ふたりで過した時間が積もっていく
 募る想い出が、ふたりを包んでいく

 繋いだ手が離れて行かないように
 あなたの気持ちが、近づくように

 俺にもっと、聴かせてくれないか?
 お前の夢や理想、泣いたあの日のエピソード。


 心の扉を開いたら
 空いた傷を全て埋めるのにな。


 この先、五十年愛します。
 いや、生命の終わりまで一緒だ。

 小指に結ばれた糸がきっと
 いつもふたりを離さないよ。


 大切なお前を守るために

 愛に正直に生きる価値に

 強く感じ 迷わない想い
 共に生きていこう、この一生。



 二度とはない、いまという時間
 一番好きな、あなたといるなら

 変わらない、ずっと想ってる。
 いつも、あなたのすぐ側で立ってる。








結婚式前日。式のために髪の毛を染め直してからネイルサロンでウエディング仕様に施してきた新しいネイルを眺めて思わずニヤッとしてしまう。

帰宅して時計を見れば、まだお昼過ぎだったけれども、肌の手入れ、浮腫み対策、デジカメの受電などなど、案外パタパタと忙しなくしていた。

あとは式の当日、披露宴を行うホテルの最上階で宿泊をする予定になっていた私たちの、持ち物の最終確認やら何やら、と。

それを当たり前に寿に付き合ってもらって、終いに彼の晩御飯はもはや味のない卵スープ(浮腫み対策)に五穀米。添えられた申し訳程度の味の薄いおかずたちに心ばかりの申し訳なさを感じて。

それでも寿は文句ひとつ零さずに、しっかりと綺麗にたいらげてくれたうえに、洗い物まで率先してやってくれた。


その日の晩、さっさとお風呂に入った私が寝る準備を済ませてベッドに入ったとき、急いでシャワーを浴びてきたらしい寿が髪を乾かさぬままベッドへと潜り込んできた。

「ちょっと! 式の当日に風邪でも引いたらどうすんの?!急いで乾かしてきて」

ベッドに潜り込むや否や、私を後ろからぎゅっと抱きしめる寿の体にはボクサーパンツしか纏われていない。

「あ? だって、ンなことしてる間におまえ寝ちまうだろ」
「寝るよ、明日早いんだもん」

結婚式当日の新婦は、新郎よりも朝早くに式場に向かわなければならない。

朝は顔が浮腫みやすいし、早朝四時には起きて準備をする予定なので私はさっさと眠りにつきたいのだ。

「だから急いで来たんだよ」
「なんでよ」
「ヤりてえからに決まってんだろ」
「はあ?」
「結婚前夜の営みをしなきゃならねえからな」

「バカじゃないの」と、私の肩にうずくまる寿の頭を思わずパン!と叩いたらやっぱり短い髪の毛は濡れていて、冷たい雫が微かに飛び散った。

いつまでたっても私から離れず、こともあろうに腰やら尻をやわやわと触ってくる寿に溜め息をついて私から先にベッドから抜け出し寝室を出た。

飼い犬の如くそれに着いて来た寿をソファに座らせて洗面所からドライヤーを持って来た私はブツブツ文句を言いながら寿の髪を乾かしてあげた。

「俺の髪を乾かすなんて名前にしか出来ねえ特権だな」
「は? 好んでやってあげてるわけじゃないんですけどーっ!」
「湘北の生徒が聞いたらおまえ刺されるぜ」
「はあ?意味わかんないんですけど……」

