閑静


「ねえ、あんた」

ある朝、朝食を摂ろうと広間に顔を出せば、赤い爪が特徴的な加州清光に呼び止められた。答える代わりに目を合わせれば、今日から近侍だからと告げられる。今日から、という言葉に引っ掛かりを感じて、その疑問を口にしていた。

「ずっとか」
「さあ?とにかく伝えたからね」

手をひらひらと振って加州は去っていく。詳細は彼も知らないらしい。大倶利伽羅は一度も近侍をしたことはなかった。元々審神者に固定の近侍はおらず、指命か立候補なのか、どういう制度を取っているのか不明である。なんにせよ、直接審神者に確認すればいい。そう考えて大倶利伽羅は目の前の食事に手をつけた。

「これから暫くは近侍をお願いするから」

食事を終えて審神者のいる執務室へ向かうと、はっきり長期間の任命だと告げられた。

「なぜだ」

率直な疑問だった。顕現されて数ヶ月、一度も近侍に任命されたことがない自分を、どうして審神者が良いというまでしなければならないのか。

「最近、出陣先が夜戦ばかりで時間が余ってるでしょ?それに、単純にさせたことがないと思ったのもあるし」

端末とこんのすけの映し出す画面を見比べながら、なにやら難しい顔をしていた。今日の編成や当番を決めているらしく、視線が空中を行ったり来たりしている。現在主に出陣しているのは池田屋であった。夜戦と室内戦が混雑するこの時代は、太刀の大倶利伽羅にはいささか部が悪い。そのため、短刀や脇差、打刀が今の出陣メンバーだ。しかしながら、彼らの機動でも追いつけないほど速く、審神者の間で高速槍と呼ばれる時間遡行軍に苦戦を強いられている。軽傷は常に、たまに執拗に狙われた刀が重傷で帰還することもあった。

「あとは近侍になれば第一部隊長にもなるから、視野も広がるだろうと思って」

基本的に、第一部隊隊長が近侍を務めることになっている。しかし、現在は太刀の苦手とする戦場を主な出陣先としている。言葉と戦況が一致していない。それでも審神者は着々と机上の紙に筆で編成を書き写していく。部隊編成と、内番当番に名前が記され、それから各部隊の出陣先や遠征先、出発の時間を入れて完成したようであった。

「これ、今日の編成だから貼ってきて」
「これが、近侍の仕事なのか」
「ほんのお手伝いみたいなものだよ」

受け取った紙に目を通す。一番初めの行にある、第一部隊隊長兼近侍と書かれた文字の下には、大倶利伽羅の名前が記されていた。また各々の出陣内容を確認すると、第一部隊は演練のみで、第二部隊で池田屋に出陣するようである。そのあとの第三、四部隊は遠征任務だ。

「演練は時間がもうないから。掲示したら第一部隊のみんなを召集してね」
「あんた、」

無理にでも他の刀と関わらせるために近侍にしたのかと、そう問う前に審神者がさあ行った行ったと背中を押し、大倶利伽羅を退室させる。すぐにでも聞き出したかったが、編成の紙を掲示板に貼らなければ本丸の動きに支障が出てしまう。大倶利伽羅はおとなしく審神者に従うことにした。

端的に言えば、演練は散々だった。索敵の際、大倶利伽羅が勝手にしろと言ったので、各々考えるままに刀を振るった。当然バラバラで統率されていない部隊が崩されるのは明々白々で、怒涛の五連敗である。大倶利伽羅はいささか居心地が悪かったが、審神者は眉一つ動かさなかった。本丸に戻ってからも審神者は何も言わず、事務的に大倶利伽羅へ指示を出すだけで、今はひたすら書類に判を押している。それを大倶利伽羅が受け取り、決められた場所に分類しているが、一言も会話らしい会話はない。判を押す音と、紙をめくる乾いた音が耳に残る。大倶利伽羅は静寂は嫌いではない。嫌いではないのだが、いつもなら意に沿わないことをすると小言を発する審神者が、黙りなのが落ち着かなかった。

「何?」
「別に」
「そう」

無意識に審神者を見ていたようで、目が合ってしまう。不思議な顔をされたが、特に追求はされなかった。

「何も言わないのか」
「演練のことなら想定内だよ」

大倶利伽羅の方は一切見ていない。資料の中身を読んで時折なんだこれと零すくらいで、全く気にも止めていなかった。

「なにか思うところがあるなら、それで良いよ。同じことは繰り返さないでしょう」
「…………」
「強いて言うなら、最低限意思疎通ができるくらいには、仲間のことを信用して欲しい」

そのうち一人じゃ絶対にどうにもならない時が来るからと審神者は言う。大倶利伽羅は、言葉にこそしなかったが、そのような事はないだろうと思った。

-2-
back


top