恋情の交わり
舞い降りる花が、澄んだ空気と共に前を過ぎ去っていく。
少しだけ長く取れた休日に、神楽は一時的に京都へと帰還していた。縁側に座り、風に揺られる木々と花を視界に映す。神楽の世界をそのまま示すかのように、彩られた光景は何よりも綺麗だった。
呪術師として活動する中の疲労というものも、景色を眺めていれば途端に失せてしまう。その中で、心に浮かぶ存在は他の誰でもなく、許嫁であった。
「神楽」
物思いに耽そうになった際に、聞き馴染んだ声で名を呼ばれ、後ろを見る。そこには許嫁である憲紀が立っていた。存在を認めた神楽は立ち上がり、憲紀と向き合う。
「そこにいたら冷えるだろう」
「大丈夫よ」
神楽の身を気遣ってくれることに嬉しさを感じつつも、軽く返す。高専が違う関係上、京都に帰還する際にしか憲紀には会えないが、物理の距離では覆せないものが、今の二人の間にはあった。
「いや。冷えているよ」
憲紀の手が、神楽の手を柔らかく取る。しなやかな細い指先が憲紀の大きな掌《てのひら》の中に収められた。風に当たっていたおかげか、憲紀の言う通り、神楽の指は少し冷たい。反対に、憲紀の体温は温かく、自分とは違う温度が神楽の指先を優しく包み込んでいく。男性らしい指先に己の指先を撫でられ、そこから伝わる温度に、全身が熱を帯び始めた。
「この程度、心配はいらないわ……」
気恥ずかしくなり、手を引っ込めてしまいたくなる。憲紀は単に神楽の身を気にしているだけなのかもしれないが、神楽にとっては特別な行動のように思えてしまう。ただ、厳しい彼のことだ。呪術師として自己の管理はしなければいけないと、咎められるだろうか。
それにしては優しい触れ合いに、憲紀の顔を見られなくなってしまい、思わず俯いた。木の床を単に見つめていれば、不意に、感じていた温度が指先を離れる。
そして、憲紀の手は、神楽の頬《ほお》に触れた。
「!」
違う箇所に触れられ、驚きから顔を上げる。憲紀と視線が交わり、胸が高鳴った。彼の瞳は伏せられているかのように、普段と同じく細められているのに、視線に温度を感じる。憲紀の表情はいつもと変わらず冷静のように思えるのだが、神楽には、少しだけ違うように見えた。
緩やかな動作で頬を撫でられたかと思えば、その手は輪郭をなぞるように辿り、次第に顎先へと導かれる。親指が淡い桜の唇に触れ、存在を確かめるかのようになぞられた。
「……憲紀……?」
柔らかに触れられているのに、動くことすら叶わず。世界が憲紀だけに埋め尽くされてしまうかのようで、心が音を立てていく。
言葉も紡がずに神楽に触れていく様は、彼にしては珍しい。常に言葉を先に発するのに、今はただ、まるで神楽の反応を窺うかのようにして、神楽の存在を確かめている。その表情も崩されてはいないため、視線を感じるだけだ。意図を悟ることができず、神楽はその名を呼ぶ。
言葉を受けた憲紀は神楽の顎を指で掬《すく》う。顔を上げさせられ、視線が重なった。ゆっくりと顔を寄せられれば、唇と唇が、優しく触れ合う。
「っ……」
神楽が戸惑いを示した際には、既に離されていた。一瞬の触れ合いでも伝わった熱に内なる感情を呼び起こされ、名残惜しいとすら感じられてしまう。口づけをされたことに対する処理はできていないのに、神楽の身と心は、憲紀の存在だけに強く反応を起こした。
「――神楽。君に触れたい」
率直に告げられた言葉が、今のような一瞬の触れ合いのことを示しているわけではないということに、神楽はすぐに気がつく。静かに紡がれた憲紀の声に、確かな熱が宿されていたから。
久々に会ったから、なのだろうか。純粋な触れ合いをしている中で、憲紀の熱が起こされていた。触れながら反応を窺っていたのは、神楽が抵抗をしないかどうかを確かめていたのだろう。
告げられた一言に、求められている感覚に、身体の芯が甘く疼いた。もしも躊躇を示したら、憲紀はきっと己の発言を撤回するに違いない。
けれど、拒むという意思は、神楽の中には存在しなかった。神楽は指を小さく動かし、憲紀の指先に絡める。言葉は要らないと、憲紀と視線を交わらせ、静かに頷いた。
宵闇の光景が空に広がり、夜の帳《とばり》が降りた頃。
許嫁と夜の約束を交わした神楽は、憲紀の部屋に訪れた。髪を結わずに長く下ろし、質の良い布で仕立てられた和服を着用している。憲紀も神楽と同じように和服に身を包んでいるが、彼の高専の制服も和の装いを感じる構造に仕立てられているため、見慣れた姿であった。上質な造りの和室は内装も立派であり、どこか心を鎮めさせてくれる。
想いを交わしていれど、許嫁としての距離を測っている二人は、肌を重ねた回数も未だ数えられる程度でしかなかった。禁欲的で常に冷静沈着な憲紀は、神楽のことを求めてくること自体は多くない。ただ、だからこそ、求められる際に、もはや不安よりも嬉しさが勝ってしまう。
