「なまえ」

所長の話が終わり、いよいよレイシフトというところで、霊体化しているはずのアーチャーが私を呼んだ。48人の候補生(1人居眠りをしていて追い出された)がコフィンに向かう中、紛れるように中央管制室から出る。アーチャーは私以外の前で霊体化を解こうとはしない。だから、人目を忍んで廊下に出る必要があった。

「なんですか?」
「やめだ、部屋に戻るぞ」

急な態度の変化に思わずえ、と声が漏れる。彼も納得の上で今回カルデアの作戦に参加するはずだったのに、どうしてこんな直前になって拒否するのだろう。アーチャーが行かないというのであれば、私もそれに従うしかない。ただでさえ危険な作戦だというのに、サーヴァントなしで行くような真似は出来ない。しかし、もうレイシフトまでの時間は僅かで、急にだめになったと言うことも出来ない。

「でも、何も言わずにいたら迷惑じゃ……」
「いや、誰も気付く者はいない。何せ忙しいに決まっているからな」

妙に確信めいた風に言うので、言い返すことが出来なかった。私としては、ちょっとほっとしている。レイシフトなんてまだよく分からないものだし、いくらアーチャーがいても生きて帰れるのか分からない。正直にいえば怖かった。だから、行かなくていいということにはとても安心していた。

「あの、なぜ今になって……?」

マイルームへ引き返す道すがら、疑問を口にする。ちょっと前までは新しい試みだとか、ノリノリと表現できるくらいにはしゃいでいたというのに。違和感とするなら、今朝は少々気分が悪そうではあったけれど、それだけでこうも意見が変わるような人ではないはずだ。アーチャーは腕を組み、少し思案するような表情をしたのちに、いずれ分かると私の頭を乱暴に撫でた。

「ちょっと、崩れるから止めて」
「大して変わらん。それに、我しか居ないだろう」
「そういう問題じゃないんだけど……」

そう呟きつつ、マイルームへ戻って来た。たった扉一枚とはいえ、それは外の世界から隔ててくれる。私が許可をしなければ誰も入ってこれない、このマイルームが唯一落ち着ける場所だった。もちろん、所長やレフ教授、システムを管理している一部職員などは簡単に通れてしまうだろう。それでも、ここは私とアーチャーだけの空間で、一時的だとしても、色んなしがらみから逃れられる気がするのだ。

そもそも私はこのカルデアのことをよく知らなくて、ここに来る前にひょんな事からアーチャーを召喚してしまった。魔術師とかそんなものは空想上のものであると考えていた私には、何が何だかさっぱり。アーチャーのお陰でなんとか私たちがサーヴァントとマスターという関係ということは理解した。でも戦いとかそんなことは全く分からなくて、ある時市中を歩いていたら魔術師だとこの施設の人達にバレて、連れてこられた。幸い、職員と初めて会った際、アーチャーは霊体化していたので、どんなサーヴァントなのか知られてはいない。

「今の内に休んでおけ」
「いや、昼寝の時間にも早いし」

講義の声を上げても、その手は私の背を押して強引にベッドの方に連れて行く。

「眠らずとも、目を瞑るだけで良い」
「アーチャーがそこまで言うならそうするよ」

おそらく何を言っても彼はここから出すつもりは無さそうだ。そう悟った私は大人しくベッドに横たわって目を瞑る。決して眠れる気はしなかったのに、しばらくすると意識が遠のいていった。



どれくらい経ったのか分からないけれど、けたたましい警戒音に眠りを妨げられ、目を開けた。ベッドの横にある椅子に腰掛けていたアーチャーは、来たかと一言呟いた。
放送では、中央発電所及び中央管制室で火災が発生し、中央区画の隔壁を閉鎖するから退避しろと言っている。明らかにただ事ではないのに、アーチャーはその場から動こうとしない。マイルームは管制室から少し離れた所にあるが、このままここにいて良いのだろうか。

「何も心配はいらん。ここまで被害は及ばん」
「でも、」

他の人たちは?あの追い出されてしまった子や、Aチーム含めた48人のレイシフト適合者、たまに見かけるマシュと呼ばれた女の子。所長、レフさん、スタッフのみんなは良いの?私一人が行ったところでどうにかなる問題ではないということは、この警戒音と放送から感じ取れるが、このままここで過ごして良いのだろうか。

「そんな顔をするな。大方自分だけが安全地帯に居て良いのかなどと考えているのだろう?」

図星を突かれて何も言い返せない。

「ならば理由を与えてやる。今はまだ我の出る幕ではない。故にマスターであるなまえも此処に留まる義務があるだろう」

違うかと問われて、私は頷くしかない。もし私が死ねば、アーチャーは姿形を保てなくなり、座というところに戻るのだ(アーチャークラスは特別で少しマスターなしでも存在できるとは言っていたけど)。それからは再び喚ばれるまではこの世に顕現することは叶わない。アーチャー曰く、久々の顕現だと言っていた。そう言われてしまうと、ここで彼を座に返してしまうのは申し訳ない。


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