恋しい熱


 何もかもを、許嫁いいなずけに捧げたい。その情熱が、心を傾けさせていく。

 ほのかな明かりしか灯っていない部屋は、濃厚な夜の気配に満ちている。褥の上で行われる男女の交わりは、夜の静けさの中に淫靡いんびな音を奏でていた。

「ん、あ、あぁ……っ」

 唇から甘い声が零れていく。身は柔らかな敷布に包まれており、心地が良い。整えられていた上質な着物は乱れ、今では形を崩していた。律動を刻まれるたびに、抑えきれない声が溢れる。神楽は完全に憲紀の存在に感じ入り、快楽の波に流されてしまっていた。

「随分と素直になったね」
「っ……憲紀が、教えてくれたから……」

 品を感じさせる、嬉しそうな笑みを湛えた憲紀の言葉に、ほおがさらに染まる。はしたない自分の本質を隠すために彼に押しつけてしまうものの、それは事実であった。声を抑えてはいけないことも、快感に耐える方法も、愛される喜びも。何もかも、憲紀が教えてくれたことだ。許嫁という関係上、それこそ幼い頃から、神楽を形作っているのは憲紀なのだから。

 口元を緩ませたまま「そうか」とだけ零した憲紀は、それ以上の言葉を紡ぐことなく、己の昂りを神楽に与えていく。神楽が口づけを強請れば、望み通りに唇を触れ合わせてくれた。全てが交わっている心地に酔いしれる。がるところを的確に突き上げられれば、神楽は高みへと押し上げられた。

「や……ぁ、あああっ」

 極上の悦楽に導かれ、世界が純白に染まっていく。内側が何度も戦慄わななき、憲紀をいざなう。憲紀は息を詰めると、神楽の中から己を引き抜いた。欲望を薄膜に全て放ちきり、己を鎮めさせた後、それを素早く処理する。

 頂きへと辿り着いたにも関わらず、神楽は再び炎が身を揺蕩たゆたうことを感じた。憲紀が抜け出てしまった虚しさに耐えきれず、再び彼に抱かれたいとこいねがうかのよう。

「憲紀……私、もっと……憲紀のことを感じたい……」

 許嫁の存在を感じたいという思いが、神楽を大胆にさせていく。拙い誘惑を施し、憲紀の劣情を煽ろうとした。憲紀は驚いたように瞳を大きく開く。その双眸に炎が揺らめいていることを、神楽は見逃さなかった。

 一体、自分はいつからここまではしたなくなってしまったのだろう。ここまで貪欲では憲紀に見限られてしまうと、紡いだ言葉を悔いる。

「……ごめんなさい。今の言葉は、忘れていただきたい……」

 次第に思考が冷静さを取り戻し、発言を撤回するべく謝罪をした。許嫁という関係で結びつけられている二人は、己の想いを相手に伝える方法の一つとして、情交の契りを交わしている。だが加茂家の嫡男という身分にある憲紀に私欲を押しつけてしまってはいけないと、想いを抑圧した。
 しかし憲紀は、先程の神楽の言葉をそのまま受け止める。

「君は時折、予想できないことを言う」

 その声は平静を取り繕っているようではあるが、どことなく熱を帯びていた。ただ神楽は、失望されてしまったのではないかという思いに駆られる。怯え、言葉を返せずにいれば、憲紀は箱から何かを取り出す。そして再び雄々しくそそり立った自身の昂りに、新たな薄い膜を被せた。
 それだけの動きで、奥底が熱く疼いてしまう。先程の余韻を残している花弁から新たに蜜が溢れ、腿を伝っていく。喪失感に涙を流しているかのように。

「神楽が言ったのだから、遠慮する必要はなさそうだ」
「えっ、あ」

 言葉の意味を解する前に、身体を抱き起こされ、反転させられた。敷布の上に這うような体勢にさせられたことに躊躇を表そうと、精一杯後ろを振り向く。しかし花弁に口づけられた屹立の熱を感じ、思考が眩んでしまう。