許嫁である二人が交わす情交の契りには、心も重ねるという意味が含まれているのだ。義務によるものではない交わりを重ねることは、お互いのことを強く求めているがゆえのものであった。
「神楽」
低く柔らかい声に名だけを呼ばれ、傍に寄る。神楽の意思を把握しているからか、憲紀も言葉が不要であると思っているのだろう。神楽もまた、己の名を呼ばれるだけで、憲紀の言いたいことを悟ることができていた。
憲紀は神楽の背に手を回し、優しく抱き上げる。己のことを難なく抱えてしまう逞《たくま》しさに胸が高鳴りを覚えた。丁寧な動作ではあるが、逃《のが》さないような力が込められており、なされるがままに抱えられる。
抱えたまま、寝台へと向かう。清潔な薄絹が幾重《いくえ》にも重ねられた褥《しとね》の上に優しく下ろされ、神楽の身体は褥に深く沈み込む。柔らかな敷布に背を受け止められれば、心地良《ここちよ》い感覚に包まれる。
夢見心地のような気分を味わいながら天蓋を見つめていれば、視界を塞ぐように憲紀に覆い被さられ、身体が強ばった。微かな灯《とも》りを宿す照明に照らされた憲紀の姿は、神楽の心を奪う程に端麗だ。整った清らかな黒髪は光を受けて微かに煌めき、陰る中でも決して損なわれることのない端正な顔立ちに、神楽は一瞬だけ見惚れてしまう。
憲紀の顔立ちと佇まいは、品性を感じさせる。しかしその気品の中に見え隠れした情熱が、神楽に向けられていた。視線を絡められれば、逃れることなど到底できない。否、既に逃れはしないのだ。この心は、許嫁に囚われているのだから。
神楽の顎に、憲紀の指が触れる。筋張った手に優しい動作で掬い上げられると、そのまま顔を寄せられ、憲紀の形の良
い唇が、己の唇と重なる。
「ん……」
静かで優しい口づけを受けると同時に神楽は憲紀の胸に手を添え、受け入れるかのように瞳を瞑《つむ》った。上質な布を隔《へだ》てた先に、その身体がある。厚く張りつめた胸板に自身との差を感じ、心が甘く疼いた。
加えて、唇から伝わる柔らかな感触に身も心も解《ほど》かれ、溶かされそうだ。ともすればこの熱に溺れてしまいそうな程に心地が良い。まるで緊張も恐怖も解いてくれるかのように、丁寧で優しい口づけを与えられ、神楽の全身を包み込んでいく。想いを交わしているようで、触れるだけの口づけに浸ってしまう。
一度だけ離されたかと思えば、すぐに再び柔らかな熱が唇に降ってくる。先程とは違い、軽いようで長いそれは徐々にその深さを増していく。思わず唇を引き結んでしまうが、そこに舌が当てられる。開くことを催促されているようで、躊躇《ためら》いつつも軽く唇を開けば、その瞬間を逃さないかのように舌が割り込んできた。
「ふ、ぁ……」
憲紀の厚い舌が、己の口の中を蹂躙《じゅうりん》する。引っ込めてしまったそれを舌先で捕らえられ、絡め取られる動きに翻弄された。憲紀の整った鼻先と自分の鼻先が触れ合い、拙いながらも懸命に応えようと舌を動かす。音を立てて絡め合えば唾液が送り込まれ、交換されていく。
彼にしては激しい口づけに求められていることを実感すると、身体が自然と熱を宿す。ただそれだけなのに、眩みそうになってしまう。
「憲紀……」
離れていく温もりに名残惜しさを感じつつ、控えめな声で彼の名を呼ぶ。流し込まれた唾液を飲み込むことができず、濡れた唇から滴《したた》り落ちる微かな雫を、褥に置いてある小さな布で拭ってくれる。
口づけを交わすだけで、神楽は既に憲紀のことしか考えられなくなってしまっていた。指先は冷たいどころか熱くなっている。憲紀の身体も心なしか熱い。体温は調節しているのであろうが、鎮めきれていないのか、それともあえて鎮めていないのか、彼の熱を受けて、神楽の炎も起こされるようだ。
憲紀の手が、頬に触れる。するりと撫でられ、微かな声が零れた。神楽が怯える素振りを見せていないことを確かめれば、憲紀の手はそこを離れ、神楽の着物に触れる。絹糸のような、触り心地の良いなめらかな生地で仕立てられたもの。
その着物の上から、大きな手が確かめるように胸を撫でる。厚い布の上から与えられる感触が擽《くすぐ》ったい。憲紀は一言をかけながら着物の衿に手を差し入れ、慣れたような動作で開いていく。着物の下に着用している襦袢の衿をも開かれていき、肌が空気に触れる。
華奢《きゃしゃ》な肩にかろうじて引っかかっている衿を下げられると、着物の前が開かれた状態になった。雪のように白い肌と、形の良い胸が憲紀の前に晒される。視線を感じ、神楽は両手で胸を覆い隠す。
「あまり……見ないでいただきたい……」
肌を見られることへの羞恥と抵抗はいつまでも消えるものではない。しかし憲紀は神楽の羞恥など気にしていないかのように言葉を紡ぐ。
「君の肌は既に何度か見ている」
「そういうことでは……あっ」
反論をしようとするものの、神楽の意思も虚しく憲紀に手を取り上げられ、胸が再び露わになった。神楽は頬が熱くなっているのに、反対に憲紀は感情を表すことなく淡々と告げる。憲紀の言葉と表情が神楽の羞恥をより一層と煽るが、彼がそれを気にしている様子はない。
