青空の下で銃声を響かせる。つくりものめいて光る今日は、運動会みたいだと思った。
本当は犯罪者の摘発に興味など無くて、好きなのは捕まえた鼠を虐めることだけ。自分自身を清廉だと信じることができる社長に、いつか忠誠を誓ってしまった彼に、そう伝えられたらどういう顔をするだろうと、よく思った。きっと落ち着いて受容を試みようとされるだろう。私の滑稽なことばの理由を知るため。話の続きを促すように、私が好きなアイスカフェオレをすすめながら、まっすぐに私の目を見て。あの二つの黒い目にそうされたいと思わない訳ではなかったけれど、そんなずるいやり方はしなかった。
自分を理解して欲しいだなんて傲慢で、それ以上に汚れた欲望だと思う。私は自分が傲慢で汚れていると認めることが嫌だった。彼の前では、世間の前では、いつも清らかにほほえんでいたかった。求められる倫理は私の背に重すぎたのに。
それと相反するように標的を追い詰めて貶めて痛め付けるやり方だけが上手くなっていってしまう。いけないと思いながら彼らが宿す絶望の甘さと流される血の鮮やかさを味わってしまう。
私は、路地裏で、取調室で、あるいはパソコンの画面に映る次の標的の前でだけ、心の底からほほえむことができた。暗闇のなかでだけ唇を歪ませることができた。けれど日ごとに憂いはつのった。私は自分を誤解していた。私はとても醜かった。悦楽に屈した。それでも、誰にも渡さないはずの秘密だと決めていた。
協会本部のロビーでパリストン=ヒルとすれ違うまでは。
私のすべてを射抜いた二つの目。その色の名の通り鳶に似て、遙か下の私の中にある汚物に気づいたあの目つき。それに気づいた彼はほほえんだ。私よりずっと上手な張りぼての面だった。
彼は元々きな臭い噂の渦の中にいる人だったから警戒を怠らず、できる限り近寄るなと社長から命令されていた。社長は勤勉で清らかな私のほほえみを護ろうとしてくれていた。数年間を彼に捧げつくしても、私の闇のなかにあるものに気づかないまま。それなのにパリストン=ヒルはすれ違いざまの二秒で私の醜さを見抜き、せせら笑った。だから、裏切ろうと思った。
「来ましたね」
「ええ」
「あの制服、もう脱いじゃったんですね。結構好きだったんだけどなァ」
「お約束の資料を」
「いやいや後で構いません。まず掛けて下さい。先日お伝えしたように僕は清らかなナマエさんが好きでした。裏切り者ではなく一途に僕を狙うキミが。だからいま僕はここへ約束通り来たあなたを軽蔑しています。ねえ、あのとき僕が数秒でナマエさんの本質を理解したなんて白昼夢的な勘違いなのですよ」
「……」嘘だ。あなたは。
「ああ、確かあなたはマゾヒスティックな性癖をお持ちの方なんでしたっけ、なら僕のとるにたらない軽蔑は置いておくとして。しかし話は変わりますが、ミザイストムさんが受ける打撃を思うと哀れを催しますね。ははは。だってあんまりな話じゃないですか?何年もかけて育てた部下が──彼に憧れたからハンターになったとまで言っていた可愛い部下がよりにもよってこの僕に寝返ったんですからね。あははは」
「私にはつくられた私を信じる人より、穢れた私を許してくださる人が必要なのです」
「WビッチWというのは──」
パリストンはソファーに寛ぎ、紅茶に映る白い空を眺め、笑顔のままそう言った。パリストンはナマエの言葉が真実であること、ナマエ自身が良心の呵責に焼かれていることを知っていた。流石にあの丑が重用しただけあってW清らかWだ。そしてその忠誠を踏みにじってまで自分についた理由を気に入った。理解者が欲しい。誰もそう願う。それ自体罪ではない。
「──あなたのためにある言葉だと思いませんか。ねえナマエさん。嘘つきの蝙蝠は両陣から引き裂かれるのが常です。怖くはありませんか」
「怖くはありません。むしろそうされたいと願っています。私は罰されたいのです」
「あなたという人はなんて清らかなんでしょう」
「どこが清らかでしょうか。私は人をいたぶるのが好きなのです、そうせずにはいられないのです。そういう人間をあなたは必要としているのでは無いですか。だから私を誘ったのではありませんか……」
「いいえ。僕は悪徳を必要としてるわけじゃない、そのために生きてるわけでもありません。なんと言いますか……破壊というものを愛しているだけです。愛するものを破壊したいという方が正確かな。君がもつ悪徳と僕の求める破壊は少し違います」
パリストンは薄ら笑いをやめていた。私といえば彼と私の些細な違いなんて知りたくもないと思った。品のいい黒より下劣な闇に魅せられたというだけの話なのだから。良心なんてもう要らない。ただ私は大切なものをこなごなに壊したくてたまらなかった。憧憬、忠誠、信頼。今でも褪せないもの。胸を締めつけるもの。だからこそ力いっぱい割りたかった。破片が私の顔をどれだけ傷つけても。いいえ、傷つけるから。その情念を識っているからこそ、あの日私を見つけてくれたこの人を愛してしまった。だからあなたに宿る矛盾と悪を信じる。内心でパリストン=ヒルへ呼びかけた。それをどれだけ私が欲しているかまだ分かっていないあなたへ。この醜さだけは知り尽くしているあなたへ。
「あなたに憧れてハンターになりました」
青空の下でミザイストムにそう告げたのは、ハンターライセンスを取得してからすぐ、数年前のことだった。面映ゆそうにしていた。自分が響かせたその想いがあまりにも純粋でどこまでも真実だったから、その言葉は今でも夢に出てきては自分自身を苦しめる。でも彼はその事実を知らない。ミザイストムが知っているのは自らが手ひどいやり口で私に裏切られたということだけだった。
「処分はお決まりですか」
「いや、そうするつもりはない。君は今まで本当によく社に尽くしてくれたしな。今月までの報酬はいつも通り振り込むよ。ただ、ここにはもう来るな。わかっているだろうが、君がここを出て行ってからは接触に応じないし、仲間だなどとは二度と思わないでもらいたい。処分と言えばそれが処分だな」
「あなたは清廉すぎる人です」
「……それじゃあな」
「さようなら」
オフィスの扉を開けば、新しく正しく産まれ直したような気になれた。副会長ではなくパリストン=ヒルと呼ばれるようになった彼の背につきながら、最後に執務室でミザイストムと交わしたやりとりを思い出す。許されてはいけないほど甘い処罰だった。私はそのことについて何かを口にするべきだった。あの人の苦痛の種になりたかったけれど、裏切るまでの忠誠だけは本当だった。私はパリストンの一瞥によって引き裂かれてしまった。その前のひとりと、その後のひとりとに。そう伝えてみればよかった。それなのに、あの時すべきだった説明のことばが、未だにひとつも見つからない。
子午線の浮く目
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