そのとき私のエゴは玉虫の翅を裂いて歪めたような色をしていた。もちろん私の想像の中で。オレンジの灯りの下、鏡の前で髪をとかしながら頭の中であなたの言葉を反芻する。
……一緒には来させない。一緒には来させない。一緒には来させない。……そっとブラシを置き、髪を耳にかけ、シャツの襟を正してからリビングへ戻り、グラスに残っていた酒をあおった。ジントニックだった。あなたの名前を冠しているから好きになったものだった。それまでは酒に興味を持たなかった私の喉を汚したのはあなただったのに。テーブルの向こうでノースリーブのシャツと下着のまま腕を組むジンを見た。きっと、咎めるような目つきで。

「どうしてそこまで残酷になれるの」
「危険だからだっつってんだろ」
「どうして私にキスしたの」
「……タイミング考えずに手出したのは悪かった。どう思うかはお前の自由だよ。着いてきたきゃ勝手にしろ。オレも好きにするけどな」
「あなたの好きになんてさせない。わかってないのね。私の能力は──」

私の声は感情的に潤んでいて、その事実に心底うんざりした。あなたは自分のグラスへ目を落とした。私は少しもかまわずに話し続けた。
──影なの。あなたが眠っている間に私たちの影を縫い合わせてしまったの。ほら見て。重なっている。だからもう私たちは決して離れられない。問題なんて無いでしょう。あなたはそれを望んでいたはずでしょう?少なくともあの時には。スイカズラの花々の中で初めてキスをした時には。

「影がどうのは知らねーけど、結局一緒に来んのか?」
「いいえ。死にたくないもの。だから、あなたがここに留まるの」

ジンはため息をついて瓶を取り上げ、空になった私のグラスに酒をついだ。夜風が私の熱を撫でていった。口にすべきでないことばかりが頭に浮かんでは消えていった。舌先を噛んだ。さっきまでこの男の性器を舐めていたその舌を。涙がしたたった。それは思ったよりもずっと重い音を立ててシャツへ落ちた。ジンをここに留まらせるなんてできないとわかりきっていた。

「そんなところに行かないで」
「まあ心配すんな。また顔見に来るよ」

私は小さく横にこうべを振った。泣くことをやめられなかった。ひとが降る雨を止められないように涙は止められなかった。あなたがいつもより優しく言い聞かせるような声で話すとき私はとても怖くなる。二度とここへは来ないかもしれないと思う。どうしようもなく疑ってしまう。誠実なあなたは嘘つきだから。
お願いだから行かないで。せめて私が世界中から集めたジンのボトルがすべて空になってしまうまでは。それはあまりにも空虚だったから言えない台詞だった。そして彼は私のそういう性格を見すかして別れを仄めかすのだった。
私にはどうしてもわからなかった、いったい彼がどうしてそんなに残酷になれるのか。どうして離れがたいこの時期に、ほかでもない私と恋人のような関係を求めたのか。にもかかわらずこうしてここに確かに存在している私よりも曖昧な夢の方を選び取るのかが。ジンを失くした私の人生がどれだけ暗いものになるのか知っているはずなのに。それは果てしなく続く極夜のようなものだった。私はそんな世界で生きていきたくなかった。太陽に似たあなたの輝きにいつまでも暖められていたかった。あなたは私の願いを知っているはずなのに、どうして私からそれを取り上げてしまえるのか。

しかしこれらはどれも口にできない問いだった。というよりも口にしたところで何一つ成り行きを変えられない問いだった。結論が見えている話をするのは一秒でも長くこの部屋にジンを留めるためで、あなたはその小さく幼稚な望みには応えようとしてくれていた。罪悪感のために、あるいは餞のように。
そしてひとしきり泣き終わった後、私のなかにはもう次の言葉がひとつも残っていなかった。肌に降る光のような、海を渡る風のような、さかまく積雲のようなジン。あなたをつかまえることは誰にもできない。まして私のエゴの中にそれらを閉じ込めることは決してできない。きっとそれは醜すぎるから。私は彼が求める謎ほどには魅力的でないから。だからあなたはここに留まることを選ばない。

しばらくして椅子が引かれ、立ち上がる音がして、耳に残るほどの衣擦れが続いた。着替え終わった彼は最後に私たちの縫われた影を手にとって注意深く裂け目を作ると、紙かなにかのようにかんたんに破り捨てて切り離してしまった。
そうして支度を済ませたジンは立ち尽くす私のからだをそっといだいて、また戻ったら会いに来る、と呟いてから出ていった。扉が閉じるときの聴き慣れた音がした。彼がいた椅子の向こうの窓から見える暗闇には星がきらめいている。
まだ明るいうちにあなたが来て、セックスをして、夕食より少し早く料理を作り始め、酒を飲み、あまりにもいまわしい夢の話を聞いて、初めて自分のエゴは彩られているということに私が気づき、あなたがここから出ていくまで、どれくらい時間が経ったのだろう。時刻がわかったところで何の意味もなかったけれど、とにかく窓の外は夜になっていた。星が光り、海は暗く、階下からはざわめきが聞こえた。私は去ったあなたの代わりにそれらへ向かって呟いた。
どうしてそこまで残酷になれるの。

夜よあなたを引きとめて

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