合理的な憲紀は、行為を交わせば羞恥など失われると思っているのだろう。しかし神楽からすれば、許嫁に肌を晒すことは何度重ねても慣れるわけがない。
「今更恥じる必要はないよ」
そうして言葉を重ねてくるものの、神楽に反論をさせる隙も与えず。憲紀はその手を神楽の肌へと寄せた。
白く柔い肌に、無骨な手が触れる。そのまま彼の手は胸を覆った。
「っ、ん」
大きな手に包み込まれるように触れられ、何にも隔たれることなく、憲紀の手の大きさと熱が直に伝わる。そのまま下から掬うように揉みしだかれれば、自然と身体が熱を起こしていく。
自分以外の者が己の肌に触れるという躊躇いと恐怖は、まだ拭えていない。しかし憲紀に触れられる喜びを覚えている身体は、彼に触れられることで、刻まれた喜びを思い出す。
「や、ぁ……ん」
憲紀の厚い掌の中で、柔らかな肌は形を変えられる。彼の手つきは丁寧であり、その上、己の胸がその手に形を変えられていく様は彼に似つかわしくなく、視線を逸らしたくなってしまう。その硬い掌が先端の蕾を掠めるたびに、甘い感覚が緩やかに全身を染めていく。
主張を始めた可憐な蕾は触れられることを待ち望むかのように震え、それを優しく掌に収められる。そして親指で触れられ、軽く転し始めた。彼の指に触れられている蕾は、まるで花のように微かに色づいていく。
「あんっ」
太い指がその蕾をきゅっと摘むと、神楽はしどけない声を上げてしまう。甘さを秘めた己の響きに恥ずかしさを感じ、思わず口元を手で覆った。
「抑えなくていい」
「あ、や……っ」
呆気なく手を退けられてしまい、片方の手で蕾を弾かれる。声を抑えたいと思ってはいても、彼の言葉に従うかのように自然と零れてしまう。憲紀が、声を誘い出すかのように快楽を与えているからだ。神楽の声は普段の凛とした響きは潜められており、控えめながらも甘さを宿していた。
憲紀に触れられるたびに、炎が身を揺蕩《たゆた》う。肌に直に刻まれる手の感触が神楽の身を溶かし始め、憲紀に触れられている箇所から熱を帯び始めていた。絶妙な加減で蕾を摘まれると、確かな刺激が甘い快感へと変換される。
神楽の身体は素直に反応を示し、触れられている箇所とは違う部分に結びつくようで、腰が無意識に揺れてしまう。男性を受け入れる場所が潤んでいくことを感じ取り、疼きから脚をすり寄せた。
その動作を見た憲紀は、手を脚の方へと伸ばす。軽く触れられた途端に身体が跳ね、慌てて腿を合わせ、隙間を埋めるように塞ぐ。
「神楽」
名を呼ばれるだけで、命令を下された気分になる。実際に、その声には窘めの響きが含まれているのだろう。
憲紀は加茂家の嫡男という身分らしく、気品と重みを感じさせる。それは閨事《ねやごと》に耽《ふ》けているこの最中でも決して失われることはない。だからこそ神楽は、確かな熱と共に背徳のようなものも高められてしまうのだ。
今更隠す必要などないのだと分かってはいる。だが厳格な許嫁に不浄の場所を晒してしまうことへの羞恥と抵抗は、何度重ねても消えるものではない。
「これでは先を行えない」
言葉を重ねられ、憲紀の促すままに従うしかなかった。儚い抵抗は払われてしまい、固く閉じ合わせた腿の力を緩めると、その手が再び脚に触れる。着物の長い裾をたくし上げられていき、下肢が露わになっていく。柔らかな女の肌を男性的な手が辿り、その掌で腿を撫で上げられ、背が震えた。
恥ずかしい。溶けてしまいたいと思う程の羞恥が神楽を包み込む。その羞恥に耐えるように、己の着物の袖をぎゅっと握る。
下着を取り払われると潤んだ場所が外気に晒され、ひんやりとした空気が流れ込む。そして、彼の指が脚の間に触れる。長い指はなぞるように下りていき、とろりとした蜜を零す場に辿り着く。
「ちゃんと濡れているね」
「っ……」
淡々と告げられ、言葉を失う。事実を確認しているだけなのであると分かっている。しかし憲紀の率直な言葉と冷静な声に限界まで羞恥を煽られ、頬が紅潮し、眦《まなじり》から微かな涙が零れ落ちた。
露《つゆ》を溜めたようにしとどに濡れた花弁に触れられ、水音が立てられる。潤いを確かめるためなのか憲紀の指は蜜を掬い、濡れてしまっていた。
「憲紀、汚れてしまうわ……」
「構わない」
不浄なものに彼を触れさせてしまっているという背徳を感じ、堪らず手を伸ばすが、短《みじか》な言葉で制されてしまう。
「
それでも引き止めようと、言い重ねた。充分というわけではない。神楽の秘めたる場所は潤いを帯びてはいるものの、受け入れるには未だ物足りない状態だ。しかし神楽は何よりも、憲紀の手を煩わせることを避けている。
加茂家の嫡男として重い責務を背負っている憲紀に、己のことで負担をかけたくない。憲紀の枷にならぬようにと常に思っているからこそ、その思いが閨事でも表れており、自分に尽くす憲紀のことをいつも引き止めようとする。