このでっかい子供はパンツ一丁で腕組みをしながら目を瞑ってされるがままになっている。

なにが私しか出来ない特権なものか。こんな大きな赤ちゃんが何で女子高生に人気なのか本当、理解に苦しむ。今の若い子たちはダメンズが好きなんか。

時たま吹く寿の口笛に「夜に口笛吹かないの!」なんて、おばあちゃんみたいな注意をしてしまう私に寿はふはっと呑気にも笑っている。

しっかりと乾かしてあげたあと、ドライヤーを片付ける私のあとを追って来た寿がうしろから私を抱きしめる。

「うお!」
「なあ、名前ー。……な?」
「なに……『な?』って」

寿が私の耳元に顔をくっ付けてぐりぐりとしてくるのでくすぐったくて反射的に私は首を竦めた。寿はそのまま私の耳をはむっと甘噛みしながら言う。

「シようぜ、って……」
「……シないってば」

はあ、と溜め息をわざとらしく吐いた私はすっと寿から抜け出してドライヤーを洗面所に置きに行った。

洗面所を出るとすでに寝室に入ったらしい寿が「早く来いよー」なんて楽し気に声を張っている

それを聞き捨ててリビングの電気を消した私は不意にカーテンから漏れる月の明かりに誘われるように窓際に向かう。

シャッとカーテンを開けて夜空を見上げてみれば月明かりと満点の星空が綺麗で思わず「わあ」と声をあげた。

しばらく夜空を窓越しに見ていると暗がりの中、窓に寿がこちらへ向かって来る姿が映る。

慣れた動作でいつもするように、また後ろから抱き締められた私に寿は耳元で問う。

「なに見てんだ?」
「星。 降って来そうだよ、星が」
「降って来ねえよ、星は」
「もののたとえだよ、わかってよ」
「わかってるよ、バーカ。」
「口癖みたいにバカって言わないで」
「好きだ。」
「——。」

間髪入れず、耳元でそんなことを言われたら何も返しようがない。案の定、ぐっと喉を鳴らして言葉に詰まってしまった。

「名前」
「……ん。」
「好きだ、お前が」
「……」
「ずっと、名前だけだ」
「……うん」

横に顔を向ければ寿の顔がすぐそこにある。そのまま吸い寄せられるように互いに唇を触れさせたとき、このまま流されてもいいかもなんて思ってしまう思考を掻き消して私はすっと唇を離した。

そんな私の唇を名残惜しそうに見つめる寿の顔が月の明かりで色っぽくもはっきりと見える。

ややあった沈黙も「寝ようぜ」と優し気に言ってくれた寿の言葉でさえぎられ、私は微笑み返して自然と手を繋いだまま一緒に寝室に向かった。

私と寿はベッドに入って自然と向かい合う体勢を取った。彼は私を抱きしめる要領で背中と頭に長い腕を伸ばしてきて大きな手を添える。

微かに聞こえてきた寿の子守歌のようなご機嫌な鼻歌に「なんの曲?」と聞けば「湘北の校歌」なんて即答されて、ムードもへったくれもないなと思わずプッと笑ってしまった。

「結局どのドレスにしたのか聞かないまま本番を迎える感じだな」
「そうだね、でもきっと寿も気に入ると思うよ」
「まあ、名前が着るなら何でもシンデレラになんだろうよ」

寿はベッドの中では素直にこうした甘い言葉を掛けてくれる。こういうところが女の子みたいで可愛くて、実は彼の大好きな一面でもある。絶対に言わないけど。

「シンデレラなの? お姫様じゃなくて?」
「シンデレラもお姫様だろ?一応。」
「うーん、どうかな。ちょっと違うと思う」
「……やっぱ出来ねえわ、こういう臭せぇ会話」

「俺には性に合わねえ」と、ため息交じりに寿がつぶやく。

「はは、頑張って言ってくれたわけだ」
「あ?」
「結婚前夜だから」
「そういうこった」

寿は眠れない子供をあやすように、ポンポンとゆっくりとしたリズムで私の頭を優しく叩いたり撫でたりしている。

「中三のとき引っ越した先がさ」
「ああ」
「星がいーっぱいのとこだったの」
「へえ」
「ほんと、星がいつか降って来るんじゃないかってくらい多くてさ」
「……行ってみるか?今度。」
「ん?」
「俺と名前が離れて過ごしてた三年間の時間を埋めにな」

そう言って寿は私を抱きしめる腕に力を込めた。


幼い頃から側にいたはずの幼馴染が、こんなにも逞しく、そしてこんなにも安心感を与えてくれることに不思議な感覚に覚える。

ずっと側にいた幼かったはずの彼が明日、タキシードを身に纏って、一緒に将来を誓い合う場に立つからだろうか——。

そんなことをぼんやりと想いながらも、寿の温もりと幼馴染の大好きな匂いに包まれて、気付けば私は夢の中へと落ちて行った。

眠りに落ちて行く間際、寿の優し気な声で「おやすみ」と聞こえた気がして「おやすみ」と返したつもりだったけれど、それが現実で言ったのか、夢の中で言ったのかまでは覚えていない。


朝の四時。寿と向き合って抱き合うように眠っていた私は寿を起こさぬようにベッドから抜け出したが、やっぱり物音で起こされてしまったらしい寿が呆れ顔ですぐに寝室から出てきた。

「はよ……、まじで四時起きなのな」
「おはよ、うん。起こしちゃってごめんね」
「いや、別にいいぜ。ソファで仮眠するわ」
「そっか。出るとき起こすね」
「ああ」

結婚式当日だというのにも関わらず、なんだか甘い空気が漂うわけでもなく、いつもの私たちらしいなと、私は情けなく笑い返すしかなかった。

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