え終わったジンは街の店で朝食を調達してきたようで、まだ温かく大きなパニーニの包みを四つ、錆びたメッシュのガーデンテーブルに置いた。かまわずにスピーナが口火を切る。
「ナマエの事です。これから悪路も多いでしょう。念すら使えない一般人には無理な旅程だ。あの子、いつ離脱するんですか?」
「使えるよ、念」
「は?」
「確認してある。問題ねー。最終目的地まで同行する」
「話が違う……どういう事ですか?」
無口なドカも口を挟んだけれど、カイトは師匠が問題無いと言うのなら別に良いとでも言いたげにガーデンチェアへ掛け直し、困惑する二人を横目にパニーニをかじり始めた。スピーナは懐疑を隠せていなかったが、丁度そのとき旅支度を済ませたナマエが気怠げな様子でエントランスから出てきたので、捕まえるように声を掛けた。
「おはよ。ねえあんた、念能力使えるの?」
ナマエは頷いた。ドカはどうして隠してたんだ?と呟き、スピーナはここで練を見せてみてと言った。カイトも見ものだと思ったらしく帽子の庇を上げた。全員の目が彼女に注がれていた。彼女は少しおかしげに練を見せた。
始まりは丁度一月前だったかと娘の髪を撫でながらジンは思い出す。元々はるかに年下の女に手を出すつもりは無かった。ポリシーに反するというよりは弱い者に食指が動くことが無かったのだ、その時までは。
初対面は有志を募った遺跡保護プロジェクトに参与する環境系小企業のボードメンバーとして紹介された時だった。接していく内にナマエは紹介者の贔屓で念能力どころか実務を回す能力もないお飾りだと分かった。しかし幼くどこか蠱惑的な瞳が抗い難く引力を有しているように思えてならなかったから、ジンは彼女を計画に引き入れた男を非難するような気になれなかった。なべて女を好む男なら一度はと思わせる様な娘だった。
その来訪が全く喜ばしく無かったと言えば嘘になるがそれ以上に面倒だった。深夜、ジンの部屋に来たナマエは裸足のままTシャツと下着だけを身につけ、手にはボードゲームの小箱を携え、小さくノックしてから返答を待たず滑り込むようにして部屋に入ってきた。正確には確かに気配を感じながら鍵をかけていない部屋に入れてやったのだった。ジンが彼女を拒むならここをおいて他になかったが、彼はそこまでしなかった。拒まないままナマエへ自室へ戻れと声をかけた。彼女は夢見るような顔で微笑しながら嫌だと言う。
そしてそうするのが自然であるように寝台へ上がるとボードゲームの駒を並べ始め、ゲーム、と言った。ジンは広げられた盤面に興味をそそられ、いくつか質問を重ねながら誘われるままシーツに寝そべり、肘をついた手に頭を乗せた。タイトルもルールも見たことが無い不思議なゲームだった。チェスに似ているが駒数が多く色も九色ある。一試合に数十分かかったが、二回プレイして二回ともジンが勝った。
「満足しただろ?帰れ」と言うとナマエは駒をまとめ始め、ジンは素直さが少し惜しいと思いながらその様を見ていた。しかし箱の中に駒を収めた彼女はサイドテーブルにゲームを置いて、前ぶれなくシーツの上へ緩慢に倒れ込んだ。ジンと向かい合い、薄い生地のシャツをゆっくりと鎖骨まで引き上げて胸を露わにして、少し乱れた前髪の陰からまっすぐにジンを見た。薄闇に仄白く重い乳房が揺れた。
据え膳という言葉が脳裡を過ぎった。彼にそうしてみたいと感じる女は少なくないが実際にする女は多くない。肩を押さえつけて仰向けにした肉にのしかかり、キスをしてから首筋を舐め上げた。汗に混じってふいに桃か何かの匂いがした。石鹸の類いの香料では無い。香水をつける程この手の事に周到な人間だろうかと思いながら、自分も上着を脱いだ。
「勝ててよかったですね」
「あ?ゲームか?」
「はい。あれは二回戦で決まるの。わたしが勝ってたら、あなたの魂はわたしのものだった」
「無理だろ」
シーツにくるまって囁くように話すナマエに対し、経口補水液をあおりながらジンは言った。制約と誓約のバランスを考えれば二度きりの勝負で魂を掠奪する事など不可能だ。しかし直後に彼女が何を魂と定義したのか、系統が特質系かどうかで話が変わってくるかもしれないと考え直した。だからお前のいう魂は何かと質した。
「魂はオーラの源。二回目で負けると敗者のW源Wの位置が駒の中に移るの。駒を壊してしまえば本人も壊れてしまう。方解石みたいに、同じ位置にあるものを別のところに重ねているの」
彼女は小さな指でシーツに図形を描きながら、ゆっくりとまばたきをした。
「あなたをわたしのものにしたかった……このために要らない駒を増やしてきたのに、みんな使えなかったね」
「オレの事を知っていたのか?」
「もちろん、あなたを狙って来た」
「なんの為に」
「ずっとわたしを放っておいた、意趣返し」
白い歯の向こうで赤い舌がちらりと動くのが見えた。ジンの身体が僅かにこわばった。彼が在る血脈の先に少女も在った。ジンがつけたばかりの赤黒い歯形を愛しげになぞりながら、少女は蜜のような声で言った。
「わたしの本当の名前はね、ナマエ=フリークスというんです」
あまりにもあどけない告白だった
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