だがその言葉に、憲紀が納得するわけもなく。
「そういうわけにはいかない。これは君のためだ」
「何より、私が納得できない」と続ける。その声は重みを感じさせた。
神楽が憲紀のことを何よりも気にするように、憲紀にも矜持があるのだろう。憲紀は女性に負担がかかることを考慮し、丹念に慣らすべきだという思考がある。神楽が止めようとしても、彼は神楽のことを優先するのだ。合理的で克己的な彼は、この閨事に関しても抜かりない。
「でも……」
「さっきも言ったが、私は君を傷つけたいわけじゃない。不本意なことはできないよ」
重みのある声をそのままに言い包《くる》められ、それ以上の言葉が出てこなかった。彼は饒舌というわけではないのだが、いかなる状況であっても最もな理屈で返すため、神楽は言葉でも憲紀に敵うことはない。
それだけ大切に扱われていることを喜ぶべきなのだろうか。神楽は引き下がるしかなく、憲紀に身を委ねるしかないのだと悟り、沈黙で返答をする。
憲紀は神楽が引いたことを確認すると、花芯を慎重に暴き始め、蜜を纏った指で敏感な芽に触れた。
「あぁっ」
唐突に与えられた刺激に神楽はあられもない声を上げ、身体を跳ねさせる。軽く触れられただけなのに、高まっている身体はそれを快楽として捉えてしまう。
濡れた花芽は彼に触れられることを望むかのように、わずかな愛撫《あいぶ》で硬く尖っていく。花芯を指の硬い部分で擦られれば、途端、全身に雷《いかずち》のような快楽が迸った。
「あ、あ、やぁあ……っ」
摘み上げられれば、脚の間から快楽が生み出されていき、言葉を失ってしまう程の鮮烈な快感に慄《おのの》く。神楽の長い髪は褥の上で舞うように動き、零れる涙が視界を滲ませた。
「ひ、ぁあ、ゃんっ」
蕾のように膨らんだそれを指で丁寧に擦り合わされ、脚が勝手に宙に浮き上がる。根元に触れられるよりも硬くなった先端を擦られる方が、より強い快楽を生む。
濡れた指で花芽を転がされたかと思えば、突かれ、弾かれる。全身を駆け抜けるような喜悦を叩きつけられ、止めどなく与えられるそれに言葉も思考も封じられた。
「いけなっ、あっ、あぁ――……っ」
神楽が制止するよりも先に太く優しい指先が芽を押し、言葉にならない声を上げながら、神楽の奥底で熱が爆《は》ぜる。細い腰が小刻みに跳ね、蜜がさらに滴り溢れていく。気怠《けだる》さを感じ、視界は天蓋の灯りだけを映して揺らめく。
「っはぁ……は……っ」
快感に耐えながら空気を吸えば、神楽は次第に落ち着きを取り戻す。
憲紀は神楽の様子を窺いながら、蜜を零す場を丁寧に辿り、撫でる。果てたばかりで敏感になっている身体は軽い感触にさえ反応し、震えた。丁寧な愛撫により、慎ましく閉じていたそこは今や戦慄《わなな》いている。
開花するように綻ぶ花弁をなぞり、溢れる愛液をかき分けるようにして、指を埋めていく。その中は既に蕩けており、待ち遠しかったというように、沈められた指を呑み込んだ。
「ひ、ぁ……」
神楽は手に触れた敷布を握り締める。蜜壷は切なく蠢《うごめ》き、迎えるように彼の長い指を締めつけた。隘路《あいろ》を押し開くように、指が浅い場所を何度か往復をしていく。そのたびに全身に甘い痺れが走り、神楽の身体はそれを喜悦として受け止め、奥へと誘《いざな》う。次第に深く埋められていき、声が溢れた。
確かな快楽を感じるのに、どこかもどかしいとすら思ってしまうのは、それ以上のものを求めているからなのだろうか。自身の身体の貪欲さに失望をしそうになる。
長く太い指が馴染ませるように動き、そのたびに蜜がかき乱されては水音を立てていく。差し入れられる指を増やされ、その指は神楽が感じてしまう場所を絶妙な加減で擦る。
「あっ、あぁ……!」
途端、緩やかなものとは違う快楽が全身に迸り、自然と腰が浮く。純白の布に刻まれる皺が、敷布を握る力を表していた。
憲紀は重点的にその箇所を攻め立てる。そうすると神楽は、蕩けた声を零れさせていく。
「相変わらずここが弱いね」
「や、ぁあっ、んぁ……っ」
改めて確認するような彼の発言に羞恥を感じても、唇から零れるのは言葉にならない声。
動かされる指の勢いは少なく、ゆったりとした動きなのは、神楽を気づかってのことだろう。ただ繊細な指使いで内壁を撫でられれば、爪先が丸まり、内腿が何度も跳ね、全身に雷《いかずち》のような衝撃が駆け巡っていく。
羞恥と恐怖と快楽を、同時に与えられる。しかし丹念に与えられている快楽の方を無意識に身体が掬い、神楽の天秤は悦楽へと傾かざるを得ない。
甘美な愉悦に言葉も紡げず、理性に霞《かすみ》がかかる。憲紀が施す愛撫は丹念かつ丁寧ながら、常に神楽の弱点を的確に突いてくるものだ。だからこそ余計に感覚が鋭敏になり、抗うこともできず、素直にならざるを得なかった。
