※近親姦描写があります。ご注意ください。
父が好きだった。彼は、生まれつき支配と蠱惑とを命に宿されたひとだった。もちろんこれも生まれつきで、支配されることは誰にも許さないひとだったから、私とまぐわうのは肉体の需めという受動的な力に頭を垂れたのではなく、それ以上に能動的な意味がある行為だったのだろうと信じている。
お父さんと呼ぶ私の声と娘としての誘惑が彼のなかにどう響いたかは知らない。私は私で、自分のことは昨日食べた果物の種ほどの問題にもしなくていい、けれど果物と同じように愉しまれたいと思っていた。
皮膚を滑る父の手が湿った私の太腿をなぞりあげる。寝着のスカートがたくしあげられて濡れた下着を引き抜かれた。どうしてか彼と寝る時はいつも全身が水を湛えているような気がして、動いたらその水はこぼれてしまいそうな感覚に陥る。だから動いたりできないように思い込む。
でも現実は違う。何度も深くキスをする。二人ともだんだん息が荒くなっていく。こういう時の父の顔がとても見たいのに暗くて見えない。髭が口元や胸に当たって少し痛む。
キスをしたまま乳房を掴まれて肉にかみつかれたから、体を反らせて殺しきれなかった声を立てた。嬌声はなぜいつも悲鳴に似ているのだろう。まぐわいは父より私が求めていることなのに。
乳房を舐られたまま、濡れた内奥に太い指が入ってきた。かたちと質感を確かめるように中をなぞられていく。抜かないでとささやいたけれど指はすぐに抜かれて、闇の中で興奮が宿った息とベルトを外す音が聴こえた。ぬめる穴にそれが充てがわれ、割り入られて、ゆっくりと肉に沈められる。彼はそのまま動きはじめた。抉られるような感覚と快楽が体の中で激しく膨らんでいく。
それが私の正気を失わせてしまうから恥もなく、泣くときの声でお父さんと呼んだ。何度でも呵責を喚び起こすように。彼はいつか最中くらい名前で呼べよ、と苦笑したことがあるけれど、恋人みたいになってしまうから嫌だった。
彼の首に腕をからめ、激しくキスしたままいくらか荒い手つきの愛撫と望むものを受け入れているのは、それより上の思い出など今までもこれからも決して無い幸福だった。片手をとられて、肉棒が接しているところに触れさせられる。指のあいだにそれを絡めて今が現実なのだと確認する。ただただ父と交わっているのだと感じて、全身が彼の下で安心しきっているのがわかる。
やがて吐精されてからも、父は少しだけ長く私を抱きしめていた。その首に流れる汗を舐めとる。彼の精液と汗は少なくとも一ヶ月、私のなかに留まる、そう思うと満たされて小さく深呼吸した。そしてそのとき初めて外のにおいに気づいた。彼は帰ってきてすぐに、眠っていた私を求めたのだ。
事後、彼はベッドで横になっていた私の額に掌を乗せて、少しだけ何か思案するように沈黙した後、浴室へ向かった。戻ってきた時に灯りのスイッチがつけられて、光の下で私たちはごく普通の父と娘になる。彼は湯上がりに冷蔵庫から瓶ビールとジュースを持ってきて後のほうを私にくれた。冷たすぎるのが好きではないから、しばらく手のひらで包んで温める。
ソファーに上がってあぐらを組み、ビールに口をつけた父は、少し疲れたようなかすれ声で言った。
「すまん」
「どうして?」
「起こした」
「気にしないで。いつでも嬉しいから」
私は自分の声を聞きながら言った。いつでも嬉しい。紙一枚も挟めない真実だった。あなたになら、なんでもする。それ程に彼を必要としていることが向こうにはまだ半分も伝わっていないのだろうと悲しく思った。ただ父に望まれた時、そこにいられれば幸福になれるということが。
「お父さんの好きにしてね」
さっきまであれほど無様によがっていたのに、これほどすぐ感傷に浸れる自分の変わりようがおかしかった。笑うとき私の喉からひびく音は少しだけ鳩に似てると父は言う。彼が私の鳩に似た笑い声を一生忘れなければいいのにと思う。私が初めて処女を喪った日を忘れないのと同じように。
「狭いな」
去年の春、初めて行為に及んだ彼はそれだけ呟いて、腕のいい料理人が鳥を縊り殺し、捌くときのように手際よくすべてを終わらせた。私が内心で融けるほど彼を求めていたことをはじめから知っていたみたいに、ためらわず何の遠慮もなく。
処女だった。なにも知らなかった。病気の心配はなく、こどもが出来ない体質だったから、避妊具も要らなかった。それに私の顔は父にも母にも似ていない。部分をみれば確かに父の子なのだとわかるけれど、瓜二つとはとても言えない。だから彼はベッドの中に私を迎え入れたのかもしれない。彼は私を掌上で飼って私の肉体を可愛がった。行動をともにするようになってから、もう少しで一年になる。幸福だった。
その週は百年に一度といわれる異常な雪が降った。雪が降ったから、冷たい指先で彼の頬に触れ、キスをして黒檀の椅子に父を誘い、彼の太腿に跨がった。そして服と下着のあいだから乳房を少しだけ出してみせ、腰に無骨な手を回させ、彼の首筋や耳を軽く喰んでいると、降雪量を報せるニュースの音声が聴こえた。羽虫のようにわずらわしいそれは、カイトという男の顔を思い出させた。