「私も神楽が欲しい。まだ足りない」
「あ……」

 聞き馴染んだ声が低く言葉を紡げば、神楽の内側が反応する。率直な言葉は情熱的な睦言むつごとのように思え、もはや憲紀の声を聞いているだけでも、再び達してしまいそうだ。普段は禁欲的な憲紀が、ここまで劣情を露わにし、己のことを求めてくれることが嬉しい。
 下りてしまった着物の裾をたくし上げられ、腰を掴まれた。

「憲紀……っ」

 耐えられない、と急かすように名を呼べば、くちゅりと水音を立てながら、背後から灼熱しゃくねつくさびを穿たれる。先程よりも硬く質量が増している感じがするものの、蕩けきった蜜窟は抵抗もなく憲紀を迎え入れた。たけき熱に虚ろを埋められ、その充足感から神楽は甘く濡れた声を零す。向き合って受け入れる際とは違う体勢が慣れないものの、神楽はその身を許嫁に預ける。

 厳格な許嫁に尻を向けて差し出すなど、本来ならば正気の沙汰さたではない。しかし憲紀が情欲を露わに背後から覆い被さってくるものだから、羞恥を抱く余裕さえ奪われてしまった。
 袴を寛げさせているがゆえに少し露出している憲紀の肌が、徐々に近づく。神楽の柔らかい尻が憲紀の硬くしなやかな腰と触れ合い、距離もなく密着したことに、彼が全て収まったことを知った。

「動くぞ」

 品のある低い声に高められ、返答をする間もなく、硬いもので柔い内壁を擦られる。瞬間、いかずちが迸る程の快楽が全身を駆け巡った。

「やぁ、ぁん……」

 取り戻した憲紀の熱に全てが蕩けていく。外側も内側も満たされているような幻を感じ、神楽の感度を上げた。動きに合わせて神楽の髪は振り乱れ、頬は紅潮し、雪のような白い肌は淡く色づいている。着物の布越しに、彼の大きな手の感触が伝わった。

 憲紀が前にいないことは、顔が見えないことは、虚しい。しかし重なっている部分から伝わる彼の熱が全身に浸透していく。湿った肌に張りついた髪を優しく退かしてくれる動作に、愛おしさが募る。温度を感じるわけのない髪が燃えるようで、神楽の身体は憲紀にだけ反応を示し、憲紀に触れられるところは全て喜悦を感じるものへと変換される。

「は、ぁ、ぅあ……っ」
 逞しいもので貫かれることが堪らなくて、身を任せることしかできない。組み敷かれていることとはまた違う、今の体勢はまるで支配されているかのように感じるのに、それが昂りに変わっていることは否めない。自分が作り替えられているかのようで、もはやこの身が自分のものとは思えなかった。憲紀の方が余程神楽のことを知っているのだろう。それは身体だけではなく、心も。

「悪いが、抑えることはできない」
「え……? っひ、あっ、深い……っ」

 最奥を穿たれ、繋がりがより深いものへと変わった。思わず、逃れたいと腰を引こうとすれば、逃すまいと上からのしかかるように捕まえられ、引き戻される。憲紀の言葉も声も静かなのに、それさえも今は昂りを深めるもので、神楽の内側は彼を喰いしめた。
 退路を塞がれてしまえば、神楽に逃れる術などない。憲紀の動きはしなやかながら荒々しく、神楽の弱い箇所を突き上げる。髪は憲紀の手に添えるように振り乱れ、快楽に耐えるために敷布を強く握り締めた。