まるで、自分が作り替えられているかのよう。己ではどうすることもできない波に落とされてしまい、いつまでも慣れず、恐れてしまう。しかし神楽が快楽を恐れていても、身体は彼の与えてくれるものを全て受け止めようとしている。神楽の恐怖を裏切り、制御できないそれを貪欲に享受した。
「ん、やぁっ……憲紀……っ」
感じる部分を丁寧に、けれど執拗に狙われ、甘く濡れた声が静かな部屋を満たす。救いを乞うように名を呼ぶ声も、彼女からは想像もできないような艶を含んでいた。
下がった眉、潤んだ瞳、淡く朱に染まった頬、色づいた唇、それらが形作る表情にも、普段の気丈さは感じられない。ただただ与えられるものを受け止め、許嫁の前でしか、否、許嫁にすら見せることを躊躇《ちゅうちょ》してしまうような表情をしている。
「気持ちが良さそうだ」
「あ、うぅ……」
その神楽の声と表情に、憲紀は口元を少しだけ緩めて笑む。放たれた言葉に、神楽は慌てて口元を手で覆った。
憲紀は常に神楽の反応を確かめている。神楽の何気ない表情の変化や零れる声の響きを確認し、快楽を得ているのかどうなのかと判断していた。それに対する感想を言われ、違う意味で神楽の頬を熱くさせていく。
ましてや、閨事に耽けているとは思えない程に、憲紀の笑みと声は気品を感じさせる。その品のある佇まいが却って神楽の心に冷静さを取り戻させ、羞恥を煽り立てた。しかし弱い箇所を指の硬い部分で撫で上げられれば、瞬時に波に呼び戻されてしまう。
「ぁんっ、や、ぁ」
憲紀に淫らであると思われたくないがために、懸命に抑えようとしているのに。このような声を零れさせてしまっては、彼の愛撫に感じ入っていると伝えているようなものだ。
己の意思に関係なく、唇の隙間から声が溢れていく。憲紀は愛《め》でるように指を動かし、確実に神楽を悦楽へと導いては奥底の熱を誘う。
「憲紀……っ、きて、しまう……」
「そのまま気をやるんだ」
己の艶《なまめ》かしい声とは真逆の、抑揚のない声が、神楽を高みへと押し上げようとする。再び強い波が押し寄せる気配を感じ取り、憲紀に救いを求めるものの、彼が動きを止めることはなかった。むしろ促すように内壁を指で撫で上げ、脚が踊るように動いてしまう。
奥底から、全身を染め上げる熱が溢れていく。怖い。しかし身体は高められた熱から解放されたいと喜悦を求めているため、憲紀が与えてくれるものを甘受するしかない。彼に身を委ね、迫り来るそれに構えた。
瞬間、指をかき回され、そのまま感じる箇所を突く。
「あ、あぁぁっ」
身体の芯が溶けてしまうのではないかと思う程の悦楽を感じ、閃光が迸る。一際大きく腰が跳ね、脚が戦慄き、中にある彼の指を強く締めつけた。
彼女の中が充分に蕩けたことを確認した憲紀は、中からゆっくりと指を抜く。解放され、空虚を抱えた中から再び蜜が零れ出し、物惜しげに蠢いた。水のように滴り落ちる蜜は神楽の脚を伝い、純白の敷布に滲む。
身体の奥から熱い滴りが溢れる感覚を、どこか他人事のように感じる。憲紀が蜜に濡れた己の指を布で拭う様が視界に入り、それをぼんやりと見つめた。そうしている間にも甘い疼きが重なっていく。
眩んだ思考ではもはや何を考えることもできない。ただ、憲紀の温もりを失った身体は虚しさを感じており、彼のことを渇望していた。
「神楽」
引き戻すように名を呼ばれ、少しずつ我に返る。視線を向ければ、憲紀はいつものように感情を悟らせない表情でこちらを見つめていた。けれど、どこか、神楽の名を呼ぶ声が、熱に揺らめいている。冷静な憲紀と、余裕をなくさせられている自分の対比が恥ずかしい上に不公平であると思っていたものの、彼も己のことを求めているのだろうか。
「私は神楽が欲しい」
情熱的な睦言であると思える程に、心情が秘められた言葉に酩酊《めいてい》感を覚えた。
真剣な声は普段と変わらないのに、神楽のことを求めていると、率直に伝えられる。
「だが、今ならまだ引くこともできる」
――狡《ずる》い。
憲紀はいつも、そうして神楽に選択肢を与える。憲紀の声も視線も、普段の彼からは考えられない程に隠しきれない熱を宿しているのに、渾身の自制心を持って、神楽の意思を確認し、神楽に許しを請うている。
ここまでくると、彼は強引に事を押し進めようとはしない。神楽に一方的に与えることと、神楽が自分を受け入れられるかどうかは違う。何よりも神楽のことを優先し、何もかも神楽のために行ってくれているのだ。
もしも神楽が躊躇いを言動で示せば、迷わず彼は引いてくれるだろう。ここまできて引くことは、男性にとってどれだけ辛いことなのかは神楽も理解している。いくら憲紀が己の強い自制心と術式の影響で鎮められるとはいえ、抑えさせてしまっているのだと、分かっていた。
そのことを示すかのように、怜悧《れいり》で厳格な印象を与える彼の声と表情に、劣情が秘められている。
――あの憲紀が……ここまで求めて下さっているのだわ……