私が彼を蛇蝎より嫌ったのは、彼が清らかな目で私を哀れんだからではなくて、父に選ばれた子だったから。私が母に捨てられて養護院にいた間、カイトは父から薫陶を受け、一時期はともに暮らしていたということを知ったのは去年の冬だった。
その頃、私たちはある国の小さな町で同じ調査チームのメンバーとして行動していた。私は兄貴肌で面倒見の良いカイトを、他のメンバーと同じように慕っていた。だからその夜もなんとなく付いていったのだと思う。重く大きな雪が降る暗い町を、一人で十分なはずの届け物のために二人で歩いていた時、ふと思い出されたようにその話は始められた。私は私が知らない父を語るカイトの横で、ごく落ち着いた受け応えを崩さないまま、心臓が滅多刺しにされたように絶望を感じていた。
父が彼を含む仲間たちと各地を放浪していたその時期は、父が必死に私を捜してくれていた時期のはずだった。私の中では、ずいぶん昔からそういうことになっていた。
以降、私は彼を全身全霊で憎むようになった。悪いことにカイトは私から、実父を欲望している匂いを敏感に嗅ぎとり、その激しさに初めは困惑して、次に腫れ物に触るような親切心を見せ、そしてついには私のことを叶わない望みにいつまでも振り回されている惨めな人と結論づけたようだった。
チーム内で彼といるとき何よりも苦心したのは、私の嫉妬が偉大な計画──父にとって大切な計画を妨げないよう、カイトに対してほほえみ続けることだった。不断の努力によって、チームメンバーは皆、彼と私を指して兄妹みたいに仲がいいねと言った。不思議なことに嫉妬と憎悪があまりにも深くなると、当の相手に対してはいたく愛想良くできるのだった。ほほえむことで更に憎しみは募ったけれど、折よくその頃に父が処女を奪ってくれたおかげで、余計な感情を抑えることができた。私は父がカイトよりも自分を欲してくれていると確信してからしか自己嫌悪できなかった。嫌な性格をしていると思った。惨めだと思われても仕方ないと思った。
兄妹になぞらえられても、カイトというこの人と私、似ている部分なんてひとつもないと感じながらすぐ側に彼がいる日々を過ごした。向こうがどう思っていたかは知らないけれど、彼はそれこそ兄のように一貫して私に親切だった。そしてきっと、やはり、哀れんでいた。
博識も、シルバーブロンドも、冷たくよく回る頭も、自然への純粋な愛情も、すらりとした手のかたちも、海を想わせる名前も、あの雪の日に見た横顔も、カイトの美しいところ全てに吐き気を催した。そのうちの何かが父を魅了したのかもしれないという迷妄に取り憑かれながら日々は過ぎた。やがて計画が進行していく中で今のチームは一度分散することが決まった。私たちは当たり障りのない挨拶をしてあっけなく別れた。あとにはただ静かな嫉妬のかたまりのようなものだけが残った。
だから余計に雪の日は、父の愛弟子に対する復讐として父に淫したいと思ってしまう。あの人が知らないジン=フリークスを知っているという、くだらない優越が欲しくて。
「罪でしょうか」
雪がようやく消え始めた頃、私はよく借宿のベッドに父を残して、歩いて十数分のところにある博物館前に立ち並ぶ神像の姿を眺めることにしていた。彼らの前に独りで立つたび、私はつぶやくように問いかけた。過誤でしょうか、穢れているでしょうか。答えはないけれど神の顔は険しく、沈黙のうちに罰されているようで少し嬉しかった。私が抱えているのは誰も罰してくれない罪だったから。
彼らが崇められた時代に私がここで生きていたなら、罵られ死んでいたはず。縄で縛られ、汚い水と投石を受け、罪人として犯され、すぐ後に引き裂かれて、激痛にひくつきながら、刑吏に見守られ土の上で死ぬ。死体は街のはずれに吊られ、無辜の市民に善い生活を送らせるための見せしめになる。鳥が肉を突く。流される血には何の意味もない。血だまりは誰かの靴底を汚す。洗われて消える足あとになる。曖昧な時間のどこかで魔女だと呪う声を聴く。
人に永遠は与えられていないから、いつか私は消えてしまうことができる。死後にはもしかしたら沢山の神様から一つずつ罰を下されるのかもしれない。命じられるまま無限にくるめく地獄を巡るのかもしれない。もしもその隣に父がいてくれたら、私を離さないでとお願いするだろう。地獄では本音を言えると思い込めたら、死ぬのが怖くなくなってくる。向こうでは父とキスをするより手を繋ぎたい。あの赤光のような笑顔のまま無邪気に抱きしめられてみたい。そういう妄想をしながら夜明けを待つのが好きだった。
そういう時に迎えに来ない、父が好きだった。
くるめく地獄を巡るのかもしれない
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