「三井せんぱぁ〜い!」

赤木の教室でバスケ部のミーティングが終わった頃、窓の外から大声で俺を呼ぶその声に隣に居た部活の後輩と一緒に窓から顔を出せば下には見慣れた女子生徒の姿があった。俺があからさまに嫌な顔をしても彼女は気にもせずにブンブンと手を振っていた。

「元気だねぇ〜、名前ちゃん」

俺の隣で何故か外の彼女に向かって手を振り返してそう呟く宮城に「あぁ!?」と怒りの矛先を向けると「なんで俺?」とわざと困惑する姿に素直に「あ、悪ぃ」と謝罪してから両手をポケットにしまい込んで窓枠に背を預けた。

「三井サン、参ってるスね」
「参ってるよ大迷惑だ」

そう返すと宮城が「贅沢だなぁ〜」と両肘を窓枠に付けて空を仰いだ。

「名前ちゃん、可愛くないスか?」
「はっ?」
「付き合ってあげればいいのに」
「つ、つ、付き合う!?バカヤロウ!何で俺が!」

捲くし立てた後にハッとした。
案の定、宮城がニヤニヤと俺を舐め回すように見ている。
違うんだ、別にムキになる必要もなくて…なんつーか、

「ムキになるぅ?そこまで」
「だから!違ぇーって!」

マネージャーの彩子と仲の良いアイツがバスケ部を見学に来てから何故か俺は彼女に気にいられてしまい毎日俺の姿を見つけるたびにこの辱めに遭わされる。まず声がでけぇ。周りも気にせずいつも名前叫んでくるし。個人情報の概念とは。

「名前ちゃんってモテるんスよ?」
「知らねーよ、んなこと」
「そう?じゃあ彼氏できても気にならないんスか?」
「は?気になんねーよ別に」
「そうかなー、言い寄られてて嬉しくないの?」
「…興味ねーよ」

「へぇー」と宮城が不思議そうに呟く。
俺は真っ直ぐに前を向いて歩いていてチラチラと俺を見ながら話す宮城を鬱陶しく思いながら体育館の方に向かった。

その途中も宮城が「女の子に気にいられて嬉しくない男もいるんスね」と言う自問自答みたいな言葉を完璧に無視して部室に辿りつくと安田が走り寄って来た。

「お疲れヤス、」
「お疲れリョータ!あ、三井さんもお疲れ様です」
「おぅ」

その後、安田から告げられた報告。
早い話が彩子が遅れてくるとの内容だった。

「名字さんが具合悪くなって様子見てから来るみたい」
「名字さんって名前ちゃん?」
「うん、なんか外で具合悪くなって保健室に連れて行ったみたいで」

何故か三人の間に沈黙が流れた。
その空気を割ったのは宮城で「三井サン」と名を呼ばれたので「あ?」と返すと

「彩ちゃんいないから保健室から冷却スプレー持ってきてもらえます?」
「はっ?なんで俺が、」
「リョータいいよ、俺持ってくるから」

そう言って走り出した安田を俺は

「待て安田!!」

と、何故か呼び止めていた。

「はい…?」
「三井サンどしたの?」
「教室に忘れモンしたからついでに保健室に俺が取りに行くわ」
「え、じゃあ…すみませんがお願いします」

「なに忘れたの?」と楽しそうに尋ねて来た宮城をフルシカトして明らかに気怠そうに保健室に向かう姿を二人に演じた。二人の影が見えなくなった途端に俺は猛ダッシュ。

― ガラガラガラ…! ―

「おい、」

彼女の名前すら呼んだことが無かった俺はとりあえず応答を待つ。
シンと静まり返った保健室の中、ひとつだけカーテンが閉まっていたので「彩子?」とマネージャーの名前を呼んでも返答がないのでカーテンの前にとりあえず立った俺はどうしていいか分からず尚も「おい、生きてんのか?」と声を掛けるが返事は無い。

「開けるぞ」

ぶっ倒れて気失ってんのかも知れねぇと思って返事を待たずに(デリカシーもなく)カーテンを開ければ背を向けてすやすやと眠る彼女の姿があった。

「名前…だっけ」

そんな独り言を呟きながら側においてあった丸椅子に腰を下ろすと「んん…」とこちらに寝返りを打った彼女は目を瞑ったままだった。

「口開いてやがる」

こんなに至近距離で彼女のツラを見たのは初めてで。
よく見りゃ可愛らしいツラしてんなと暫く彼女の寝顔を眺めていた。





「あら?三井先輩?」

ガラガラと静かに彼女を起こさぬよう一応気を遣いながら保健室のドアを開けると彩子が呆然と突っ立っていた。

「ああ、冷却スプレー取りに来た」
「そう…ですか?」

彩子に「見ててやれよ」とすれ違いざまに言うと「私もすぐ戻りますから!」と叫ぶ声を背中で受け止めて振り向きはせずに手を軽くあげて合図をするとパタンと静かに保健室のドアが閉まる音がした。





「あ、名前…目覚めた?」
「う、ん…」
「よかった、具合は大丈夫?」
「うん…あれ?」
「なに?どうしたのよ」
「…ねぇ、彩子」
「んー?」

彩子が丸い椅子から腰をあげてカーテンをシャーと開け放つと光が目を刺激してきて目を瞑ったあと小さく深呼吸してから尋ねる。

「彩子…私にキスした?」

「はっ!?」





 消えた



(唇に変な感触があったような…)
(まさか…!)
(なに?)
(う、ううん!気のせいよ、きっと!)


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