それなのに、誠実な憲紀は、神楽に一線の判断を委ねる。そういう部分に彼という人物を感じ、心が締めつけられた。切ない程の愛おしさに焦がれ、恋情が花開いて咲き乱れるようだ。
自分が自分ではなくなってしまいそうな怖さは、何度行為を重ねても、常にある。しかしそれよりも、憲紀のことを受け入れたいという思いが先行されていく。
「……憲紀……」
名を呼ぶだけで誘惑できるなど、神楽は知らなかった。
許嫁の名を呼ぶ声が、甘く、艶めいている。これでは己も隠しきれない情欲を晒しているようなものだが、そこまでの冷静な思考が今の神楽にはなかった。ただただ、許嫁のことが愛おしく、許嫁のことを欲している心と身体に、素直になっている。
義務という関係の中に芽生えた想いが、この契りを深くしていく。己の心と身体は、憲紀に愛してほしいと乞うている。
「……私も、憲紀が欲しい」
その言葉に、もはや躊躇いはなかった。虚しさを覚えた己の身体が、憲紀の熱を感じたいと、彼のことを求めて仕方がない。この虚しさを埋めてくれるのは憲紀しかいないのだと、縋《すが》るように。
「憲紀が求めて下さるのならば……応えたい。だから――」
神楽は己の心に従い、紡ぐ。
「――好きにして、いいわ」
彼の言葉に返すようにして紡がれたそれは、どこかたどたどしく、けれど意思を秘めたもの。
神楽の言葉を受けた憲紀はその意味を考えているのか、返答までの間に沈黙が流れた。
「……そうか」
少し間を置き、そう、静かに返される。落とされたそれは冷静でありながら、神楽の意思を把握したような意味を含んでいた。
「神楽がそう言うのなら、遠慮はしない」
神楽の思いと言葉を口火に、普段は冷厳《れいげん》な憲紀の熱が呼び起こされる。
憲紀は帯を緩めて解き、袴を寛《くつろ》がせ、雄々《おお》しく隆起した昂りに薄い包みを被せた。神楽は一瞬だけその様子を見てしまい、思わず瞳を瞑《つむ》る。そそり立つ熱の象徴は神楽を求めるように、神楽の中に入りたいというように、猛《たけ》っていた。
あのような楔《くさび》が己の中に入ってくるなど、未だに信じられない。恐ろしい。そのように思うのに、けれど甘い疼きが増していく。身体は、憲紀のことを刻んでほしいと希《こいねが》っている。
慣れない熱の疼きを鎮めるように、神楽は脚をすり寄せ、腿を閉じ合わす。しかしすぐに、憲紀の手が神楽の脚に触れ、優しく開かれた。抵抗もせずに、彼を受け入れるように力を緩めていく。
「あ……」
蜜を湛え綻ぶ花弁に、熱を秘めた屹立《きつりつ》を宛てがわれる。瞬間、清らかな唇から、声が零れた。それは恐怖と期待が入り混じった、甘い音。
「挿《い》れるぞ」
普段よりもどこか荒い口調で、一言を告げられる。しかしそうは言いながらも、花弁に口づけられた屹立は、そこで止まっていた。お互いの滴りを纏い、侵入を強請《ねだ》っているのに、憲紀は神楽に許しを請うているのだ。
神楽は己の内側が切ない程に疼くことを感じながら、深く頷く。そうすれば憲紀は神楽の中に、自身を沈み込ませた。
「あ、ぅ……」
微かな声が零れ、身体が強張ってしまう。熱く張りつめた憲紀のものが、己の中に沈み込んでくる。押し入れられる質量の重さに神楽の身体はびくびくと震え、受け入れようと耐えていた。
指とは比べ物にならない質量が己の中に押し込まれることが未だに少し怖くて、思わず瞳を瞑る。楔を穿たれることも、押し広げられる瞬間も、いつも慣れない。けれど、憲紀は神楽の緊張も恐怖も背負ってくれるから、全て払拭されるようだった。
「苦しかったら言うんだ」
口元を手で覆いながら耐える様子を見せる神楽に、憲紀はそう問いかけてくれる。神楽は何度か軽く首を振り、返答をした。
「大丈夫……」
答えれば、彼が奥を目指してくる。丹念に慣らされた蜜壷は蕩けているのに、それでも強引に押し開かれることはなく、馴染むように沈めてくれていた。
そのおかげか、神楽の中は虚ろを埋めてくれる楔に縋るように、奥へと導く動きで憲紀を愛撫する。
「挿入《はい》ったよ」
花弁が、楔を包み込む。底に憲紀の熱を感じる。己の中に刻まれたその形と存在は、懐かしい感じすらした。
そして馴染ませるように、ゆっくりと動かれる。
「あ、ぁん……」
唇から甘い声が零れ落ちた。逞しいものに、緩やかな動きで柔い部分を擦られることに堪らなくなり、自然と腰が浮いてしまう。
馴染んだと判断したのか、ゆったりと揺らされていた動きが少しずつ加速する。それに合わせて神楽の声も蕩けていく。
「やぁっ……そこ、いけない……っ」
憲紀の鋒《きっさき》が穿った箇所から、得も言われぬ喜悦が生み出された。思わず身をくねらせてしまう。身体は喜びを感じているが、いっそ恐ろしい程の快楽に神楽は全身を震わせた。
言葉を受けた憲紀は眉を顰めて動きを止め、神楽のことを見据える。
「痛かったか?」
真剣に聞かれ、首を横に振った。
「違うの、そう、ではなくて……」
「では何故いけないのか教えてほしい」
「それ、は……」
