※夢主がカイトに嫉妬する話です。ご注意ください。
わたしを罰する記憶たちがまだ睡っている。こんな時間はめずらしい。だからわたしはベッドでジンにしがみつくのをやめて冷蔵庫にペットボトルを取りに行った。すぐにジンが起きる気配がした。この人の過敏さにはときどき少しいやになると思った。
「ナマエ」
とても薄くて安っぽいレモンの匂い。
「何してる」
「お水飲んでる」
「来いよ」
来い、なんて言われるのはあまり好きじゃない。犬みたいだから。でもジンだけは例外だった。来いと繰り返されたのでその通りにする。ペットボトルを置いて、ジンの固いからだにもたれる。わたしを撫でる手は温かくてやさしい。そしてまた思い出したくないことが、眠りかけている頭の中で繰り返された。陽の中でまたカイトが微笑する。ねえカイト、ジンへの思慕以外に何も持ちえなかったわたしがあなたをどれだけ憎んだか、知っていますか。
わたしの能力は運を決めるもので、ある日わたしは彼へ、レモン色のトパーズに込めた不運をあげた。その数ヶ月後にあまりにもあっけなくカイトは死んだ。死んで、その後のわたしは、顔に出ない悲しみに焼かれるジンを慰めることができて、幸福だった。
けれどあの不幸を渡した日にカイトがありがとうなんて言ったから、何も知らないままそれをポケットにしまったから、わたしはその記憶に苛まれる羽目になってしまった。微笑しないで。あのときの風の匂いまで覚えている。あなたが着ていた服の質感。なびく髪のきらめき。綺麗な呪いをそんなふうに喜ばないで。こんな気持ちも、全部、あなたのせいだ。わたしのたくらみを見破れなかった、小さな不運を重ねるような石を律儀に持っていた、あなたのせい。
わたしが理由を言わないまま泣くことにジンは慣れきって、子供をあやすようにゆっくりとしたリズムで背中をたたいてくれた。子供にするように。子育てなんてしたことがない癖に。この人は女あしらいがとてもうまい。別れ方もうまい。けれどいまのところわたしたちの幸運は確かに薄く長く続いている、カイトを侵した不運と同じように。
「……生きてた?……」
その声に落胆が含まれていたことに気づいた人はいなかったと、思いたい。カイトは別のかたちになったけれど、確かにカイトという存在としてこの世にとどまっているらしい。わたしが渡した不運の石は彼のもつ強運に敗けた。だからもう、あの日あの石を彼へと手渡した記憶に苛まれなくていいのかもしれない。わたしは安堵して、やはり、落胆した。
震えながらひざを見つめる。またあの人に割かれるのだろうか、隣に座すわたしだけのこの人の、生きた時間を。わたしだけのお日さま。わたしだけの汐風。わたしだけの肉体。わたしのジン。お願いだから奪われないで。
カイトへ会いに行くために剃刀を研いだ。殺す理由をかぞえた。彼は一貫してわたしに残酷な態度をとっていた。ジンに見初められて以来、わたしよりジンに好かれて、求められて、その癖わたしには埋めあわせるように優しかった。カイト。不運を呼ぶ石はきっともう持っていないのですね。殺されたはずなのに生きている、ぬか喜びだった。あなたが嫌い。あなたが大嫌い。わたしに憎まれながらわたしに優しいあなたは、わたしをとても哀しくさせる。きっとそのせいでわたしは何度でもあなたを殺さなければいけない。お願いだからそんなことをさせないでとつぶやく。あなたの死は二度きりでいい。剃刀は輝いていた。わたしを罰する記憶なんて、これ以上要らないのに。
死報を唇に乗せるため
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