交わり


「黒龍様……おやめください……!」

 黒龍が触れようとしている箇所は、最も不浄な場所。秘すべき部分であり、決《け》して晒してはならないという強い認識が、姫君を恐怖に陥《おとしい》れる。

 国の高貴な身分として高い教養を持つ姫君には、夫ともなっていない相手に己の秘すべき場所を晒すなど、正気の沙汰《さた》ではなかった。否、その相手が人間ではないことに、罪の意識がさらに増していく。
 しかし、姫君の意思など虚しく、黒龍は閉じ合わせた脚を強引に舌で割り、蜜を零す場を舐め上げる。

「ひ……っ」

 形容できない感覚が、身に迸《ほとばし》った。全身が慄《おのの》き、理性が奪われていくかのようだ。罪の意識と虚しさだけが募り上げ、それは涙として表れる。

 目の前の悪夢には、慈悲など無かった。ただただ、己の前にいる存在を蹂躙していくだけ。
 無慈悲にも、黒龍の炯々《けいけい》とした瞳も、紫の光を放つ黒の鱗も、見惚れる程に美しい。邪悪な反面で、惹きつけられてしまうのだ。そのことが余計に、この思考を掻き乱していく。
 天を覆う禍々しい空も、生命の気配を感じさせない静謐《せいひつ》な空気も、朽ち果てた城も、その中で、おとぎ話の黒龍に穢《けが》される己も――何もかもが、まるで夢幻《ゆめまぼろし》のようであると、幻想を広げさせた。

「あ、あぁ……ッ」

 そのような夢に浸《ひた》っていれば、引き戻すかのように、黒龍の舌が蜜を零す花弁を割り、そのまま空虚を抱えた己の中へと侵入する。何も踏み入れさせたことのない純潔の花弁が、今この瞬間に、黒龍に捧げられた。

 人間よりも長い舌が己の中を好き勝手に動き回る。聞くに耐えない水音が、音の無いこの場を飾るように、何度も奏でられていく。
 黒龍の舌が己の内側に触れるたびに、波のような感覚が押し寄せ始めた。きっとこれが快感なのだろうと、ようやく理解をする。

「いけ、ません……ああ……黒龍様……あっ」

 唱えるのに、零れるものは艶を秘めた声。己からこのような声が溢れるなど信じられない。耳を塞ぎたい衝動に駆《か》られても、指先まで甘い痺れが走り、身体の制御ができなかった。感じたことのない喜悦を全身に叩きつけられ、雷鳴のような衝撃を駆け巡らせていく。

 ――これは、悪夢なのだわ……

 そのように思わなければ、もはや己の心を保っていられなかった。

 今の状況が真実なのか幻なのかどうかさえも、分からなくなってしまう。幼い頃から見続けている悪夢であると、目の前の存在も悪夢であったと、そのように思えば、今のこの光景もまだ受け入れられる。
 人間ではない――ましてや、おとぎ話にて悪夢と語られる存在に、己の身体を蹂躙されていく。その事実に、他の書物に描かれている夢のようなおとぎ話など無いのであると、甘い思想は粉々に砕かれた。

「ふ、ぁ……あぁッ」

 一際強い悦楽を導く箇所に触れられ、脚が天を仰ぐように浮き上がる。涙が零れ、視界を滲ませる。己に叩きつけられた乱暴な快楽に流されてしまいそうになり、奪われていく理性を必死に留めようとした。
 甘い夢に浸りたいという思いを抱く自分が、あまりにも愚かに感じる。この状況下においても、相手が人間ではなくても、与えられる快楽というものに従順に反応をするなど、信じられなかった。人間の身体は随分と快楽に素直なのであると、賢い姫君は気がついてしまう。

 これは違う、己の意思によるものではない、と己を慰めるものの、黒龍はそのことを許さないというかのように、姫君に一方的な快楽を与えていく。
 もしもこの状況で、自分のことを救ってくれる存在がいたら、縋《すが》ってしまうだろう。この耐え難い悪夢に翻弄される己を掬い上げてくれる者がいるのならば、神でも悪魔でも構わないと、無様な姿を晒して乞うてしまうに違いない。

 他者に――伝説の黒龍に穢されるなど、許されるわけがない。そう、心は拒否をしているのに、身体は姫君の意思を裏切り、与えられる快楽に歓喜を示す。
 高潔で無垢な姫君にとって、快楽だけを得る行動は、最も忌《い》むべきもの。このままでは堕《お》ちてしまうと、穢れてしまうと、何度も何度も頭《かぶり》を振る。
 それなのに、黒龍だけを刻んだこの心が、この存在を拒《こば》むことは己さえも否定しまうことになるのだと、必死に語りかけてきた。

「黒龍様……何故、このようなことを……」

 ――なされるのですか、とまでは紡げず、言葉は嬌声へと変わる。

 交わることなどできない。黒龍とは交じり合うことなどできない。姫君は黒龍に憧れ続ける中で、そのような決断を導いた。黒龍は、己以外の存在を決《け》して認めないからだ。しかし黒龍は自ら、人間という存在と交わろうとする。

 黒龍の思考など、分かるわけもない。例え黒龍が人間の発する言葉を解していたとしても、黒龍が人間に語りかけることなどないのだから。何を考えているのかも、何を思っているのかも、姫君からは理解できるはずもない。分かろうとするものではないのだと、諦めの境地へと辿り着くまでに。

 ただ黒龍は、姫君の無垢な身も、高潔な心さえも、全て――己の思うがままにする。
 慈悲なき黒い悪夢が、嗤《わら》っているような感じがした。それは例え姫君が作った幻想でしかなくても、今、そのように、思えたのだ。けれど、憧れ続けた黒龍が、己を手に入れたいと言うのであれば、どれだけ今の状況が悪夢と称するものであっても、救われる感じがした。虚しさを抱えた心が救いの無い状況を信じられずに、自分の都合の良い幻想に縋りたいだけであると、分かってはいても。
 次第に思考は熱に眩《くら》んでいき、憂《う》いは払拭され、理性を霞《かす》ませる。

「ひ……ぁんッ」

 熱い舌に内側を撫でられ、脚が戦慄《わなな》く。もはや纏《まと》っていた衣装も下着も意味はなく、踏み入れられたことを示すかのように、その肌を露わにさせている。
 揺らぐ視界の中で、己を見据える黒龍は、この状況にそぐわない程に神聖のように思えた。壊れかけた涙腺によって、止めどなく涙が零れていく。涙によって、現実を封じられてしまったのだろうか。夢を作り上げているのだろうか。そのことを判断する冷静な思考さえ、今や成す術もなく奪われている。

 この世の光景とは思えない程の禍々しい空に映える月が、黒龍と姫君を照らす。静かな月明かりの反射を受ける黒龍は、この世の何よりも神聖であると――姫君の心を、傾かせていく。

「――黒龍、様」

 思わず手を伸ばし、触れようとするものの、届くことは叶わず。
 黒龍は、人間には理解できるものではない。この存在が何なのか、この世の誰にも分からない。ただ、今目の前にいる存在は――紛《まが》う方無《かたな》き真実であると、信じたい心があった。
 その想いが、姫君の天秤を恐怖から至福へと傾けさせる。恋情が燃え上がる炎のように溢れ、おとぎ話に身を預け、伝説の存在へと心酔していく。

 もはや何でもいい。何でもいいと、黒龍に身を委《ゆだ》ねた。自分は壊れてしまったのか、穢れてしまったのか、もう分からなかった。
 ただ、おとぎ話の伝説が、ここに在るというだけで――それだけで、他の夢など、要《い》らなかった。






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