直接、言葉にすることははばかられる。己の口から伝えてしまえば、自ら弱点を晒してしまうことになるのだ。
憲紀は神楽が新しい反応を示せばこうして聞いてくれるのだが、それが逆に羞恥を煽られているように感じてしまう。彼は決《け》して煽っているわけではなく、純粋に自分のことを気にしてくれているだけなのだと、分かっているのに。
「言われなければ分からない」
「う、ぅ……」
促され、涙が込み上げる。頬が熱くなり、躊躇から唇が震えた。
言わなければ、きっと彼は続きを行ってはくれない。このような反応を見せてしまっては余計に気を使わせてしまう。観念するように、神楽は口を開いた。
「その……気持ち、良くて……」
途切れた言葉には躊躇いが表れている。恥ずかしさが限度を超え、いっそのこと溶けてしまいたいと思った。
「そうか。それならいい」
しかし憲紀は安心したようにそうに言うものだから、神楽はつい不服を零してしまう。
「良くはないわ……」
「気持ちいいと感じる方がいいに決まっている。動くぞ」
「っや、あぁっ」
反論も虚しくその箇所を穿たれ、羞恥を感じている余裕もなくなり、光に埋め尽くされた。
紫黒の髪が褥の上を舞い乱れていく。身体が仰け反り、指先まで甘い痺れが駆け巡る。憲紀の首に両手を回し、しがみついた。怖いと思う隙すら与えられず、強制的に快楽に素直にさせられているようだ。
彼が抜け出ていきそうになれば絡みつくように追い縋り、離れないでほしいと奥に誘い込む。思わず腰を浮かせてしまえば、その跳ね上がった腰の動きに合わせて穿たれ、脚が高く浮く。
「やっ、もうっ、あ、あぁ――っ」
解放されたいと望んでいる熱が頂きへと辿り着きそうになった瞬間、奥に押しつけられ、その熱が弾けた。白い喉を晒しながら果ててしまい、脚が敷布の上に下がっていく。前に憲紀が教えてくれたように、口を開いては空気を取り込み、全身を巡る快感に耐えようとした。
しかし快楽は鎮まることがなく、波のように寄せては返す。どうにか鎮めようとしていれば、憲紀が敷布と背の中に手を差し入れてくる。未だ硬さを保っている彼の熱が内側に収められたまま、褥から離されるように背を掬われた。神楽は戸惑い、思わず制止をする。
「待って、待って憲紀……っ」
しかし、憲紀がそれを聞いてくれることはなかった。衣が擦れる音さえ内側に響くようで、敏感になっている身体に刺激をもたらしては震える。
「ぁ……っな、何故……」
いつもならば、余韻に浸っている際は動きを止め、神楽が鎮まるまで待ってくれているのに。今の憲紀は、そうではない。
問えば、憲紀は至って冷静に言葉を紡ぐ。
「好きにしていいと言ったのは神楽だ」
「あ……っ」
静かに、低い声で告げられ、身体が震えた。向かい合う姿勢はそのままに、褥に座っている憲紀の膝の上に降ろされる。離さぬように背と腰を支えられ、距離が狭《せば》められた。彼の着物の布に胸が触れ、蕾が厚みのある衣と擦れるだけでも堪らない愉悦を生み出してしまう。
憲紀は神楽に責任を押しつけることはしないものの、神楽が好きなようにしていいと言うのであれば遠慮する必要はないと、そのように解釈をしたのだろう。抑えることはできないと、言外に伝えられる。
「今、動かれたら……っまた、きてしまいそうで……」
悦楽の頂点へと高められている今では、再び簡単に果ててしまいそうだった。憲紀の肩に手を添え、彼の着物を強く握ってしまう。内心に募る恐怖を伝えて救いを乞うが、憲紀は平然と答えた。
「好きなだけ気をやればいい」
「……快楽に従順になるなど、はしたないわ……」
「そうに思っているのは神楽だけだ。私は気にしない」
悦楽だけを貪《むさぼ》るなど、貞淑《ていしゅく》に育てられた神楽にとっては忌《い》むべきものだ。理性を霞《かす》ませ、制御することもできず、穢《けが》れてしまいそうだった。
複雑な心境になるものの返す言葉もなくなり、憲紀の肩に顔を埋める。逞しい腕に包み込まれ、身を委ねた。憲紀の腕の中は、夢見心地になれる。何よりも心地良く、浸りたいのに、今の憲紀はその隙さえ与えてはくれないようだ。代わりに、全身を温もりで包み込んでくれる。その熱さに眩みそうになるものの、慣れ親しんだ憲紀の声と気配に心が安心感を覚えた。身も心も疼き、切なくなる程に。
離れていたくないと、憲紀の首に手を回し、縋りつく。
「神楽」
「ひぁっ」
耳に注ぎ込まれた、品のある低い声が名を呼び、快楽の水位を上げられていくようだ。意図せずに締めつけてしまい、中にある憲紀の形が明確に伝わってくる。動かれてもいないのに快感が駆け巡り、声を溢れさせた。
自分から憲紀の身を委ねてしまったため、己で導いてしまった状況だ。彼の声は、本当に余裕がないのかと疑ってしまう程に冷静に思えるのに、今の神楽には、あまりにも刺激が強すぎるのだ。
「私もあまり余裕がない。好きにさせてもらうぞ」
「え……?」