「ん、あぁっ」

 憲紀が強い力で支えてくれなければ、今にも砕けてしまいそうだ。蜜が攪拌される水音と、肌が触れる乾いた音。その正反対の音が、行われている情交を示すかのよう。

 ――まるで、喰らわれているようだわ……

 穿たれ、体勢も相まり、そのように感じざるを得ない。しかし神楽の身体はどこまでも憲紀に従順で、内側から存在を刻まれることに至福を感じている。
 支配権は憲紀に譲られており、自らを明け渡す感覚が、いっそ心地良い。もっと取り込んでほしい。他の誰にも許さない深いところまで来てほしい。全てを捧げたい、そのまま放さないでほしい。内に秘めたほのおの如き想いが溢れていく。

 憲紀の楔が神楽の最奥まで埋められることは、許嫁という関係にある二人の心の繋がりを、如実に示していた。

「やっ……憲紀……っ」

 乞うように名を呼べば、はだけた着物から覗く無防備な背中に、厚い布の感触が伝わる。布越しに憲紀の温度を感じて、心ごと包み込まれれば、向き合っているかのような安心感を覚えた。
 憲紀は今、どのような表情をしているのだろう。姿は見えなくても存在を感じることに、尚更焦がれていく。

「憲紀……好き、好きっ……」

 行き場のない想いと言葉は、虚空こくう彷徨さまよう。しかし必死に紡がれる言葉を憲紀は受け止めてくれたようで、神楽の想いに応えるように、体内で憲紀が小さく跳ねた。
 己の前に憲紀はいないけれど、姿が見えない分、彼に届くようにと、何度も何度も想いを音にする。そうすればより快楽が増し、心を重ねられる感じがするから。身体はその心と結びつき、愛しい許嫁を健気に愛撫あいぶしていた。

「神楽……っ」

 上から降りかかる声が、熱く、低く、己の名を呼ぶ。それに応え、彼のことを強く締めつけてしまえば、体内にある憲紀の形が伝わってくる。許嫁としての距離が埋まっていく感じがし、愛される喜びに涙が零れた。肌につゆが伝ってきて、それは彼が流している雫なのだと分かる。

 憲紀は、開いた双眸で己のもとの神楽を見据えていた。切れ長の涼しげな瞳は燃えるような劣情に揺らめき、男の片鱗へんりんを覗かせ、神楽のことを求めるかのように。

「あ、あぁ、憲紀っ……あんっ」

  想いを伝えたくとも、憲紀は神楽の善がる箇所を執拗に攻め立てるため、言葉の代わりに嬌声を零れさせる。艶を帯びた己の声はとても淫らのように感じられた。抜け出ては再び貫かれる、そのたびに甘美な愉悦が駆け巡る。
 恋情にかれてしまいそう。吐息を交えた声で紡がれた己の名が、全てを支配していく。彼の熱を秘めた吐息が髪越しに伝わり、普段は調節されている憲紀の体温も、今はとても熱い。瞳を瞑り、全てを塞いで、ただ憲紀の存在を感じることに集中した。

 抱かれて満たされるのは身体だけではなく、心もだった。心ごと愛される心地が切ない程に嬉しい。義務とは違う交わりが、憲紀の想いを雄弁に伝えてくれている。酩酊めいてい感を覚える程に彼に溺れ、導かれた悦楽に辿り着く。

「あ、あぁぁっ……」
「っ……」

 全身が戦慄き、憲紀の熱を離さぬようにと締めつけ、一番深い頂きに導かれる。同時に憲紀の楔が跳ね、息を詰めた彼に強く抱き込まれた。低く呻いた彼の声に、憲紀も達してくれたのだと知る。
 放たれた熱が神楽の内側に注がれることはない。それでも、熱いと感じた。

 もう何も考えられない。憲紀が殊更ゆっくりと抜け出ていくのは、神楽の身を気遣ってくれているのだろう。褥の上に崩れ落ちそうになる身体を優しく支えられ、抱き起こされる。ほおにかかる髪を払ってくれることに想いを募らせながら、憲紀と視線を重ねた。

「神楽」

 大好きな声に、名を呼ばれる。未だ惜しいというように、その腕の中に身を預け、許嫁の熱に身と心を包まれた。






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