「うるさい」

頭の中まで響いてくるスマホの着信音を止めるべくベッドの上から手を伸ばす。しかし、いつもスマホを置いてあるはずのベッドサイドテーブルがない。いくら手を動かしたところで空を切るばかりで、硬い木のテーブルは見つからなかった。そもそも日差しの入りがいつもより違うような気がする。普段なら寝ている自分の左側から眩しさを感じるはずなのに、今は右側から日が差し込んでいた。ここ最近で家具の配置を変えた記憶はない……そこまで考えたところで寝起きで霞んでいた視界がはっきりしてくる。天井はいつもと変わらない白。しかし、布団の肌触りだとか、自宅では決して嗅いだことないのない”他人の匂い”にここが自分の家ではないことを名前は悟った。理解するや否や、勢いよく起き上がって辺りを見回す。今いるベッドやソファ、カーペットは紺色の青系のもので、本棚やテーブルなどは黒でシックに纏まっている。明らかに部屋は男のものと分かるような配色で、やってしまったと頭を抱えた。辛うじて下を着ていたのが唯一の救いか。いやそれにしてもこれは”やってしまった”のでは……?一先ず未だに鳴り止まぬ着信に答えるべくバッグを探し出し、中にあったスマホの画面を見る。画面をには"寺島雷蔵”の文字が映し出されている。朝方に彼が連絡を寄越すなんて珍しいと思いながらも、通話ボタンを押した。

「もしもし」
「出るの遅い。何してんの。9時に開発室来るって言ったよね」

咎めるような雷蔵の言葉に昨日の記憶が蘇る。そういえば大学の友人と会う約束があるからと早々に助手の仕事を切り上げさせてもらっていた。代わりに明日は授業を入れていないから朝から助手の仕事をすると言ったような気がする。

「い、言いました……」
「どうせ今起きたんでしょ。早く来て」
「はい」

あまりの申し訳なさに畏まった口調になってしまう。同い年と言えど立場上は彼が上であることは変わり無いのだが、名前には一刻も惜しかった。会話もそこそこに通話を終了し、床に散らばった服を拾って身に付けていく。なんとか昨晩の記憶を思い出そうとするが、友達に誘われて飲んでいたということ以外一切思い出せない。途中から友達のサークルメンツが同じに店にいたとかなんとかで随分と人数が増えたことは覚えているものの、友達以外の誰と話しただとか人の顔や名前は残っていない。着替え終わったところで足早に玄関へ向かう。一人暮らしであろうその家の間取りは考えるまでもなく一本の廊下で繋がっているのみで、簡単に外に出られた。そもそも、家主はあの部屋にいないどころか、外に出るまでのどこにも気配がしなかった。事情はどうあれ一晩泊めてもらった家主に会うべきであったはずなのに、名前は呼び出しのことで頭が一杯になっていた。鍵の問題どころか家主の存在すら頭からすっぽ抜けたまま、家主不在の部屋から飛び出した。



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