普段よりも低めの声と、どこか荒い口調で、言い聞かせるように告げられる。その意味を一瞬では解することができずに聞き返そうとするが、律動を開始され、神楽の思考は一瞬で眩んだ。
「や、あっ、動いては、いけな……っ」
言葉を紡ごうと息を吸い込むものの、下から突き上げられ、代わりに甘い声として溢れていく。何も言わせないように奥まで槍を穿たれてしまい、髪を振り乱し、視界に星が散る。なめらかな黒髪を抱き、己を包む快楽に耐えた。
憲紀も余裕がないのだろう。もう待ってやれないというように、強引に神楽の中を行き来し、遠慮する素振りを見せない。普段は神楽に負担をかけないようにと抑えていた反動なのだろうか。神楽の思考は支配され、言葉を封じられてしまえば、逃れることなどできなかった。もはや己では制御など到底できない。かつてない深い重なりに全身が戦慄く。脚で憲紀の腰を挟み、強く縋る。
溢れる愛蜜が攪拌され、白く泡立っていく。重なり合っている箇所から何度も水音が奏でられていき、部屋に響き渡った。全身に迸る快楽に、彼を挟んでいる脚が戦慄き、爪先が丸められる。
「あ、あぁ……憲紀……っ」
離れないようにと縋りつき、震える睫毛を伏せ、艶を秘めた声で許嫁の名を呼ぶことがどれだけ男の劣情を煽るのかなど、神楽は知らないだろう。
憲紀は許嫁の名を声として刻み、神楽に与える。紡がれたそれは普段と変わらないように思えて、熱の片鱗を覗かせ、特別な意味を秘めていた。その声に呼応するように、神楽は憲紀のことを切なく締めつける。
「っ、神楽……っ」
息を呑む音が聞こえ、咎めるように名を呼ばれるが、そのことを気にする余裕など神楽にはない。神楽からは見えない憲紀の表情は、普段の彼とは印象が異なった。眉を顰め、大きく開いた涼しげな双眸が今は熱に揺れている。零れる吐息は熱く、知的な顔からは雫が流れ落ちていく。
「ん、ぁあっ、憲紀、憲紀……っ好き、好き……っ」
思考に靄《もや》がかかり、ただただ許嫁の名を呼び、想いを伝える。そうすれば、中にある彼の熱がより質量を増す感覚がした。快感を全身に刻まれ、憲紀に支えられていなければ崩れ落ち、砕けてしまいそうだ。神楽を抱く腕により強い力が込められる。憲紀も離さぬようにと、抱いてくれていた。
唇を重ねられ、熱が触れ合う。声を出せないもどかしさよりも、想いを交わしている歓喜に心までもが震えた。心が切なく締めつけられ、涙が零れ、愛おしいという想いに身を焦がす。荒々しい口づけに、憲紀も余裕がないのだと知る。
許嫁として求められているだけではなく、女として愛される喜びが神楽の身と心の虚しさを埋めていく。全身で許嫁の存在を感じ、決して放したくないというように強く締めつけてしまい、憲紀が小さく呻いた。
「ん、あ、あぁっ」
「っ……」
瞬間、全身が蕩けそうになる程の悦楽を感じ、光が弾け、憲紀の腕の中で熱が爆ぜた。同時に憲紀が息を詰め、薄い膜越しに熱を放つ。その熱さに、また違う快楽が押し寄せるようで、身体の内側が炎を起こすように反応する。
気怠さを感じ、腕が落ちていく。肩に顔を埋めれば、憲紀が支えてくれる。そのまま、優しく褥の上に降ろされた。指すら動かせずに巡る快楽に耐えてれば、底に感じる違う熱にようやく気がついた。
「あ……熱い……」
「すまない。余裕がなかった」
そのように言い、憲紀は神楽の中から己をゆっくりと抜いていく。徹底している彼は常に、避妊をしていながらも神楽の中には己の熱を放つことはしなかったが、神楽に求められ、その余裕すら失っていたのだろう。
負い目を感じているように謝罪をされるが、神楽は首を横に振る。許嫁の熱に、神楽は充足感を覚えていた。憲紀の熱を失った身体はどこか虚しさを覚えており、我儘であると神楽は己を窘める。憲紀は己を包んでいた薄膜を取り払い、早々に処理をした。
傍に寄られ、乱れた着物を整えられる。名を呼ばれ、自分を見下ろす憲紀に視線を向けた。気怠い身体をどうにか起こし、手を上に持ち上げて、憲紀の頬に触れる。気安く触れていいものかと躊躇いはしたものの、今この際に、想いを伝えたかった。
そのまま、唇を重ねる。神楽から口づけを行うことはほぼないものの、今だけは、己の心に素直に従いたかった。柔らかな感触に、再び涙が溢れそうになってしまう。
「憲紀……好きよ」
伝えれば、憲紀も応えてくれた。そのことが嬉しくて、表情が綻ぶ。
預けるように、再びその腕の中に身を寄せる。彼は拒むことなく神楽を受け入れ、優しい指先で髪を梳かれた。憲紀の身体は既に、燃えるような熱が鎮められているようだ。厚い胸板に頬《ほお》を寄せ、柔らかな熱を感じる。
調節された体温が、何よりも恋しい。憲紀の温もりに包まれながら、神楽はそっと瞳を伏せる。愛しい許嫁の腕の中で微睡《まどろ》みに導かれ、心は切ない程の至福を感じていた。
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